幕間 アレク様の誕生日
今日は5月23日!
これからも記念日は増えていくでしょうけど。一番大事にしたい日。
アレク様の誕生日。
セルレアン=サーペント辺境伯の王都上屋敷で誕生日パーティが開かれる。
「出来ました。カレン様」
少し青みがかった白いドレス。
姿見に映った背後のリボンは、しっかり結ばれている。そのお陰で、胴回りがきゅっと締まっているが……。
「ありがとう。ルーシア……でっ、でもさあ。このドレス、襟刳りが開き過ぎじゃないかしら?」
胸が半分露出しているような。
スカートの裾も短くて、夏とは言えスースーするし。
何と言うか、少し前まで締め付けるだけ締め付けて男装し、動きやすさにだけ気を配ってきたのとは、正反対の装い。
慣れないわ……。
「いえ。とてもよくお似合いですよ。それに……」
「それに?」
「使えると言うか、効果的な武器は使いませんと」
ルーシアが少し表情を綻ばせる。
「それって! アレク様が大きいおっぱいが好きってこと!?」
私の幼馴染みは、ゆっくりと頷いた……もう!
そう!
胴が締まったお陰で、胸の存在が遠慮無く強調されている。
「はい。とても羨ましいです」
「ええぇえ。羨ましいの? じゃあ、ルーシアも一緒にアレク様にお仕えする?」
「ははっ。それはお断りします。カレン様の敵にはなりたくないですから」
◇
16時。
大分早く着いてしまった。失礼ではないだろうか?
ルーシアが先手必勝! とか言うから、早めに館を出たけど、よく考えたら意味が……。
ルーシアに手を牽かれて、馬車を降りると執事の方に、名を訊ねられる。
「私どもは……」
「ようこそ。お越し頂きました。ハイドラ様」
この女性は……前に。
執事を制して、とても美しい女性が跪礼をしてきた。
メイドなのだろう、極限まで露出を抑えた地味な装束ながら、怖ろしいまでの胸の存在を隠しおおせない。
「本日はお招き頂きまして。少し早かったでしょうか?」
この人の名前は、レダちゃんが言っていたユリーシャに違いない。
アレク様の専属メイドのチーフにして幼馴染み、そして情婦。
つまり、私の宿敵!
けれど、味方にしないといけない女。
一目でハーフエルフと分かる美貌を包む優しげな表情。優美で気品ある仕草。衣装を替えれば貴族と呼んでも、誰も異を唱えないだろう。
そして、お昼にアレク様に少し貰ったお弁当の料理のおいしかったこと。アレク様を絡め取る程の恐るべき腕前だった。
でも、それより。
垣間見たアレク様の篤い信頼、それこそが真の脅威!
「いえ。えーと。主人の姿が見えませんね。呼んで参ります。そこのあなた! こちらのご婦人方を会場へ、ご案内するように。では失礼致します」
そう言い残し、彼女は去った。
「強敵ですね。カレン様」
「いいえ……絶大なる味方よ」
口にしたのは……ルーシアへの言葉だったのか。
◇
会場に案内されたが、入り口で待っていると、長い廊下の向こうから金色の王子様がやって来た。本当は子爵様だけど。
「やあ、カレン早かったね」
麗しい──
女の私が見ても嫉妬する。
甘い顔なのに、眼が。眼に怖いくらい意思が籠もっている。
それなのに、この人は気にしないと言うより、容姿のこと言われることを厭う。私には思いもよらない劣等感を持っているらしい。全く贅沢な悩みだと思う。
ああ。だめだ、身惚れていてはいけない。
この人の目を見たら、射竦められて身動きすら出来なくなる。
魔法師の鉄則は、冷厳な観察だ。アレク様のお顔を……見なければ……視なければ。
気の所為か、嬉しさ半分、戸惑い半分という面持ちだ。
このままではいけない!
「アレク様。一刻も早くお会いしたかったので」
差し出された手を、挟んで引き寄せ、私の武器(胸)に押し付ける。
お慕いしても、この人は……まだ、私を愛してくれては居ない。
憎からずは思ってくれているはずだが、良くてレダちゃんと同じか少し下。
少し近付いたと思ったのに、この夏休みで、また遠く離されてしまった。早く、とにかく早く、出来ることは何でもして近付かないと。
仮婚約……この前の少女が言ったように、私が手に入れたのは仮初めの勝利に過ぎない。
私こそが、一番思い知っているのだから。
◇
首尾良く、アレク様と並んで、招待客を迎える栄誉が得られた。
まあ栄誉と同数の嫉妬も得てしまったが、致し方ないわ。
特にエマの怒り方は、少し怖い物があった。何と言うか表面上は優雅さをもっていたが。その、数mm内部では溶岩が蜷局を巻くように対流しているような。
宴が始まって、暫くアレク様と一緒に居たが、流石に独占は出来ない。
楽団による演奏で、数曲一緒に踊ったあとは、彼を解放した。
ルーシアは、グラスを持って近寄ってきた。
「どうぞ」
「ありがとう」
冷たくて甘い。
琥珀色の飲み物を見直す。何と言う名前だろう。初めて飲む味、酸味も少しあるが、ソーダで割ったこともあって爽やかだ。
おいしい!
「梅酒というものだそうで」
「梅酒?」
「何でも、アレク様が……丁度今話されている商人に、命じて作らせた物だとか」
「へえ……」
そう言えば、さっき挨拶した人だ。セルビエンテにあるカーチス酒造だったわね。お父上の伯爵絡みのお付き合いではない程の親しさだったが。そういうことだったのか。
「そして、あの壁際に居る人物は……」
ルーシアの視線の先には、がっしりとした体格に、資産家に見える服装の男が居る。
挨拶を受けて驚いた、カッシウス製鉄の社長だ。
酒造メーカの方は、セルエアンの企業だ。だから顔見知りであっても不思議はないが。しかし、製鉄メーカの方は違う。私が名前を知っているくらい、かなり大手の企業だ。どういう繋がりかは分からないけど、なんというか。口ぶりがアレク様に敬意を持って居るようだった。
「確か、プライベートなお誕生日会と伺っていましたが、お客様にも大物が居らっしゃるし、人数も相当多いですね、100人ぐらいでしょうか?」
ルーシアの言う通りだ。大半は学生、学園の同級生やアレク様の親衛隊だが、人数がとても多い。伯父の宴には流石に及ばないが、侯爵家党首と比べるのはどうかしている。
「へえ。ルーシアはそういうことに興味があるのね」
「えへへへ」
「失礼致します。ハイドラ様でしょうか?」
「はっ、はい」
年配のメイドだ。
「恐れ入りますが、別室の方へお出で下さいと。御当主様からでございます」
ひっ! 声を上げそうになって、口を押さえ、少し間を取ってから後に続く。
通された部屋には2人の大人が居た。
「ようこそ。ハイドラ殿」
「はい。初めまして。伯爵様、奥様」
「カレンさんと呼ばせて貰ってよろしいかしら?」
奥様だ!
「はっ、はい」
うわぁ、アレク様そっくり。順序逆だわ。
伯爵様も男前だなあ。そうか、眉は、伯爵様のだ。全体的に奥様の造作だけど。
「カレンさん。わざわざこちらに来て頂いたのは、アレクが居ないところで会って話したかったの」
「はぁ」
後に居るルーシアが、スカートを掴んだ。
「あなたにも知っておいて貰いたいのだけど。アレクは、去年から重い病になって、一時はこのまま死んでしまうかもというところまで行ったの。これは、知っていて?」
「はい。アレク様から聞きました」
奥様は、うんと頷く。
「そこで、ランゼ先生のご尽力もあって、本復したのだけど。それ以後、何だか人が変わったようで……そう、何事にも積極的になって」
「はあ」
「私は良いと思うがな……おっと、口出ししない約束だったな」
伯爵様が、言い掛けてやめる。
以前のことは分からないけど、同意見だ。
「もちろん、姿形は変わりないし、親から見れば愛しい子に変わりないけど……この先も再び変わらないかどうかは、保証できないわ」
「奥様。ご心配をお察しします。でも、人間は変わるのが当たり前で……アレク様は急に表れたのかも知れませんが、そういう時こそ、支えたいです」
言ってしまってから、顔が熱くなる。
「すっ、少し気が早かったですね」
奥様は軽く首を振って優しく笑った。
「そう。アレクを任せても良いかも知れない。でっかい子供だと思って、間違ったと思ったら叱って上げて」
こっ、これは認めて頂いたのだろうか……?
「さて、余り皆を待たせるのは悪いだろう」
「そうね。カレンさんも一緒に参りましょう」
「はい。奥様!」
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訂正履歴
2025/09/21 カーテシーの表記削除 (コペルHSさん ありがとうございます)




