108話 受諾
ハイドラ侯爵の宴までには、まだ数日有るが、それまでにやることができたので、王都へ戻った。
上屋敷に集っていた野次馬は、流石に居なくなっているということで、普通に馬車に乗って帰る。俺がセルビエンテに行っても、しばらく集っていたそうだが、王都警察が布告を出して解散させたようだ。
翌日。
馬車に揺られながら、向かうのはハイドラ子爵邸、カレンが居る家の方だ。
まだ15分位掛かるだろう。対面の席にはレダが座っているが、眼を閉じている。
ここに来るまでには、色々なことがあったなあ。
フレイヤは、セルビエンテの城の部屋に、閉じ籠もって出て来なくなるし。
聞きたくありませんと叫んで、対面の間から飛び出して行ってから、顔を合わせていない。が、あと2週間余りで、学園が再会するからそのうち王都へ来るだろう。
一番気を使ったのが、ユリだった。
数日前の光景が、脳裏に蘇る。俺は執務室に彼女を呼び、ソファセットに座らせた。
『ユリ。言っておかねばならないことがある』
『はい。承ります』
俺の緊張が伝わったのか、ユリの顔もやや強張っている。
『俺の縁談の件だ。仮婚約する決心をした』
すっと息を飲む。
『……おめでとうございます』
語尾がやや震えたが、嬉しそうな表情を浮かべた。
『済まないな』
ユリは、微かに首を振った。
『何を仰いますか。アレク様……お相手の名をお聞かせ頂いても、よろしいでしょうか?』
『この屋敷にも来たことがある。名前は、カレン・ハイドラという。おまえやレダのことも先に言う。その上で……』
ユリは、分かりましたと言って部屋を辞して行った。
努めて冷静な顔だった。
ふう。
分かっていたことだったが。辛い話だ。まあユリは俺の何倍も悲しいだろうが。
一度寝物語りだが、ユリに一緒に出奔しないか? という話をした。しかし、彼女は悲しそうに首を振った。
ならば、この結末は不可避だったという論理は、俺の身勝手だろうな。
少しショックがあって、馬車は道を曲がった。町並みが先程までとは違って、道と建物間に庭が入るようになった。貴族の屋敷地に入ったようだ。
レダは眼を開け、車窓を見る。
「アレク様。もうすぐ到着します」
「ああ」
この娘もな。
ユリもそうだったが、レダにも同じように対応された。初めから俺の妻にはなれるとは思っていないのだろうが、なんとも。
鉄柵が続いたあと、馬車が減速して門を通り抜けた。
小さなロータリーの向こうに、石造りの館が見える。玄関先に立っている、あの人影は……。
玄関に横付けされた馬車から降りると、カレンが待っていた。
「ようこそ、アレク様。我が館へ」
満面の笑顔で迎えられた。
「久しぶりだな。カレン」
ふと、開け放たれた扉の奥を見ると、何人かの大人達が立って待っている。
「ああ、父と母です。中へどうぞ」
ホールにて、彼らに跪いて挨拶する。
「お初にお目に掛かります。カレン殿の学園の同級生で、アレックス・サーペントと申します」
「やあ、アレックス卿。ようこそ我が家へ。カレンの父で、子爵のセラーノ・ハイドラだ。セラーノ卿と呼んでくれ給え。それでこちらは……」
何とも複雑な表情を浮かべている。言葉は好意的だが、まあ男親なら普通の感情だろうな。
「母のエレノアです。アレックス卿については、娘や姉から聞かされています。初めて会った気がしませんね」
こちらはカレンと同じというか、セラーノ卿とは対照的な笑顔だ。そして妹だけあってゼノビア教官によく似ている。こちらの方が愛嬌があって穏やかそうではあるが。
「はあ」
「立ち話もなんだ……部屋で話を……」
「ああ、申し訳有りません。皆様とお話しの前に、カレン殿と少し話をさせて戴きたく」
セラーノ卿は訝しんだか、ご母堂は愛想良く、部屋を宛がってくれた。
そこに入り、カレンと差し迎え、と思ったら彼女は俺の隣に座った。
「おっ、お話しとは」
カレンが一転して緊張し始めた。この館に俺が来た段階で縁談について、色好い返事がされると確信しているはずだ。しかし、俺が差し向かえで話をと言い出したから、それがぐらついたのだろう。
「ああ。カレンとの縁談を答える上で、申し訳ないが、こちらから条件を付けさせて戴きたい」
「はっ、はあ。承ります」
こくっと唾を飲み込んだ。息が届く距離だ。
「俺には既に手を付けた、女性が2人居る。勝手で悪いが……」
「はっ、はい」
カレンは眼を瞑った。
「カレンと結婚する場合には、そちらを側室として認めて欲しい」
「えっ?」
カレンは、眼を見開き驚いている。
やはり、飲めない条件だろうな。これから婚約しようという男に、懇ろな女が居て、側室というか、妾として認めろなんて。
10秒位応答がなかったが。
「あっ、あのう……」
「ん?」
「次の条件は?」
「次? いや、こちらの条件は以上だ」
「それだけなんですか……本当に?……よかったあぁぁ」
ふぅぅぅ……。カレンは、長く息を吐く。
「よかった?」
「はい。アレク様と深い関係に有る女性がレダちゃんの他に居ることは、本人から聞いていましたので」
「……そうなのか」
「アレク様……貴族ともなれば、側室の1人や2人居るのは、珍しくもありません。私は幸か不幸か、貴族の女として育ってきましたから、よく分かっています。無論居ないに越したことはありませんが、そのようなことを妻たる者が気にはしません。それを正直に仰ったられたのは少し驚きましたが。」
「本当に良いのか?」
「例え私が拒否したところで、喜んで同意する者は多いでしょうし。まあ、そんなに深く気にしないで……いえ、少しは気にして、私のことをもっと好きになって下さい」
なんというか。
愛しさが増して、抱きしめてしまった。
こうして居ると、カレンのことを結構好きであることに改めて気付かされる。なんだろう、俺は、俺のことを好きになってくれた人を、好きになるのかも知れない。
だからといって打算がないわけでは無い。やはり最低だな、俺は。
──そうだね、私という物がありながら
[ややこしくなるから、やめてくれ]
──いいよ、夢の中では私の物だし
「……では、親御さんへ」
俺は、腰を上げかけた。
「まっ、待って下さい!」
「ん?」
座り直す。
「まさかと思いますが、今の話を両親にもされるのではないでしょうね?」
「もちろん、するつもりだが」
ぷっ、ぷぷぅ、ふふふ、あははは…………。
どうしたのか、カレンが思いっきり笑い始めた。
「流石は、アレク様。でも、やめてください」
「ああ、いや。でも……」
「私が分かる理屈を、両親が認めないわけありません。しかし、聞けば気分を悪くのは間違いありませんから」
「……そうなのか」
「そうです。戦いの駆け引きは老獪なのに、変なところは真面目なんですから。そういうところも好きですけど」
「わかった」
この後、ご両親と面談した。カレンの提案通り、側室のことには触れずに申し込まれた縁談に仮婚約まで進めたいということを伝え、同意が得られた。
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