109話 宴と鞘当て
「今宵、宴を始める前に皆様に嬉しいご報告がございます。我が姪カレンが、皆様ご存じのアレックス・サーペント子爵と仮婚約致しました!」
ハイドラ侯爵が高らかに宣言する。
おおうと、そこここから歓声が上がる。それと共にいやーーって黄色い声も混ざっていたような気もするが、なぜ悲鳴?
それはともかく。
ここはハイドラ侯爵の夏屋敷。王都西方の高台の一番高みにあり、この辺りにしては涼しい場所だ。招かれてやって来た、侯爵の宴だ。
時刻は19時を回り、ようやく日が落ちた。
会場となっている大きな離れのテラスは、常緑樹に囲まれ、野趣溢れる作りになっている。
カレンが少しはにかみながら、俺に寄り添った。
俺にスパークリングワインが注がれたグラスを差し出す。
「ありがとう」
「うふふ」
乾杯! 乾杯!!!!!!
おっと何時の間にか侯爵の挨拶が終わり、乾杯となっていた。
慌ててグラスを掲げて事なきを得た。
俺とカレンは見つめ合って、ワインを飲む。彼女が微笑みかけてきた。
何だろう。初めて会った頃の刺々しさが影を潜め、内面の美しさが滲み出てきているようだ。
それはおくとして……。
えーと俺達の前に、人の列ができているのだが。まさか、2人で並んで来客の挨拶を受けるのか?
ぎゅっと、カレンは俺の右腕を抱えているし、逃れようがないよな。つい視線を巡らせてしまう。左後ろにレダも控えているが、いつものように無表情だ。対して右後にカレンの従者ルーシアが居るが、こちらはニッコニコだ。
侯爵夫妻には事前に挨拶して、祝辞を述べられた。
まずは、年配の貴族ご夫妻から、祝辞を頂く。
美辞麗句や海戦の賞賛は良かったが、どちらも(つまり俺も)お嬢さんに見えたという、夫人の悪意のなさそうな言葉に正直凹んだ。
今日の出がけの時のことだ。
俺は派手派手な貴族衣装を、着付けられながら、普段は意識して見ないようにしている鏡が、ちらっと視界に入ってしまったのだ。
これって!
『女の男装じゃん!』
あれだ、前世の**歌劇団の男役……。
ユリに聞き咎められ、笑われてしまった。
『世の女性方は、そこが好きで堪らないのに』
そう言われたが、正気か? と思ってしまった。理解不能だ。
そうして、10組以上の挨拶を受けて、ようやく客層が若くなって来た。
というか、腹が減ったぞ! 料理食べさせろよ。ワインばっかり飲んでると酔いが回わ……らないんだな、これが。意識して身体強化を切らないと摂った酒精を毒物として、無効化されてしまう。前世でもあまり酔わなかったので暫く気が付かなかったが……。
まあ、この列が捌けるまでは、料理は無理だな。
ろくでもないことを考えつつも、笑顔で応対していると、見たことがある顔の娘を含んだ団体がやって来た。
「初めまして、子爵様。マリアナ・ソルベイグと申します」
可憐な感じの少女だ……記憶に引っかかった。
「ああ、君は!」
13歳か、これで。確かに頬とか幼さを残しているところもあるが、アンと同じ年頃には到底見えない。
「お知り合いですか? アレク様」
ぎくっ!
「知り合いではないが……」
「先日、縁談を申し込ませて戴きました。私の銀水晶をご覧になったんですね」
「ああ、見た。そちらのお嬢さん方のも全て見せて戴いた」
「まあ」
少女は、口に手を当てて振り返る。
マリアナ嬢の後に並ぶ3人の少女達も、銀水晶で見た憶えがある。
「我々は敗者。カレンさん、あなたは勝者……今日の段階では」
カレンが、一歩前に出る。
「今日の段階?」
「ええ。あなたは、今日、子爵様の横に並ぶ立場を手に入れた。それは厳然たる事実。潔く敗北を認めます」
この子、確か13才だよな。
「あら」
「でも、それは結婚でも、婚約ですらない。まだ決着は付いていないと言うことをお忘れなく」
「ええ、そうね。こころするわ」
「では、失礼します」
「ごきげんよう」
少女達は、にこやかに軽く礼をして、俺達の前から去った。
「ふう。まだまだ子供に見えるのになあ……」
「アレク様。自分が女だと気付いたときに、女は女になるのですよ。でも、まあまだ想定の範囲内です。ライバルが多い程燃えますし。ふふふ……」
勝者の余裕なのか。艶やかに笑った。
それから食事をしつつ、酒を傾けた。楽団の生演奏と共にダンスを踊る。
初めはカレンと。
練習したが、付け焼き刃感は否めないので、ダンスの時はアレックスに意識を委ねた。
その後、例の4人娘とも踊った。
口々にあきらめませんとか、会ってますます好きになりましたとか言っていたような気がする。
表面上はそれから何もなく夜も更け、帰路に就いた。
馬車の中で、再びレダと向かい合う。
「お疲れ様でした」
「ああ。まあな」
ふふふ……。
レダが思い出し笑いをしているようだ。
「どうした?」
「いえ。あのマリアナ嬢が、縁談の相手だったと気付かれたときの、お顔が。アレク様でも、焦ることがおありになるんだなあと思いまして」
はあ。
「あるに決まっているだろう。俺は、かなりの不完全だからな」
「そうでしょうか?」
「そうだとも。だから……」
腰を浮かして、レダの横に座り直す。
「これからも、俺を助けてくれないと困るぞ」
「それはもう……あっ」
レダの内太股に手を這わす。
「カレンは、お前に深い仲にある、ユリもと聞いたと言っていたが」
「はい。申しました……あふう」
摩りながら、指を押し上げていく。
「そうか」
「いけなかった、でぇすっかぁぁあ」
「レダ。あんまり大きい声を出すと、御者が覗くぞ」
しゅるっと、首に巻かれたスカーフを引き抜き、襟を寛げるとそこに手を突っ込む。
「さっきまで、カレン様と仲良くされていたのに……」
「ああ、俺は鬼畜なんだ。知ってるだろ」
「しっ、知りません。あっ、お屋敷までお待ちくっ、ださ……」
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