112話 第1回国防評議会 (後)
国防評議会の第1回会合は続く。既に議題は説明を終え、審議に入っている。
国防予算の大枠について、内閣への答申案の骨子を絞っていくのが今回の目標らしい。再来年の予算だが。
軍政方の貴族議員と陸軍の軍人議員が論争をしている。
「陸軍は、再来年について引き続き全軍事予算の75%を概算要求する」
「使途の詳細に不明な点が多いが!」
「なんだと!」
どうも陸軍の奴らは、追及するとけんか腰になるな。既得権を手放したくないのだろう。
「調略費が多過ぎる。13%、5千100万デクスだぞ」
この国の軍事費は4億デクス弱ということだ。
「陸続きの国々と良好な関係を築けているのは、この予算を原資としている。もっと感謝してしかるべきだろう」
まあ、それは認めないでもない。戦争になるぐらいなら、接待をした方が安上がりだ。
「それだけではない、馬匹増強もそうだ。算定の基礎となっている単価がいちいち高い」
「良い馬の確保には、金が掛かるものだ」
「対する隣国から買い上げるのは、理屈に合わないのではないか?」
「つまり、敵にもなる我が国に、良い馬を売るはずが無いと言うことか? それを見抜けぬ陸軍だと?」
「静粛に! 静粛にせよ」
ヴァドー議長の一喝で、うるさかった議場が静まる。
「先程から聞いていると、新たな提案はないようだが?!」
白髭を揉みながら老師が見回す。
「ないようだな、無ければ当初案の通り……」
頃合いか?
「何か? アレックス卿」
挙手した俺が指された。
「提案があります! 説明に必要な資料を用意しておりますが」
後に控えていたレダが、紙の束を議長のところに持って行くと、それぞれの議員の従者が取りに行った。
「軍船強化よる海岸線・島嶼防御構想試案? 説明して貰おうか」
「はい。単純に申しますと、軍船を現在の木造から、主材料を鋼に変えるために必要な費用を追加要求するというのが骨子です」
「はっ! 馬鹿が! 鉄は水に浮かばないことを知らぬのか? そんな常識はそこらのガキでも知っている」
陸軍大佐のロッシュだ。
「ああ、大佐。浮きますよ」
ロッシュは、驚いた様子で振り返った。声の主が、俺ではなく若そうな軍人だったからだ。
「カムラン! お前、陸軍軍人の癖に、どっちの味方だ?!」
カムラン・シュトローム。陸軍中佐。男爵か。
亜麻色の髪に、やや下膨れの顔。小柄な体躯な男だ。
「ああ、嫌だなあ。無論僕は陸軍の味方ではありますけどね。白い物まで黒いとは言う気は無いんですよね」
「むっ!」
「ほら、陶器の壺は、水を入れれば沈むけど、空っぽなら水にも浮かびますよね。鉄でも、そう言うこと。ですよね。アレックス卿?」
ゆっくりと頷いておく。
ロッシュは、自らの誤りに気が付いたようだ。悔しそうに席に着く。
「海軍でも鉄製軍船の研究は進めています。お隣のアレクシアでも、鉄貼軍船が就役した例もありますし、軍船は鉄で造った方が、同じ大きさなら木造より軽くなると言う試算もされています」
海軍のドラン准将だ。
「ドラン議員。おかしくはないか? それならば新軍船の予算要求があってしかるべきだろう」
「はい。議長。確かに利点もありますが、課題もあります。アレクシアの鉄貼軍船は、諜報の結果によると数ヶ月で錆びてしまい、実用に耐えませんでした。そちらの対策は、ある程度進んでいます。今一つの課題は、材料である鉄の価格です。先程アレックス卿は鋼と述べられましたが、前者でも木造船の5倍から10倍の建造費が掛かる見込みのため、今は、研究予算のみ概算要求に入れています」
結局駄目じゃないか、ロッシュが吐き捨てる。
「鉄の価格が下がるとしたら?」
「なんだと?」
「馬鹿な! そんなことが……」
どちらかというと、貴族側の評議員がざわつく。
まあ、余り手の内を見せるのも問題があるだろう。
「サーペント議員。価格が下がる根拠は?」
「次回会合で、その見通しを報告します」
7月末だ。
「議長!」
「ドラン議員、何か?」
「サーペント議員の発言は極めて重要です。それに基づき海軍の概算要求を訂正を検討します」
「国防費概算要求の答申期限まではまだある。海軍の訂正は許容できるあろう。他に意見は……では、次の議題だ」
◇
第一回会合が終了した。
「こちらです。アレックス卿」
ルーデシア王国参謀本部の建物は、統合部がほとんどを占めるが、左翼に陸軍、右翼に海軍の外局がある。今、ドラン准将に案内されて、右翼の建物に居る。簡素な応接室に通され、ソファにレダと並んで腰掛けた。
「どうぞ」
女性職員が、紅茶を出してくれた。
「さて、お気づきのこととは思いますが。我が海軍と陸軍は、余り折り合いが良くないのです」
「そのようですね」
まあ、大体はそうなるな。どうしても限られた予算の取り合いになるからな。
それにしても、俺が伯爵家の跡継ぎで子爵、彼が男爵と、俺の方が上位というのもあるだろうが、腰が低いな准将。
「それで、セルーク沖海戦は、我が海軍へも大きな衝撃を与えました。陸軍は、海軍不要論を唱え、国防委員会で予算交渉を有利に展開しようとしています。したがって、海軍においても、その根拠に使われたアレックス卿をよく思わない者が少なからず居ます」
つまり、俺のような魔法師が居れば、海軍は必要無いという論法か。俺をダシにして領軍の対立を煽ろうとしている奴が居るのか? もちろん俺自体も排除したいのだろうが。
「ふむ」
「ですが、セーカム沖の睨み合いで先手を獲れた、子爵殿の慧眼に感服し、感謝している者も多いことを、お忘れ無く」
「それは心強い。陸軍からの睨まれ方は心外ですからね。どうやら、この国が1つにまとまるのを妨げようとする者が存在するとしか思えませんが」
「ふっ。それを完全には否定できないのが苦しいところですね。その者に心当たりがおありですかな」
「まあ、1つの核は、この参謀本部に居るでしょう」
例の査問会の件も有る
「参謀共ですか」
参謀とは、大隊長、船団長クラスの高級指揮官の補佐をして作戦立案や、部隊運営などを円滑に進めるための幕僚のことだ。基本的には指揮権はない。ルーデシアでは、陸軍と海軍の参謀本部は1つにまとまっている。まあ、組織的に統合部が上に付いているだけで、実質は陸軍と海軍でいがみ合っているそうだが。
「すみません。脇道に話題が逸れましたね。正直、鉄の低コスト化の見込みは、いかがなんですか?」
「まあ。九分通りは」
「ふふふ。それはすごい。と言うことは、最大手のリプケン社では……いや、詮索はやめておきましょう」
「助かります」
にこやかに笑った。
「それで、わざわざお呼びしたのは、会って貰いたい者がいるのです」
「はあ」
「我が海軍技術工廠の次席技監で、モーリスという男です」
論文で見た名だな。
「ああ、お名前だけは。確か軍船開発の……」
「よくご存じで。素晴らしく優秀な男ではありますが、結構変わったやつでして。それが無ければ、今頃首席技監に……おっと。すみません。こちらで手配致しますので、是非ご面会を」
「承った」
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