99話 業務
「おはようございます」
体内時計は、まだ7時前なのだが。
「ユリ、まだ早くないか?」
昨夜、折檻と称して啼かせたレダの姿はなかった。無論手荒なことしたわけではない。寝ていたはずの位置の夜具を触ると、まだ温もりが有る。起きたのは少し前だろう。
「ええ、申し訳ないが、お目覚め頂きたいと、家宰殿から連絡がございまして」
「ダイモスから?」
「それから、応接室で、カーチス村長殿がお待ちです」
俺にシャツを着せながら、次々と告げて来る。
「よし。そちらから片付けよう」
身だしなみを整え、応接に入った。
ビシッと身なりが整った男が居た。
「おはよう。カーチス」
「ああっ。おはようございます。子爵様」
跪礼しそうになったので止める。
「ああ、悪い。別の者を待たせているのだ。本題から頼む」
「承りました。昨日の夕方から、突然梅酒の注文が多量に参りまして。特に今までお取引のなかった大貴族の皆様からです」
おお、早くも反響が来たか。
「昨日王宮でちょっとした試飲会をやってな。その反響だ! それで?」
「王宮でですか? ああ、ヨークス男爵様の30本注文を皮切りに、タウンゼント侯爵様からは値段の倍出すから50本寄越せと言われまして驚きました。サヴァン伯爵家、ドーリス男爵家と昨日だけで10家の方々からお引き合いがございました」
あの侯爵め。何がめっきり酒が弱くなってだ。まあサロンで使うつもりなんだろうが。
「ふむ。それで指示通りにしたのだろうな?」
カーチスは、ハンカチで汗を拭った。
「もちろんでございます。お手紙で頂きました通り、今年は試作につき、定価の1瓶3デクス、皆様1ケース12本まででお願いしておりますとお答えしております。が……御家臣の剣幕は怖いばかりで、ひとえに子爵様のご指示と申し上げまして、何とか12本以下でお引き取り戴いております」
「それでいい」
「はあ。1回目の船便は明後日届きますが、その50ケースは、下手をすれば荷揚げ前に予約で埋まってしまいそうです」
「あははは。結構なことじゃないか」
「ですが、この売り方でよろしいのでしょうか? ここまで、売れるとは思いませんでした。それはともかく、なぜ、売れる時に売ろうとされないのでしょうか?」
「ああ手紙だから、その辺はしっかり書かなかったのは悪かったな。理由は2つで実は1つだ」
「はっ、はあ……」
「先ず、単純に梅酒のブランド価値を上げるためだ。上流階級から流行させるためには必要だ。だから、原材料費の6倍の価格の1瓶3デクスにした。2デクス以上の粗利が出るだろう。そして品薄だからこそ欲しいと思う客層だ」
前世の価値でも結構高いだろう。さらにこちらは、食料・飲料は安いからな。
「つまり、希少価値と言うことでしょうか?」
「そうだ、しかし、高級ワインとかに比べれば、それほどでもない。貴族にしてみれば、ちょっとした贅沢品だが、手が出ないわけでない価格ではない。そこで、最初から大量に供給すれば、ブランド価値はそれほどでもなくなる」
「なるほど。分かりました。それで、もう1つの理由は何でしょう?」
「味だ!」
「味?」
カーチスは怪訝な顔をした。
「梅酒はどういう時が一番美味い? いや美味く感じる?」
「はあ……?」
「梅酒が一番美味いのは、一口目だ」
「ああ、なんとなく」
「そういうことだ。大量に飲んでしまえば、徐々に麻痺する。希少であれば、多くの者はありがたがって、ちびちび飲む。それが一番美味さが持続する」
「2つで1つ、なるほど。ああ、やっと腑に落ちました。子爵様」
「来年からはな、そなた達酒造メーカと梅農家に任す。だが、最初が肝心だ。今年は遵って貰うぞ。悪いが時間だ……ではな」
カーチスは去りゆく、アレクに向かって跪礼しつつ、是非来年も世話になろうと誓うのだった。
◇
本館の父の執務室に入ると、家宰のダイモスが待っていた。
親父さんが政治的に我がサーペントを支えているとすれば、この男は財政面で支えていてくれている。
「待たせた」
「おはようございます。御曹司」
「それで、用とは評議会のことか?」
親父さんに、ストラーダ宰相閣下より、評議会議員を推挙されたと伝え、意見を求めるよう伝送役に頼んだ。
「はい。それもございます」
それも……他は何だ?
「まずは、そちらから聞こうか」
「はい。こちらを」
受け取った封筒を裏返すと、ガイウスと署名がある。親父の親書だ。
封を切って読み始める。
基本引き受けろと書いてあった。
「評議会議員の件、お引き受けすべきと聞いております」
「ふむ。ダイモスも賛成だったな」
「はい。王都中央と繋がりを作ることは悪くないと存じます。なにより御曹司の識見を披瀝する良い機会です」
識見……。
「わかった。では正式な書面が来れば引き受けよう。他の件は?」
「それが、王宮からです」
「王宮から?」
「大膳局から、ナップ酒は何とかならないかと」
ふむ。昨日。祝宴で、予め酒を振る舞うからと交換条件で2ケース24本置いてきたのだが。あの王が飲んだのか?
「わかった。3ケースを献上すると伝えてくれ。ユリに言えば、出させるようにしておく」
「承りました。昨日のご命令通り、宰相様、タウンゼント侯爵様、ハイドラ侯爵様に1ケースずつ。本日中に届けさせます」
「頼んだぞ。では……」
「お待ち下さい。御曹司」
終わったと思って、腰を上げると止められる。
「ああ。まだあったか」
「ございますとも。まずはハイドラ侯爵様の御館での宴へ、主賓として出席を打診されておりますが……1週間後から2週間後まででと」
「ああ、出席すると答えてある。レダを交えて談判して日時を決めてくれ」
「それが、タウンゼント侯爵様、ベレン伯爵様含め伯爵家3家、いずれも御曹司をお招きしたいと」
「うーむ。侯爵様の御館は行かねばなるまい。伯爵家の方はどうして欲しい?」
「全て受けられるか、あるいは一律お断りになるかですが、家宰の立場と致しましては、恐縮ながら前者です」
まあ伝手は多く強くしておくというのは、貴族の習性だ。
「ふむ、あまり出たくはないが……」
「まあ、御曹司の目標から言えば、そうでしょうなあ。あちらの方は御館様にご了承戴けば、お家の予算からも……」
基本、授爵してから、俺が使う金は子爵の俸禄を使うことにしている。
「うーん。それはもっと確実性が上がるか、俺が家長になった後のことだな。それはそれとして、できるだけ全てに出席できるよう、日時を計らってくれ。それと、出席した以上、我が館でも開催することになろうな」
「御意。御曹司、そのような顔をなさらないで下さい。御家の誉れです。それに費えは、鹵獲品の船の代金もそのうち入ってきましょうし」
そうか。1隻は領軍に残し、3隻を売却して代金を国と折半と言っていたな。そう言えば捕虜の身代金も本来は2割程来るはずだが、保護国のハークレイズは、出さないだろうなあ。
「では遠慮無く。それで最後か?」
「それが……」
頷いて先を言わせる。
「梅酒の件ですが、転売して欲しい、酒造の製法を売って欲しいと名のある酒造メーカから、何件か申し入れがあります」
ふむ。
「転売は、カーチス達の裁量だ。我が家が口を出すことでは無い。後者はブランド価値を下げる。したがって却下だ」
「それが、タンデムス商会というのが、ベクスター公爵と縁のを口にしておりまして」
ベクスター公爵?
「聞かない名前だが」
──先々代の王弟の家系だね。公爵とは名ばかりで、余り良い評判は聞かない。
「ああ、すみません。公爵は自称です。借財を重ね、犯罪まがいの悪事に手を染めて居ることが明らかになり、当代になってから一旦爵位を剥奪されまして、王室譜からも抜かれました。が、王太后(先王の后)の逝去に伴い、恩赦にて男爵へ復帰されました」
「わかった。その自称公爵から、直接何か接触があるまで無視だ」
「それがよろしいと存じます。御用は以上です。ありがとうございました」
「いや。ご苦労だった」
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訂正履歴
2025/09/21 カーテシーの表記削除 (コペルHSさん ありがとうございます)




