97話 宮中祝宴
表彰の式典終了後30分後、祝宴が始まった。
最初に衣装を変えたストラーダ侯爵から、祝辞と乾杯の発声も頂いたが、彼は早々に退出された。本当に忙しいらしいな、宰相とは。
前回と同じく軍人も大半が退出して行った。忙しいというよりは、忌々しそうだったな。軍人でもない者が、手柄をさらっていった格好だからな。
さて、これからどうするか。前回同様テーブルを回るかな。
そう思っていたら、若い男が近付いてきた。ゾディアック少佐だ。
「改めて、おめでとう」
「昨日は、ありがとうございました」
「ああ、いやいや。でも、これからはアレックス卿も参謀本部によく来られることになるんだろう?」
屈託のない笑顔だ。
「え? そうなんですか?」
一応とぼけてみせる。こっちはさっき聞いた話だが、なぜ知っている?
「隠す必要は無いよ。小官も評議員だからね」
「そうなんですか?」
「ああ。アレックス卿と違って、親の七光りだけどね。おっと、お歴々を待ちのようだ。申し訳ないので、失礼するよ」
爽やかに、男爵が去って行った。
振り返ると、タウンゼント侯爵が居た。
「おお、子爵。おめでとう。いや、良くやってくれた」
「いえ、まあ偶然が重なりまして」
「偶然は確かに重なったのだろうが、力を持って居ない者ができることではない。アレックス卿は、王都の星となったな」
すっかり破顔している。かなりの厚意を感じる。
「ご冗談を」
「いや、冗談ではないぞ。あそこに並ぶ若いご婦人方が、卿に大いに興味を示しているではないか」
俺はレダに目配せする。
「ところで。侯爵様は美食家であらせられ、また大層お酒にも詳しいとか」
「ああ、まあ少しはな。昔は酒豪で鳴らしたものだったが、今はなすっかり弱くなったので、利き酒をして楽しんでおる」
「そうですか、それはちょうど良かった。レダ!」
「はい」
レダは瓶から琥珀色の酒を、小さいショットグラスに注いでいる。7分目まで注ぐと瓶をソーという氷の入った冷却器に戻す。
「どうぞ」
「おお、美しいお嬢さんだな。これを儂にか? 何の酒か当ててみろということだな。面白い趣向だ」
「はい。少々酒精が高こうございます。お気を付け下さい」
うむとショットグラスを受け取ると、明かりに透かして色を見ている。綺麗な色だと呟くと、鼻を持って行く。
「うん。麦の蒸留酒か。マセリ酒に似ているが……薫りが」
鋭いな。
グラスを傾け、一口喫した。
「ほうぅ。これは美味い。冷やしたことも効いているが、そもそも口当たりが良い。甘いが酸味が爽やかで、飲んだことが無い味だ」
そう言っている間に、グラスを干した。
「もう一献、お注ぎしましょうか?」
すかさず、レダが勧める。
「いや、ちょっと待て。ああ、男爵……ヨークス男爵! 卿も試してみ給え。かなり美味だ」
侯爵は、中年になったばかりに見える男を手招きする。
レダは、ショットグラスを10程並べて、次々に注ぎ始めた。
「ああ、男爵のヨークスと申します。この度はおめでとうございます。そして、王国を守って戴き、ありがとうございました」
「ああ、いえ。どうぞお試し下さい」
グラスを渡す。
「たしかに、甘い香りですな。頂きます」
男爵は何度か瞬きした。
「おいしゅうございますね。これは何と言う酒でしょうか」
「男爵、それを当てるのが趣向だ……だが無理だな。このような酒は飲んだことも聞いたこともない。降参だ」
「私もです。それにしても美味い。もう一杯頂きたい、ははは」
その時にはレダが、周囲の何人にか、ショットグラスを渡していた。
皆々、驚きの表情だ。
「では、こちらも。ほぼ同じ物ですが、少し製造方法が違っております」
手ずから注いで、侯爵と男爵に渡す。
「むっ。これは、同じのようで色が違う。頂こう」
侯爵は、2杯目に口を付けた。
「ほう。こっちは甘みが強いな。濃いが後口が良い。先のは料理と合わせて、こちらは食前酒にもってこいだ」
「おっしゃる通り! 侯爵様のサロンでも賞味したことはありませんし、なんとしても、これが何者か秘密を聞かねば」
2瓶目も、レダが振る舞っている。
「ああ、秘密などではありません。これは、梅酒と申しまして……」
「梅……酒。梅の酒なのか?」
タウンゼント侯爵は俺を視て、ヨークス男爵を見た。男爵は首を振っている。
「ええ。先程、侯爵様はマセリ酒と申されましたが、まさにその通り。梅をマセリ酒で漬け込んだ物です。去年、私共と協力者で試作し、熟成させました」
侯爵は目を見開いた。
「そうか。確か聖サーペントはマセリ村の近くの出身。しかも、その近くは梅が沢山獲れるのだったな」
「その梅を酒で漬けられたのですか。確かにマセリ酒は癖がないので、漬け込むには向いて居ることでしょう」
おっと鋭いな、この人も。流石はサロンの一員と言うところだ。
「そうか。うーん、これは良い。どのような酒か聞いた上は、是非買い求めたいが」
「そうですか……」
「なんだ、売っておらぬのか?」
「ああ、いえ。それほど、ご評価戴くとは思っておらず。昨年は大した量を仕込んでおりません。限られた量となりますが、我が伯爵領にあるカーチス酒造で一応販売することになっております。王都にも出店しているかと存じます」
「おお、カーチス酒造か。知っておるぞ。よし。すぐ問い合わせしようぞ」
「侯爵様……」
小声で呼ぶ。
「何かな」
「私も今少し持っておりますので、お宅の方へ届けさせます」
「そうか、悪いな……」
「うむ、前にも申したが、我が館へも来られよ。待って居るぞ」
上機嫌で、遠ざかっていった。
ふう。試飲して貰った人々も次々挨拶して、人垣が減ってきた。
さて、ようやくハイドラ侯爵のところへ行けそうだ。カレンの件は保留だが、挨拶だけはしておかないとな。
「侯爵様。ご挨拶が遅くなりまして、申し訳ありません」
遅くなったが、機嫌は悪くないようだ」
「なんの。婿殿と呼びたいがどうかな?」
「はぁ……」
いきなりカマされた。
「ああ、済まぬ。冗談じゃ。しかし、良くやられた。素晴らしい戦功だ。カレンも男を見る目があったと言うことだな。弟にもそれみよと言っておいた」
「お言葉、忝く」
「いやいや。アレックス卿は、ルーデシア希望の星と成られた」
そこまで褒められると、こそばゆい。
ん?
レダが、別の女官と何か話しているな。
「そのようなことは、ありません。単に運が良かっただけです」
「それだ!」
はっ?
「運が良いというのは、大事でな。運が良い者は、大体ずうっと運が良い。運を掴む術を持って居るからな」
うーむ、謙遜はしてみたが。面白い返しだ。しかも、一面の真理だし。
「では、私もその術を手に入られるよう精進します」
「ああ、励まれよ。それで、さっき騒ぎになっていた酒か?」
「はい」
レダがショットグラスを渡している。
一口飲んだ。
「ふーむ。儂は余り酒を嗜まないが、これは美味いな。後口が良い」
「そうですか。我が領内で今年から試作を始めた酒です。些少ですが後日御館に届けさせます」
「そうか、卿も様々なことに才があるなあ……ああそうだ、近々我が屋敷にも来てくれ」
なんだか、既成事実を積み重ねようとしている気もするが、断る理由もないな。
「はっ。承りました」
「うむ。日時は家臣に調整させる」
侯爵は戻っていった。
その後も、多くの参列者と挨拶し、言葉を交わした。
やや疲れたな。そろそろお開きだろう。
大貴族は、大体帰ってしまっている。俺は今回はそうは行かないので、最後までの残ったが。前世日本のように締めの挨拶もない。
さて、帰るとするか。
「レダ! そろそろ……」
「アレク様。それが……お疲れのところ恐縮ですが」
「ん?」
「止ん事無き方より、呼びつけられてしまいました」
ああ、さっき何か女官と喋っていたな。それか?
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