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村人Bになりまして  作者: 鈴川流
序. 転生することになりまして
1/7

 城から見下ろす世界は、不毛の地というに相応しい。

 空を覆い隠す雷雲の切れ間もない。

 それでいて、雨が一滴も降ることはない。

 雷雲を通した日の光は赤みを帯びて地上に降り注ぎ、凸凹とした大地は赤茶けている。

 その大地に蠢く者の姿はどれもこれも醜悪なグールや大型のオークばかりだ。

 雷雲に触れそうな高度で飛ぶのは、ドラゴンばかり。

 そんな終焉の様を、城の最上階、玉座の間で、玉座に座る魔王は眺める。

 頭部から捻りながら伸びた長い角は、王たる者の証のように雄々しい。

 だが、その手はひどく嗄れて、今にもミイラにでもなりそうな老い具合だった。

 その紅い瞳を持った顔は、若かりし頃は威風堂々とした偉丈夫と呼ぶに相応しい顔立ちをしていても、もはや見る影もない。

 老衰間近の震える指先で己の皺垂れた頬に触れる。

「・・・時期、であるか・・・」

 呟いた言葉もまた枯れ木が発しているのかと思うほどに、嗄れた老人のそれだった。

 玉座までの五段階段の麓で、四人の魔族が片膝を折り、右手の拳を床につけて頭と垂れていた。

 角を生やしたその三人の男と一人の女は、魔王の言葉に肩をぴくりとさせる。

 そして、言葉を発したのは右端の赤髪の男だった。

「猶予はございますまい。儀の準備はすでに」

 そうして顔を上げた中年の男は、武人というに相応しい無骨な顔つきだった。

 その朱色の目は鋭く、不義を嫌う者らしい実直な視線を王へと向ける。

 魔王はそんな朱色を透き通るような紅で見下ろして、仕方がないとばかりにため息を吐き出す。

 そのため息に、赤の男の隣で青い髪をした若い男が顔を上げる。

 眉目秀麗、と呼ぶに相応しい顔立ちの青い瞳の男は不思議そうな顔を浮かべて言った。

「何を迷うことがあるというのですか?」

 魔王はそれに対して、まるで魂そのものを吐き出してしまいそうなほどに長いため息を吐き出した。

 それに対し、青い髪の男の横にいた深緑の髪をした老いた男が顔を上げた。

「新たな王に仕えよ、という腹つもりですかな?」

 その老いっぷりは魔王といい勝負かもしれない。

 魔王は老人にまで言われて、やっとその重すぎる尻を玉座から離し、曲がった腰で持って立ち上がる。

 人の齢にして千年。

 魔界を魔王が統治すること八百年。

 勇者と呼称される人間がこの魔王城の最上階に辿り着くことがあっても、魔王の体に傷をつけられたことは一度足りとてない。

 そんな魔王でも、不老不死の種族ではない以上、その栄華は老いと共に終わりを告げる。

 だが、魔王は己を凌駕する魔族が現れるその時まで、王でなくてはならない。

「―空白の間、全権をイグニスに預ける」

 嗄れた声に指名された赤の男は、深く頭を垂れ直し、

「はっ!」

 王からの信頼に身の引き締まる思いだと、その一音が語る。

 それに対し、青の男と緑の老人は無言で頭を垂れ直した。

 堪えきれぬ苦々しさに顔が歪んだことを魔王に見られぬために。

 その中で、未だ顔すらも上げず、黙り込んだままなのは、薄紫色の髪の女だけだった。

 王はゆっくりと玉座から遠のき、階段を一段一段噛みしめるように降りた。

 そして、魔王に仕える四天王の前を右から左へと、まるで今生の別れを惜しむように歩いていく。

 その足が、女の前で止まった。

 頭を下げたままの視界で、魔王の影がピタリと止まったのを見て、女はゆっくりと顔を上げる。

 その端正に整った顔は少しばかり気の強そうな女だった。

「アネモネ、お前は我と共に」

 顔を上げた女魔族、アネモネの肩に魔王は震える指先を伸ばしてきた。

「はっ?!」

 切れ長の目を丸くして想定外の言葉を返す間に、魔王はアネモネの引き締まった二の腕を掴んだ。

 そして、よぼよぼの老人とは思えない力で、ぐいっとアネモネを立たせる。

 引き寄せられるような力に、アネモネがよたりながら立ち上がれば、その身長は腰の曲がった魔王よりも高くなる。

 唖然としたまま魔王を見下ろしたところで、魔王はアネモネの腕を掴んで歩き出す。

 その手を振り払うことは筋力差的にもできないが、心情的もそんなことはできなかった。

 助けを求めるように肩越しに背後を振り返れば、仲間たちも目を丸くして硬直しており、なんの助けにもなりそうにもなかった。

 だから、アネモネは前へ向き直り、

「魔王様?! 何を考えておいでなのです?!」

 精一杯の抵抗は、口から発することができる音だけだった。

「お前は連れていく」

 魔王はその嗄れた声にしては、その発する音は力強い。

「その意図は何と!」

 焦るアネモネを魔王は引きずって玉座の間の長い廊下を進み出す。

 そして、長廊下の中央に書かれた魔法陣の上で足を止めた。

「神に従うことに、飽き飽きしているからだ」

 その言葉と共に魔王の体が足元から崩れ落ちていく。

 アネモネが恐怖に逃げようとしても、千年もの間生き続けた魔族に、たかだか二百年しか生きていない魔族が力の上で勝てる筈もなかった。

 魔王の指を二の腕から引きはがそうと、指先を掴んだ瞬間、ハッとする。

 足の感覚が、無い。

 目の前の視界で魔王の下半身は、もう既にこの世に無い。

 恐怖に震えながら、恐る恐る自分の身を見下ろせば、そこにあるべき全てが、何もなかった。


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