103話 売り込み
昼になって食事を済ませ、執務室に戻ると珍しくランゼ先生が待っていた。そして部屋にはもう一人居た。
「おお、ゲッツじゃないか」
あの海戦の日以来、5日ぶりだ。
「御曹司……」
ん? どうした?
跪いて俺を迎えた、ゲッツことゴトフリート・マルズは、かなり思い詰めた表情をしている。対して先生は、いつも以上にニヤニヤしているのが不気味すぎる。相変わらず残念美人だ。
机の席に行くつもりだったが、仕方がないのでソファに座る。
「ゲッツ! 良く来たな。まあ腰掛けろ」
彼は無言で立ち上がると、ソファに座った。すかさず、その隣に先生も座った。どうやらこの2人は、結託しているようだ。
俺は、ゲッツを見て、彼が話し始める来るのを待った。
「あのう……御曹司にお願いがあります」
先生が笑いを噛み殺しているが、無視だ。
「……俺を、家来にして下さい!」
「家来?」
「はい」
えーと。セルーク村の代官てのは、ウチの家臣じゃないのか?
「よく分からないが。頼むのは、俺じゃなくて副家宰のイヴァンの方が良くないか? それとも、口添えすれば良いのか?」
「……ああ、いえ。伯爵家の家臣ではなくて、御曹司の家来にして欲しいんです」
はっ?
ああ、そうだ。家臣は家に仕え、家来は主人個人に仕えるのだった。それは分かったが。
「どうした! 突然」
「あのう……惚れました」
惚れた……? ああ。メイドの誰かか。
「なんだ、ユリに惚れたのか。あいつはだめだぞ!」
「いえ、姉御なんて滅相もない」
違うと思いっきり手を振っている。あんなに優しいユリを怖れているようだが。何があったんだ?
それはおくとして……じゃあ誰に惚れたんだ?
「ああ、レダは……ん、違う? じゃあ、ゾフィか? アン?」
いずれも違うと首を振っている。
まさか!
「ロキシーか?」
「違います。ロキシーなんて人は知りません。俺が、惚れたのは御曹司です!」
げっ!
さらに、あまりの悪寒で飛び上がった。土足のままソファの上……咄嗟に靴を魔収納へ入庫した。汚さなくて良かった。この革張りは気に入っているんだ。
「ふふふ……あははは……」
先生が、腹を抱えて笑っている。
何が可笑しいんだ!
「ああ、いや。誤解です、誤解!」
「誤解?」
「そうです。いくら御曹司の見た目が綺麗でも、男にそういう意味で惚れませんって!」
「では、どういう意味だと言うんだ!」
「この前の戦いの強さ、機知、そして先を見る凄まじさ。この人に付いて行きたい、俺の主人はこの人だ! って、思いまして」
ふう。
そういうことか……胸を撫で下ろし、ソファに座り直す。
危うくゲッツのことを、ド変態とか、気色悪いやつとか思うところだった。
「はあ。それで、分かっているのか? 俺に仕えるということは、セルーク村の代官は続けられないぞ」
「はい。もちろんです。もう辞めると宣言してきました。叔父に事情を話しまして、御曹司が認めて戴ければ、変わって貰えることになってます」
「お前なあ!」
断るって言ったら、どうするつもりなんだ。
「まあまあ。アレク殿……」
先生が割り込んできた。少し顔が真顔に戻ってる。
「最近、事務作業が大変と言っておったではないか。伯爵殿の家宰(役人)や家令(執事)に、そうそう頼ってばかりもおられないしな」
うーむ。それはその通りだ。
そろそろ雇おうか、何人か回して欲しいと親父さんに頼もうと考えていたところだ。
「その点、こいつは金勘定は得意だ! それから、サーペント伯爵領であるセルレアンのことはよく知っておる」
──そうだよ。ゲッツは、見た目より賢いよ。
そうなのかなあ……。アレックスはともかく、先生にえらく買われているな。
「お願いします! 身命を惜しまずお仕えします」
ゲッツが懇願のポーズを取った。
まあ、この前の時に、血の巡りも悪くはないと思ったし、セルークで最初に会ったとき、二日酔いで現れたのは戴けないが、結構きびきび働くしな。代官所の部下に慕われているところも悪くない。
「わかった。ゲッツを家来としよう。ただし、1つだけ誓って貰わなければならないがある」
「はい」
「メイドに手を出すな!」
「はっ?」
「だからな……」
「いえ、聞こえてますが。大丈夫です! 誓います! 俺には、最愛のオデットが居ますんで! 他の女には目も呉れません」
「オデット?」
「妻です!」
妻帯者だったのか。16才で……それなのに、代官辞めたのか。何てやつだ!
まあ、奥さんが居るからといって、俺のメイド達に手を出さない保証にはならないが。
──大丈夫だって! 騎士就任の儀式をやってあげて!
[わかった、わかった!]
俺は立ち上がり、親父さんから貰ったブロードソードを、魔収納から取り出す。膝立ちになった、ゲッツの前に立ち、刃を彼の右肩の上に擬す。
「誓え! 民の楯となると!」
「誓います!」
左肩に擬す。
「誓え! 我が剣となると!」
「謹んでお誓い申し上げます
「ゴトフリート・マルズ。我に仕えよ」
剣を引き、眼前に突きつける。
見上げたゲッツは、切っ先を摘むと、刃に口づけした。
「ありがたき幸せ!」
こうして、彼は我が家来となった。
「そうだ、ゲッツ!」
「はい。塩田と煉瓦業者に知り合いは居るか?」
「はっ、はあ……塩田と煉瓦ですか?」
◇
ゲッツが部屋を辞していった。
「先生。えらくゲッツを買っていますね」
「なんだ? アレク。焼いているのか?」
「まあ、微妙に」
「ふふふ……正直で良いぞ。やつの家はな、アレックスは知っているが、土地の名士でな。今後アレクの治世にきっと役立つ。まあそのために、幼い頃学友にしたのだからな。しっかり活用しないと。後の2人もな」
俺のためになることをしてくれてはいるが、言い草が腹黒く聞こえるなあ。
後の2人?
──子供の頃に、この城で一緒に過ごしたのはゲッツだけじゃないよ。
ああ、微妙な頭痛と共に、思い出した。
「ところで……」
「はい」
「塩田に煉瓦。どんな関わりがある?」
是非是非、ブックマークをお願い致します。
ご評価やご感想(駄目出し歓迎です!)を戴くと、凄く励みになります。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya




