98話 やんごとなき
祝宴終了後、俺達は馬車に乗せられ、ひっそりと王宮の中を移動した。
向かうは西。つまりは後宮の方角だ。
同乗している女官も無言なため、静かだ。
いくつか門を通り抜け、開けた庭が見えてきた。徐々に傾いてきた夏の太陽が逆光が整った芝生に映える。
10分程ゆっくり走って、ロータリーを回り始めた。薄く黄味を帯びた白い大理石で建てられた殿舎に横付けされる。今まで見てきた宮殿とは見劣りする大きさだが、意匠や点々と配置された彫刻群には、目を瞠る物がある。流石は王宮ということか。
「お降り下さい」
扉が空いて、中に入る。
玄関は見上げるばかりのドームだ。思わず感嘆の声が出そうになる天井画は、ルーデシア神話に出てくる天上の様子を描いた物だ。
それに頓着せず、スタスタ歩く女官に慌てて付いていく。
何度か角を曲がり、100m以上廊下を歩いた先で女官は止まった。そこには女兵士が2人立っていた。その間に大きく薔薇の浮き彫りが刻まれた重厚扉が有る。つまりは、女兵士はこの扉を護っているのだ。
問題は俺達を親の敵でも見るように睨んでいることだ。この先に誰が居るんだ?
女官が、兵士に向かって話しかけた。
「こちらは、男装をされておりますが、歴とした淑女です。扉を開けなさい」
はっ?
いやいや。無理無理。俺は男だって。見れば分かるだろう。
しかし……。
俺とレダの顔をまじまじと視た女兵士の表情が少し緩み、力が入っていた肩が落ちた。
何でだよ! どうして信じるよ!
俺が女に見えたと言うことか。納得いかん!
が、何か事情があるようだ、レダに倣って無表情を貫く。
兵は、振り返ると、腰に力を込めて開いた。
それはともかく、その先は部屋かと思ったら、また廊下だ。
少し進んで、後で扉が閉まると、先導する女官が口を開く。
「アレックス卿。失礼致しました。あの扉からこちらは男子禁制でございまして」
「事情は承知したが、先に言っておいて貰いたいものだな。そもそも、私が通れた理由が分からないのだが」
横で、レダが少し笑っている。お仕置き決定だ!
「こちらでございます」
扉が開かれ、部屋に入ると、古風な椅子に腰掛けた妙齢な女性がいた。
なるべく目を合わせないようにして、前に進み、跪礼する。
「御意を得ます。狐の孫めにございます」
「はは、あははは…………。やはり見破っていたか。よくぞ来てくれた。アレックス卿」
高いが気持ちの良い声だ。
「メティス・スヴァルスである。立ち上がってそちらに座るが良い」
「はっ」
先王の末娘──
つまりは王女だ。白い肌に、ほっそりとした身体、耳も尖っている。確か殿下の母君はエルフの姫君だ。既に逝去されているが、政略結婚の上、先王の正室となったと聞いている。
そして、長い間子は生まれなかったが、二十数年後に生まれたのが、この王女だったはず。その間に、側室の子として、今上の王ヨッフェン4世が設けられており、王女誕生時には嫡男に決まっていた。
俺がはす向かいの椅子に腰掛けると、王女を見直す。
ハーフエルフだが、エルフの特徴をよく引き継いでいる。ただ、よく整った容貌で美しいが、眼力がありすぎる。
レダが後のスツールに腰掛け、王女の斜め後ろに案内してきた女官が立った。侍従なのだろう。
「会うのは、1ヶ月振りぐらいになるかな」
「はい」
そう。俺がメドベゼ先輩と模擬戦をやった、あの日。殿下はパレス学院にお越しになり、観覧された。そして試合後、通路で生徒会長一行と共に出くわしたのだが。その一員だった仮面の貴人こそ、このメティス王女殿下だったのだ。
なんだか、すぐ相見える気がしたが。現実となったか。
それとは別に、ぴくっと侍従が反応した。
「殿下、1ヶ月前とおっしゃいますと? ……ああ、王宮を抜け出されて、大問題となった」
侍従の声に、途中から怒気が籠もる。
「もう、その話は済んだではないか。ドロシー」
辟易とした表情になる。
「済んだではございません! 殿下」
「ちゃんと随行も連れて行ったぞ!」
「無断というところが問題なのです!」
「ああ、いや。コホン……子爵、見苦しいところを見せたな。ところでドロシー、やはり子爵も女装と言えば薔薇扉を通れたな」
あんたが首謀者か!
「はい。いくらアレックス卿がお綺麗とは言え、さらに私が開けよと言ったからとは言え、確認もせず易々と通すとは、呆れました」
「そうじゃの、腕っ節がいくら強くてもな。やはり頭は子爵のように生きている内に使わぬとな。教育し直しておけ」
レダが、肩が揺れている。こちらも教育が必要なようだ。仕置きから折檻へ格上げしよう。
「ところでだ、今日来て貰ったのは他でもない」
「はっ」
「アレックス卿、妾の僕となれ!」
「はっ?」
「むう。聞こえなかったか。妾の……」
「いえ、聞こえております」
この世界は、そうボケるのがお約束なのか?
「兄の臣ゆえ、言うまでも無く妾の臣とか、とぼけたことを申すでないぞ」
あぁ、そう来ましたか。
「つまりは、私に殿下の個人的な家臣となれと仰せられる訳ですな」
「ふむ、血の巡りは悪くないな」
「私を家臣にして、何をさせるつもりでしょう?」
「聞けば、後には引かさぬぞ!」
「では、止めておきましょう。殿下の御伽衆となる件は、暫く保留させて戴きます」
「だめか! やはり、妾が痩せぎすで、好みではないか。後の従者が、ほっそりしているから少しは目が有ると思ったのだがな」
「ふふふ。面白い方だ、殿下は!」
まあ、レダは脱げばなかなかのものだがな。
「なのに、フルとは連れないのぅ……」
あっ!
「殿下! お戯れもいい加減になさいまし」
侍従の眉が釣り上がっている。
「あっ、ドロシーが怒った」
「誰しも育ての女性には弱いものです」
「そうか。そなたも、あの黒き魔女に育てられたのだったな。ならば妾の気持ちが分かるであろう」
「どのような気持ちでしょうか……? 殿下」
「万事、この調子だ……」
「はあぁ……」
「分かるならば、考え直せ。あの醜く太った兄上の臣になるなど、この国の損失とは思わぬか? しかも、子爵とは何事か。ストラーダも良い見識を持っているが、吝嗇で困る」
それとこれとは、直結しないだろう。
「まあいい。答えは急がぬ」
「はあ」
「ところで、卿は国防評議会の議員に推挙されておろう」
「ほう」
「どこで聞いたかと言う顔だな。妾は篭の鳥だが、蛇の道は蛇。こういう知らせだけはよく入ってくるのだ」
確かに、その手の人脈はあるようだ。
「推挙の件、仰せの通りでございます」
「ならば、引き受けられよ」
「よろしいので?」
「よい!」
「では、父の同意があれば引き受けまする」
「うむ」
どうやら、話は終わりのようだ。
貴人の部屋には長居してはならぬ。
「それでは、お招きありがとうございました。失礼させて戴きます」
「そうか、帰られるか。また会いたいものじゃ」
「はっ! では」
俺は部屋を辞した。
「殿下」
「うむ」
「殿下が家臣の件、子爵はお引き受けされませんでしたな」
「ああ。ますます気に入った。そのような大事、気分では引き受けてはならぬ。保留するが正解だ」
「そのようなものですか……」
王女はしたり顔で頷いた。
「それでだ。なかなかの人物と見たが。ドロシーはどう見た?」
「そうですね……美しいが故に惑わされますが。怖い人間……いや人間なのかさえ。無論単独で大船3隻を沈めたからではありません」
「確かに怖いな。だが劇薬でなければ、この国はもう回り始めぬ」
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訂正履歴
2025/09/21 カーテシーの表記削除 (コペルHSさん ありがとうございます)




