110話 他人事(3章 本編最終話)
「おはようございます」
「……おはよう」
寝室のカーテンが開けられ、陽光が差し込んでいる。
長かった夏休みも、残るは1週間余り。月日は過ぎてしまえば短い。それはこの世界でも同じように感じるものだな。
1週間?
そうだ。忘れて居た!
「そう言えば、明日の準備はどうなっている?」
ユリがにっこり笑う。
「ええ。ゲッ……マルズ殿が中心に準備を進めてみえます」
今、ゲッツって言い掛けたよね。どういう関係なんだか。
ゲッツか……少し心配になってきたな。色々忙しかったことも有り、招待者のリストだけ作って、後よろしくと言って丸投げしたんだった。
「そうか」
「会場は、本館の庭園ですから。一度ご覧になっては?」
「……そうだな」
──忘れて居たよね、アレク!
[仕方がないだろう。俺のではなくお前の誕生日なのだから]
──そうだけど……地味にひどいよね
[うるさい。引っ込め]
◇
朝食後。本館へ赴く。曲輪に入り、庭園に回ろうと、奥館の前を横切ろうとした時。
「お兄様!」
この声は!
「フレイヤ! ……久しぶりだな……おふっ」
がっつり抱き付かれた。
「お兄様。お逢いしとうございました。明日は大事な日なので、こちらに参りました」
えーーと。君は妹だよね。恋人じゃないんだから、離れて欲しいのだが。あんまりくっつかれていると、良い香りがするしね、兄なのに少し変な気分になってしまうじゃないか。少し力を入れて引き剥がす。
ふーむ。それにしても仮婚約者の決定の後、フレイヤは引き籠もってしまって。世間並に嫌われたかと思っていたけど。杞憂のようだ。
可愛い妹だから、疎まれたくないよな。
「フレイヤは、余りのことで取り乱しました。お兄様は、少しも悪くないのに、なんだか裏切られたような気になってしまって。申し訳ありません」
裏切るって?
「あっ。ああ。そう? まあ俺も突然に言って悪かったな」
妹に気を使っても仕方ないが、まあ家庭は円満の方が良いからな。
「フレイヤ! フレイヤ。皆が待って居るぞ」
そう。廊下にいるのは俺達だけではない。彼女の従者や執事が待っている。イーリヤは、ああまたですかと言う顔で待っている。大変だね。
「はい……わかりました。フレイヤは反省しましたので、お見限り無く」
ようやく解放された。
◇
「ゲッツ!」
執事達と打ち合わせていた、ゲッツがこちらを向いた。
「アレク様。おはようございます」
「おはようございます」
「おはよう。トーレスもおはよう」
40才位で紳士然としているトーレスは上屋敷執事ナンバー3の男だ。こういった式典や細々したことを仕切らせると、良い仕事をするらしい。大事なんだよね貴族にとってはそういうの。
俺は、辺りを見回す。
「ああ、なんだか……立派過ぎないか?」
というか、テーブルの数が多いぞ。
「うーむ。そうでしょうか?」
「御館様の場合、お料理や調度が豪華になっております」
あっ、そうですか。
「来客は、何人予定している?」
「70人です。アレク様のお誕生日を祝う宴ですので。恥ずかしくないように」
そう。俺の……誕生日会だ。
中身どうこうより、開催自体が恥ずかしい。
が、それはやると決めた段階で、織り込み済みだ。
クラスや魔法科の連中に招待状は送ったはずだが。夏休みだ。そんなに集まるとは思えない。会場が広くて立派だとして、そこに来る客が少ないとホストは恥ずかしいぞ!
「70人か……」
そんなに来るかなぁ……?
「少なく見積もり過ぎましたでしょうか? 内輪の宴ではありますが」
「はっ?」
「そうですね。ご級友から25件出席の回答が来ておりますし」
はっ?
25件って8割方出席じゃないか。
「士爵様以上は、従者をお連れになるだろうし……フレイヤ様も何人かお友達をお招きされる」
そう言われると、70人はまんざら多過ぎないのか。
「100人分にするのだ!」
びっくりした。気配消して近付かないでくれますか! 先生。
100人って。
「おはようございます。先生」
「おはようございます。ハーケン様」
「料理が余れば、私が魔法で保存しておいてやる」
「なるほど。それなら来月の宴で使い回せますね」
おいおい。いくら劣化しないからと言って、それはどうなんだ?
「いえ、それまでに別の宴がありますので」
しかし、金が要るなあ。
「ああ、御曹司」
「なんだ、トーレス」
「宴の費用の件ですが、半分御館様が出すと仰られております」
はっ?
「それは……父上にはお断りしたはずだが」
俺の私的なパーティだからな。
「それが、状況が変わりまして……」
「状況?」
「御館様、奥様。共に明朝来都されるそうです」
出席するってことか。親父ぃ……聞いてないぞ……。
「カレンと会って話したいのだろう。ありがたくお受けしろ。そもそも、親の脛など、囓らせて貰える内は囓っておけ」
「はあ……」
◇
翌日。
「アレク様!」
「えっ、何だ?」
何だかユリは、俺の執務室に入ってきて怒っている。
「お昼に、ご自身で着替えると仰ったではありませんか!」
はい。言いましたけど。
「もう、お客様がお越しになり始めています。本館へ、いらして下さい」
「いや、まだ16時位だ。来るの早過ぎるだろう」
まだ、1時間はある。が、逆らっても仕方なさげなので、とっと着替えさせて貰って、本館へ向かった。
そこには、既にカレンが居た。
「やあ、カレン早かったね」
薔薇のように美しい表情で迎えられた。
「アレク様。一刻も早くお会いしたかったので」
いや、一昨日会ったばっかりだし。そう思ったが、手を握られ、身体を寄せられると、まんざらでもない。チョロいなあ、俺。
「ああ、そろそろ御来客の皆さんが、入ってくるからさ。カレンは、中に入って待っていてくれるかな?」
「あのう。私もアレク様と並んで、お客様をお迎えしてはいけませんか?」
ああ、悪くないなあと、一瞬思ったけど。それって、なかなかあざといよな。何て言うか、まるで新郎新婦が、披露宴で待ち構えるみたいな。カレンとしては、既成事実を積み上げたいのかもな。
「ああ、うーーん。ほら、今日は俺の誕生日ということで、皆さんをお呼びしているからさあ。俺とカレンのことは、入口じゃなくて、もう少しもったい付けて、発表した方が良くないかなあ」
「発表?」
「ああ」
カレンが小首を傾げた。いやいや、なぜそこに疑問を持つんだ?
「でも、皆さんご存じのはずですが……」
「えっ?」
そんなわけ無いだろう、一昨日の夜、侯爵の宴に出席した人しか知らないわけだし。
カレンは、腕に下げたバッグの中をまさぐっている。
「はい。アレク様。ご覧下さい」
質の悪そうな紙を差し出されたので、受け取る。
新聞? 号外か!
「救国の英雄アレックス卿 (16歳)、仮婚約遊ばす。お相手は同級生のカレン・ハイドラ準男爵 (16歳)!」
はぁぁあああ?
「あの、号外の件はご存じなかったのですか? 昨日の夕方配られたようですが」
「ああ、知らなかった。昨日の昼過ぎから、上屋敷の外には出なかったかったからな」
まあ別に良いけどな、事実だし。
「多分、伯父が喧伝したんだと思います。ご迷惑でしたか?」
あの侯爵の仕業に、違いない。俺を逃さないための圧力でもあるのだろう。
「いや、少し驚いただけだ。俺は男だし、どうということは無い。だが、カレンは大丈夫か? 気に病んでないか?」
カレンは、再びぎゅっと俺に抱き付いた。
「私は……私は、アレク様のお側に居られれば、幸せです」
「そうか。では、2人でお客様をお迎えするとしよう」
「はい」
3章「16歳の夏休み編」 了
是非是非、ブックマークをお願い致します。
ご評価やご感想(駄目出し歓迎です!)を戴くと、凄く励みになります。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2016/11/27 脱字修正「御館様の場合、お料理や調度が豪華になっております」……




