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宿題は殺人ですか?  後編

■ ■

「はぁ、何でこんなことに……」

ぶつぶつ言いながら、私は八角高校の制服に着替える。

チェックのスカートに白い半そでのブラウス。

高校の制服を着るのは何年ぶりだろう。

胸元のリボンを止めて姿見でチェックすると、まだまだ高校生で行けそうな気がする。

「もう20歳なんだけどなぁ」


仕事仕事。

そう言い聞かせて、着替え終わった私はリビングに降りて行った。

「雲子さん、似合うッス」

健太くんが目を輝かせ、

「雲子、高校生でやっていけるよぉ」

さやかがちゃちゃを入れてくる。

同い年ながら、モデル体型のさやかが制服を着たら似合わないだろう。

それなりにしっくりくる自分が少し悲しい。

「う~ん、喜んで良いのやら悪いのやら」


私がこんなコスプレをする羽目になった理由は

前回の土曜日の「解決編」をやらされる羽目になったからだ。




■土曜日の続き■

「私が殺した」


そう聞かされた彼らは、しばらく呆然としていた。

一番に正気を取り戻した杉くんが、スマホを取り出していじり始める。


暫くしてから、彼はほっとしたような表情で顔を上げる。

「それはありません。

1989年に八角学園では殺人も事故死も起きていません」

「そ、そうですよ。

私、資料を探すとき、前後1年の校内新聞にも目を通しましたけど、

そんな事件はなかったです。もし何かあったら、必ず一面にのるはずなのに」

杉くんの言葉に勇気づけられたのか、相馬さんが強気を取り戻す。


「校歌が変わった事に対しての5Wと、殺人の5Wは別物よ。

いつ? も、どこで? も役に立たない」

私の突っ込みに、2人そろってしゅんとうなだれる。

「でも、誰が? は、校歌と殺人 双方に関係がある人 でしょうね」

誰かが、生唾を飲み込む音が聞こえた。


「誰が、誰を殺したんでしょうか?」

羽田さんが、恐る恐る尋ねる。

「今の段階では、情報量が少なすぎてなんとも解らないわ。

もう少し、情報を集めていかないとね。

校内新聞を見てみたいけれど、そうそう外部には貸し出せないでしょ。

量だってあるだろうし」

「うぅ、ここ2,3年分だけなら電子データであるのに……」

悔しそうに山野さんが歯噛みする。



「でも、このままじゃ発表も宙ぶらりんになりそうだし、気味が悪いわ。

山野さん、校内新聞を貸し出せないか、新聞部に談判してきましょ。

もしくは……」

そういって、相馬さんは私の方をじろじろ見る。

「見学に来た家族という事で、雲子さんに学校まで来てもらう手もあるわね。

妹が見学したがってる という事で通るか、先生に聞いてみるわ」

「えっ!?私が、いもうと?」

「皆で学校に潜り込んで、新聞部で校内新聞を見せてもらおう」

人のショックを傍目に、いつのまにか私は学校に連れて行かれる流れになり、

その日は散会になった。



後片付けをしながら、手伝ってくれる健太くんに尋ねる。

「みんな、校歌に思い入れがあるのねぇ」

談話室には、彼らの残した熱気が残っている。


「今年、うちの学校に新しい校長が来たんス。

40歳くらいの、びしびししたオバさんで」

そういわれて、弁護士の三子叔母さんを思い浮かべる。

40歳で高校の校長 というのは、異常なまでに昇進が速い。

エリートである事は間違いないとしても、

中年女性の年齢は高校生男子には見破り難いだろうから、もう少し上なんだろうな と心にメモをする。



「その新しい校長、校歌が嫌いみたいで、行事でも校歌斉唱を外してるんですよ」

「珍しいね。普通は行事と言えば、すぐに校歌を歌わせたがるような」

「ですよね。まぁ、それはそれで良いんですけど、運動部が地区大会で優勝した時にまで、『歌わなくても良いんじゃないか』とか言い出すんですよ」

「ふんふん」

「俺たちも、校歌大好きってわけじゃ無いですけど、

今まで何回も歌ってきたからそれなりに愛着がありますし。

だから、校歌を研究して、皆に再評価させようと思って」

「いろいろ考えてるんだねぇ」

「同じ班のやつの受け売りですけどね。

でも、なんかすごい事になっちゃったなぁ」



週明けの月曜日。

部活動で登校した相馬さんが、早速「学校見学」を打診した。

夏季休暇中の事でもあり、今はいろんな部活が大会や合宿で目白押し。

人手のすくない学校側は申請に対して、「正式な見学日に来い」と突っ返したらしい。


だが、彼らの熱意は衰える事無く、早苗さんが予備の制服を持ってきた。

この宿題に乗りかかった私は、彼女の制服を借りて八角高校へと潜り込む羽目になった。




八角学園は、私立の中高一貫校。

食堂や売店といった共通部分が中心にあり、高校と中学が左右に分かれている。

夏の暑い盛りだというのに、高校からも中学からも、部活動に勤しむ学生たちの声が聞こえてくる。


校門前で7人が集合する。

健太クンと冨野くんは部活上がりなのか、Tシャツ短パン姿だ。

校舎に入ると、クーラーのひんやりした冷気を感じた。

私立だけあって、冷暖房完備のようだ。


「まずは、校内新聞から行きましょ」

新聞部の山野さんが先に立って案内をしてくれる。

今日はほかの部員は休み。

部室を独占できるらしい。

「極秘ネタということで部室を借りちゃった。

発表の後で良いから、新聞部にもネタを頂戴ね」


学校の校舎なんて2年ぶりなので、なんとなく懐かしい。

きょろきょろしながら歩いていると、新聞部の部室についた。

山野さんが冷房を効かせていてくれたおかげで部屋は涼しい。


山野さんが校内新聞がスクラップされた戸棚を指さす。

毎号、綺麗に保存してあるらしい。

「何年のから行きますか?」

戸棚を開けながら、山野さんが尋ねる。

「う~ん、1985年から1990年までお願い」

「ひえ~、結構ありますよ?」

そう言いつつ、山野さんはスクラップファイルを丁寧に取りだし、机の上に並べていく。

「じゃ、見させてもらうね」


まず初めはぱらぱらと見始める。

1985年には、これといって何も起きていない。

次いで1986年になり、例の「校長」が着任した記事が載る。

そして、なんということもない記事が並ぶ。

1989年の夏、奇しくも今と同じ暑い夏の季節に、歌詞が変わる見出しがあった。


26年前の今頃、犯人は必死になって作詞をしていたのだろう。

己の、心からの叫びを表現するために。


6年分の新聞をぱらぱらと捲ったことで、大まかな所は頭に入った。

次は、気になる部分を重点的に探っていく。

4月に入学式、6月に体育祭、10月に生徒会選挙と学園祭。

そして3月に卒業式。

この辺りは毎年同じように動いている。

生徒たちはめまぐるしく変わっていくが、校長は変わらない。


「うん、掴めてきたかな」

「本当ですか!?」「犯人はだれ?」

「いや、そこまではまだ解らないよ。

次は、体育館に行きたいんだけど良いかな?」

「体育館ですか?」

「うん。体育館に校歌のプレートがあるんでしょ?

ここに、卒業制作でプレートを寄贈したってあるし」

1989年度の卒業生が作り、体育館に設置したらしい。


「さっき飲み物買いに行った時は、バレー部が練習してたみたいだけど」

健太くんが腕組みをしながら何かを思い出すようなしぐさをする。

「まぁ、それならそれで、プレート見るだけなら平気でしょ」

相馬さんの決定で、私たちは場所を移動することにした。



体育館の入り口についたが、中からは何の音も聞こえない。

部活動をやっているのなら、もっと騒音が聞えるだろう


(すみませ~ん)

小さな声でことわりを入れながら扉を引く。

鍵が開いている事にほっとしながら体育館に入ると、むっとした熱気と汗臭さを感じた。

さっきまで何処かの部活が使用して名残だ。


中は無人と思っていたが、一人の先客がいた。

それは、中年の女性ですらりとしたプロポーション。

この暑いのに、パンツスーツを隙無く着こなしている。

彼女は、体育館の脇に掛けられた木彫りの校歌のプレートをじっと見上げていた。

扉が開く音で私たちに気が付いたのか、彼女は振り向いて声をかけてきた。


「今日はもう体育館の予約は無かったはずだけど、あなたたちは何部?」

「え、えぇと、新聞部です」

相馬さんがさらっと大ウソを答える。


「三笠校長です」と健太くんが囁いて教えてくれる。


「そう。それにしては」

そう言って、校長は私たちを見渡す。

「誰もカメラを持っていないようね」

「コレがありますから」

そういって相馬さんはスマホを取り出す。

「じゃ、来年度から新聞部にカメラ購入用の部費は不要ということで良いかしら?」

「そ、それは困ります」

山野さんが慌てて口をはさむ。

「冗談よ。あなたたち、小田部先生のクラスよね?」

「はい、2年3組です」


(顔を見ただけでクラスがわかるって、まさか全生徒の顔を記憶している?)

4月に着任したばかり とのことなので、まだ3か月しか学校に来ていないはずなのに。


「ねぇ、あなた。あなたは何年何組かしら?」

少し棘を含んだような声で、三笠校長が私を睨む。

「さ、3年1組です」

思わず、彼らよりも年上なんだぞという意識が漏れ、3年と言ってしまう。

「そう、それならなぜ2年生色のリボンをつけているのかしら?」

「これは、汚れちゃったので相馬さんに借りて……」

自分でも苦しい言い訳だなぁ と思う。


「正直に答えなさい。でないと、不法侵入として警察を呼びます。

あなたたちも幇助として突き出すけど、良いかしら?」

「うっ」「やば」

我々は顔を見合わせ、正直に答えることにした。


「実は、課題の自由研究で……」

相馬さんが順序立てて経緯を三笠校長に話していく。



「というわけで、他に手がかりが無いか、校内新聞を雲子さんに見てもらおうと思って」

「そう……。で、何かわかりましたか?」

三笠校長は私の方に向き直り、真摯な目つきで見つめてくる。

コスプレしていることを笑われるか と覚悟していたが、そんな様子は欠片も見えない。


(やはり、この人は何かを知っている)

そう、私の勘が囁いた。


「この歌は、過去に起きた事件の断罪と贖罪。

私は、そう考えています」

切り込むような言葉に、三笠校長はしばらくの間、微動だにしなかった。

「場所を、移しましょうか」


私たちは、廊下を歩き、校長室へと通される。

よく整理され、クーラーの効いた部屋の壁には、歴代校長の写真が飾られている。

三笠校長はちょうど10代目にあたる。

そこから遡っていくと、半分あたりの5代目の所に、例の校長の写真があった。

厚いくちびると土気色の肌をした油ギッシュな男の写真だ。



「好きな所に座って」

三笠校長は、応接セットに座るよう我々を促す。

「失礼します」

我々は、思い思いの場所に座る。

黒地のソファがふわりと体を受け止めてくれた。



「過去の学校新聞を並べて見ていくと、ある一時期だけ作風が違っていたときがありました」

その時期は、1986年からの4年間。


「その頃は、ある有力議員の弟が校長をしていたそうですね。

学校新聞の紙面は、高校生が考え、書いたとは思えない。保守的で模範的な内容ばかりでした。

おそらく、下書きか検閲のようなものがあったのでしょう」

デスクに座っている三笠校長の顔は応接セットからでは良く見えない。

応接セットは、本来向かい合って座るべきものなので、デスクは死角になっている。


「続けて」

デスクから続きを促す声が聞こえた。

「彼が校長の頃の事件や事故を調べてみました」

士郎叔父さんのコネを利用したり、この地域の地方新聞を取り寄せてようやく一つの情報に辿り着いた。

「八角高校の生徒が一人、転落事故で亡くなっています。

自宅マンションから足を滑らせた と」


その事件は、1987年に発生していた。

校歌の歌詞が変わる、2年も前の出来事。

被害者が未成年で遺書も無かったせいか、一般の新聞には出ていない。


「ですが、学校新聞にすら、その事が一切書かれていませんでした。

同じ学校の生徒が亡くなったのですから、何らかの記事があっておかしくは無いはずなのに」

デスクからは何の答えも無い。



「ここからは、私の想像でしかありません。


彼の死は、いじめか体罰による自殺だったのでしょう。

でも、彼の、文字通り命をかけた抗議は事故として揉み消された。

生徒たちは、内申書を盾に口封じをさせられた」




「そんな事件があってから2年後。一人の生徒が出てきます。

生徒会長である彼女は、校長にひとつの提案をしました。

『我が校の校歌には、天皇の名が使われている。

避諱すべきではないか』と」


「校長にとっては渡りに船だったのでしょう。

彼にとっては虫唾の走る、リベラルな校歌を改変することに成功した。

しかし、新しい歌詞には、贖罪の言葉が仕込まれていた。

それは……」



「私が、殺した」


クーラーで冷やしている以上に冷たい空気の中で、三笠校長の声が響く。

私は、ゆっくりと頷いた。



26年前、当時の生徒会長だった三笠頼子は、この部屋で「校長」と対峙した。

今、彼女と私が向き合っているように。

そして、三笠頼子は賭けに勝ち、校歌を自分が思うように変えた……



「ふぅ、よくも調べたものね」

三笠校長はデスクから立ち上がり、壁際のコーヒーメーカーに歩み寄ってコーヒーを淹れ始めた。


「驚きだったわ。

あんな、前時代的で古臭い歌詞がまだ残っているなんて。

八角学園は『自由』を校風としていたから、2,3年もすれば、

誰かが変えてくれると期待していたのに」

「だから、現在の生徒たちに校歌を歌わせたく無かったのですね」

「えぇ。当時はともかく、今の生徒たちに罪は無いわ」



淹れ終わったコーヒーを手に、三笠校長は話を続ける。

「彼と私は、実の兄妹。

親が離婚して離れ離れになってしまったけど」



「兄の死は事故では無い。

それを信じていた中学生の私は、真相を調べようとした。

でも、校長や教師たちからは、何も掴めなかった。

兄と同じクラスの生徒たちも、揃って口を噤んだ」


しかし、ある時、校長と地方新聞の記者との密会を盗み聞きし、真相を知った。


「悔しかった。

でも、それ以上に、兄の事がこのまま忘れられてしまうことが許せなかった」

彼女はこの学校に呪いをかけることにした。

「校長は、何度も何度も罪を告白した。

兄へのいじめと体罰を、見て見ぬふりをしてきた教師や生徒たちも。

彼らへの断罪が、私ができる、せめてもの償い」



そして、三笠校長はにこりと微笑む。

「良い自由研究になったわね。

これが、今まで表に出てこなかった、この学校の歴史よ」

三笠校長の言葉に、皆は息を飲む。

それは、軽々しく発表できない内容であるから。

「きっと、皆が驚くスクープになるでしょう」


しかし、相馬さんが意を決したように立ちあがった。

「いいえ、私たちはこの研究をやめます。

発表もしません!」

「なら、課題はどうするの?」

「私は、こんな悲しい校歌なんて嫌です。

もう二度と歌いたくありません。

だから私たちは、『新しい校歌を作ろう!』にテーマを変えます」

「イイネ」「やってみるか」「作詞は得意だよ」


皆が一丸となって、新たなテーマに取り掛かり始める。

「図書館に行くので、失礼します」

彼らは、慌ただしく校長室を出てゆく。

私もそれに紛れて校長室を出る。


その時、

「ありがとう」と、

三笠校長が言ったように聞こえた。




■1か月後■

「暑いわ~」

談話室のクーラーで涼みながら、のんびりとアイスティーを飲む。

素敵な彼氏でも居たら、私も流行の水着でも来て海に行ったのだろうか?

(お腹の肉がな~)

苦笑いをしながら、お腹をなでる。



すると、激しい音がして玄関の扉が開き、誰かが入ってくる気配がした。

ドタドタという足音が廊下を走ってくる。

談話室のドアが開き、健太くんの真っ黒な顔がのぞいた。


「雲子さん!これ、新しい校歌の歌詞です。

みんなで考えたんですよ」

私は、健太くんが差し出す紙を受け取って中を見る。


彼らの班は、夏休みをフル稼働させて、校歌の歌詞の作詞を行った。

近隣の文物や学校の歴史、目指したい思いなど、校歌に織り込める情報は無数に及ぶ。

健太クンも夜遅くまでうんうんうなっていた。

きっと、密度の高い研究になった事だろう。

私は、一切ノータッチ。やっぱり宿題は自分でやらなきゃね。

もう巻き込まれるのはこりごり。


「三笠校長はもう見たの?」

彼は、私の問いににっこりと笑って答える。

「とても良い歌詞だと喜んでましたよ。

夏休み明けの職員会議で議題に上げるそうです。

で、校長が雲子さんにも見せて来いって」

「そっか、良かったね」

「はいっ!」


渡された紙に書いてあった新しい校歌。

隠された八角形が指す位置を繋げると

「君を忘れない」と書いてあった。


きっと、三笠校長はいじめや体罰に負けない、良い教育者になるだろう。

私の「名探偵の勘」がそう告げていた。


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