電車内にて不思議に思った事
つい先日、長年片想いしていた人に告白したところ、付き合う事になった。しかも昨日は彼女の家に泊めてもらい、所謂幸せの絶頂に俺はいる。まぁ、泊まった事で出勤するのに普段は乗らない早朝の電車に乗る事になったが、これも幸せ故の事。
寧ろ口元を緩ませて、涎が出そうなまである。
電車に乗り、左側を見ると扉のすぐ近くに空席があったので、これ幸いとそこに腰を落ち着けた。右隣はテニスバッグを抱えた男子高校生。左側には一人分間を空けて、如何にも仕事が出来ますといったおじさんが座っていた。
正面には安そうなスーツを着た若い男と、眼鏡をかけた30代くらいの男がまず目に入る。
しかし、ここで違和感を覚える。
何故か正面にいる男2人から睨まれている気がするのだ。あからさまではないが、何となく。しかし勘違いだと言われても、はいそうですねと素直には頷けないレベル。そして何処かその視線には落胆の色も混じっていた。
何故だろう。
俺の幸せオーラが不快なのだろうか。
涎が気持ち悪いとか?別に出てないけど。
気不味くなり、視線を他所に向ける。
が、そこで四方から似たような視線を送られている事に気付く。左の方にいるOLの美人さんなんて鬼の角が見えそうだ。
唯一周りと違う反応を示してたのは、右隣にいる男子高校生だった。しかし彼は彼で、この世の終わりを見たというように、ガックリ肩を下ろしている。落胆という点で言えば彼はこの中で一番その様子を示していた。
何故だろう。
いくら恋人が出来たばかりで幸せルンルンな俺でも、流石にこの状況は気分の良いものではない。
しかし、何か俺に非があり、その上でこの事態を招いている筈なのだ。
赤の他人が集まって、皆からこうも嫌な目で見られるというのは、必ず理由がある。それは何かと考えねば、俺は何時までもこの空気に耐えなければならない。
俺が降りるまであと9駅。
それはちと酷だ。
俺は考えてみる事にした。
まず出来るだけ今の状況を整理しよう。
推理小説なんてものはあまり読まないけど、状況整理が推理する上で重要なのは分かる。重要じゃなかったら恥ずかしいが、探偵ごっこみたいで楽しくなってきている自分に気づく。
現在6月24日木曜日の6時48分。
電車内にて、何故か周りからの視線が痛い。特につり革につかまったOLの視線はヤバイ。また隣の男子高校生の落胆もヤバイ。
周りからそういった視線を向けられる時とは一体どう言った場合だろうか。
騒いでいる時、不清潔な格好をしている時、変態行為をしている時、つまり迷惑行動を取っている時だろうか。そして今の場合、ここにいる人殆どが迷惑に思う程の事を俺はしているという事になる。
俺は今寡黙に現状を推理しているから五月蝿いからというのは除外だろう。
服装は安物のスーツ。彼女の家からの帰りだから昨日と同じだが、それに気付く人はこの中にいる筈もなく、また、消臭剤を掛けてきた。匂いは大丈夫な筈だ。そもそも彼女と別れる際キスをしたが、その時は何も言われなかった。彼女が俺の気持ちを慮って、という風な事も考えられるが、彼女とは付き合い始めたのは最近だが、交流自体は昔からある。そして割と何でも言い合える関係だ。臭いや格好の指摘くらい躊躇いはないだろう。第一臭いなんてあのOLの方までは届かないだろう。
服装の問題という事でチャックでも空いているかと思ったがこれもしっかり上の方まで閉まっていた。よって不潔云々も除外。
変態行為については大丈夫と思う。
俺はただ座っているだけだ。
ただ座ってこの空間にいる事が迷惑なのだろうか?
分からん。
分からないと言えばこの男子高校生の落ち込みようもそうだ。
何故こんなに落ち込んでいるのだろうか。
昨日あたり恋人にでも振られたのだろうか?
今日嫌な授業でもあるのだろうか?
そう言えば、周りの人達は俺を睨むが、男子高校生に対しては何処か同情しているような、哀れんでいるような、そんな視線を向けているような気がしなくもない。直接向けられたわけではないから確信は持てないが。
だとすれば、若しかしたら俺が睨まれている事と、男子高校生が同情されているのは関係性があるのかもしれない。
つまり、俺は男子高校生を落胆させる何かをし、周りの人はそれを見て俺に鋭い視線を向け、そして彼には哀れみの目を向けている。
だとすれば俺はこの男子高校生に何をした?
隣に座った、だ。
しかし電車内で隣に座られるなんて事は当たり前だろう。
この男子高校生はそんなにデリケートな人なのだろうか。それとも俺との間に運命の赤い糸の逆の意味を持つ糸が結ばれたのを感じたのか?しかし俺は何も感じんぞ。寧ろ好青年風な出で立ちの君に好感を持っているくらいだ。
と言うか、俺が隣に座ったせいで男子高校生が落ち込んでる、可哀想、俺死ね、みたいな思考を周りの人達は普通するだろうか?
否である。
そう、一番の不可解なのは、何故偶々乗り合わせただけの人達がこうも皆が皆同じような態度を取るのか、と言う事だ。
普通ではまず考えにくい状態なのだ。
これは普通でははい。
異常の類である。
普通ではないと言えば、この男子高校生の落ち込みようだってそうだし、俺の彼女の可愛さだってそうだ。
昨日の彼女は本当に可愛かった。初めて彼女の手料理を食べたが、その美味しさも口舌し難いものだった。空腹よりも愛だろう。一番のスパイスは。俺が美味しいと言い、照れる彼女は普通ではない位に可愛かった。その後ずっと俺の事を好きだったと告げてくれた時の感動も普通ではなかった。初めてのキスを交わし、彼女と一緒に眠った時の幸福感も普通ではなかった。別れる時の彼女の寂しそうな顔も普通ではなく可愛かったし、それからキスをした後の照れた顔も普通ではなく可愛かった。
思えば昨日から、と言うよりも彼女と付き合い始めてから普通でない事のオンパレードである。普通ではない幸せな事が続いて今、普通は乗らない時間の電車に乗っていると思うと感慨深いものがある。
こんな朝早い電車に乗る事になるとは思わなかった。普段は自転車で通勤していて、住んでいるアパートから10分の所に僕の勤め先はある。8時までに着けばいいので毎日ちょうど今頃起きる感じだ。
そう言えば周りにいる人達も出勤中だろうか。
スーツを着ている人が殆どだ。
こんな朝早くからご苦労様です。
毎日こんな時間に出勤すると思うと、今の生活に慣れている俺は、ゲンナリしてしまう。毎日だと慣れるものなのだろうか。かく言う僕も高校時代は部活動に精を出し、朝練に出る為、毎朝早起きをしていた。部活に今の彼女がいた事が、僕が頑張れた要因ではあるが。今思えば毎日毎日5時半に目を覚ましていた事に我ながら驚く。
そして気付く。
そうか!
出勤する人達は規則正しい生活を心がけるモノだ。
いつも通りの時間に、いつも通りの電車に乗る。
そしてそんな生活が何日も続けば、電車内で顔見知りというのが出来るのではないだろうか?例え会話をする程の中ではなくとも、毎朝同じ空間を共にするのだ。共有する何かが生まれても不思議ではない。
この男子高校生だってそうだ。見るからにテニス部だし、きっと毎日朝練に参加するために、この電車に乗っているのかもしれない。
つまり、ここにいる大半の乗客は何か共通項を持っていて、僕という普段はこの電車に乗らないイレギュラーが混じったせいで、何か不具合が生じているのではないだろうか。
俺はこの電車に乗る人達の普通の中に生じたイレギュラー。
俺は男子高校生を落胆させる行為を無意識のうちにしていて、恐らくその行為はここの乗客達が共有する何かを侵害している。
だから俺は睨まれている。
つまりはこういう事ではなかろうか。
そして先程から何度もぶち当たる壁。俺が今している行為で、男子高校生にも関わりのあるモノは、ただ彼の隣に座っている事だけという事。
例えば今ここで俺が彼から距離をとったらどうだろうか。これで非難の目が無くなれば、ただ彼の隣に座るという事が不具合の原因だったと言えるだろう。
仮にそうだとして、一体彼の隣に座る事の何が問題となり得るのだろう。
ここにいる人達は、彼を含め、彼の隣に俺が座る事に対してよく思っていない。
言い方を変えれば、俺に彼の隣に座って欲しくない。
この俺という存在は俺以外にも代入可能だろう。
なるほど。そういう事か。
ここにいる人達はイレギュラーを嫌い、普通通りを望んでいる。
そして、それは今ここに居る人達だけに限った事ではない。
例えば、いつも次の駅で乗ってくる人とか。
そういう人達にもこの電車内での普通があるのだろう。
そしてその内の一人はいつも彼の隣に座っているのではないだろうか?
そして彼はその人が隣に座ってくれる事を願っているのではないか?
だから俺が隣に座ると落胆したのだ。
恐らく彼の好きな人。
隣に座って欲しく思う相手なんて他には考えられない。
そしていつもこの電車に乗る乗客達は彼のその様子を見て知っているのだろう。そしてその初々しい青春に好感を持ち、毎日のちょっとした楽しみになっている。
若しかしたら両片想いなのかもしれない。
お互いがお互いを意識している様は周りから見れば両想いと一目瞭然らしい。かく言う俺も彼女と付き合う事になった事を友人に伝えると、やっとかと笑われた。
ここの乗客達は、この男子高校生とその好きな人が互いに互いを意識しているのを見ていて、応援したくなったのではないだろうか。
彼の隣にその人が座るのが普通なのだとすると、俺みたいなイレギュラーがいない限り、彼の隣の席は、その人が来るまで空いているのが普通だという事になる。
そこには意図的な何かを感じる。
彼の隣には座らない。
周りは応援する為に暗黙の内に、これをここでの約束事にしたのではないだろうか。そしめそれは、彼女が決まって彼の隣に座るからこそ定着し得るルールだろう。彼女が彼の隣に座らなければ、何も意味はないのだから。
つまり彼女も毎朝彼の隣に座る位には彼を意識している。
2人が恋人であればそこまで回りくどい事はしないだろう。
だから俺は彼とまだ来ぬその子は両片想いと推測する。
そしてそういった事情があるからこそ、俺は睨まれ、彼は哀れみの目を向けられていたのではないだろうか。
証拠を出せと言われても出しようがないが。
俺はそう推理する。
俺はそう結論付けたが、此処をどく気はなかった。
と言うのも、少しお節介を焼きたくなった。
電車が止まり、一人の女子高生が入って来た。
俺はすぐにこの子だと分かった。
彼の目が彼女に釘付けだからだ。
あからさまに顔も赤くなっている。
彼女はと言うと、俺の方をチラリと見て、これまたあからさまにガッカリとした様子を見せる。
この事で更に俺への周りの視線は鋭くなるが、今回は不快ではなかった。忍び笑いが喉の奥からクツクツと湧き出てくる。
俺はおもむろに立ち上がる。
今からする事は俺の幸せのお裾分けですあり、この純情な男子高校生を落胆させてしまった事せのせめてもの詫びだ。
周りの人皆が俺に注目していた。
女子高生もその場に固まって、俺が立ち上がる事で空く、彼の隣と言う特等席を見つめている。
あぁ確かにこの二人は応援したくなる。
俺は今まで隣にいた男子高校生の方を向く。
「この席が欲しくば彼女を好きだと認めろ」
言ってから気付いた。
これ俺の推理が外れてたらマジで痛い奴じゃん。確固たる証拠をも無いのに、それっぽい事が思いついたからって、何やってんだ俺は。
額から嫌な汗が出てきた。
恐る恐る周りの反応を探ると、皆が皆真剣な顔をしている。彼と彼女は顔を赤くして俯いている。息を吐くのも憚られる空気がそこには流れていて、俺は自分が間違っていなかった事を確信した。
黙って彼の返事を待つ。
別に俺が告白するわけでも、されるわけでもないのに、やけに緊張した。
彼はゆっくりと顔を上げ、俺の顔を見る。
その表情は決意を決めた男の顔だった。
俺が彼女に告白する前に練習した顔にソックリ。
俺は彼には向かって一つ、大きく頷く。
彼は立ち上がり、彼女の方を向く。
彼女も今から何が起きるのか分かった顔だった。それなのにやはり何処か不安気なのは、それだけ真剣に彼の事を好きだからなのだろう。
早くお前らくっ付けよ。
数秒後、車内は拍手で包まれる。
その中心には幸せそうな新しいカップルがいた。
程なくしてその男子高生は先程まで座っていた所に、女子高生はその隣に座った。
彼女の隣に座るスペースはあったが、俺はそこに座らず隣の車両に移る。
無性に、大好きな彼女の声が聞きたくなった。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
感想、批評貰えると嬉しいです。