余命-7
「それはそうと、絵里紗?」
「なんじゃ? 薫?」
薫のほうへ顔を向けた絵里紗の頭からは見まごうことなく、一対の耳が生えていた。
「その耳はなんだ? どうしたんだ?」
「ああ、これか?」
短く絵里紗が言う間にも、耳はぴょこぴょこと動いている。ちなみにではあるが、絵里紗の外見は美少女で病弱で多少発育(性的な意味で)に遅れが目立つ以外は、平均的な女子中学生のそれである。
尻尾も無ければ、耳は普通に顔の横から生えていた。昨日までは、いや今朝までは。いや、本来の人間の耳は今もなお、存在している。
「これか? じゃねえよ! 唐突に耳なんて生やしやがって! 猫? いや犬か? どうして、お前は耳が4っつに成り下がってしまったんだ!? 突然……」
「これは狐じゃよ。狐じゃコンッ!」
無理に語尾を狐っぽく振る舞う必要はない。
「狐だろうが狸だろうが、かまわんが、何故に、耳が?」
「なに、魔界でよくある病気じゃよ。致死性はない。安心せい……安心するのじゃコンッ!」
絵里紗は気に留めている様子はないが、少しでも感染症のリスクを抑えたい薫にとっては一大事である。
「魔界の病気~!? なぜ、魔界の病気が人間界に!? それに、お前、今の体は人間だろう?」
「魔界の瘴気が濃いようでな……。それに儂の体の抵抗力も落ちておる」
「そりゃあ、数知れずの出血熱ウィルスを体内に飼ってたら、抵抗力も落ちるだろっ! いや、その前に魔界の瘴気が濃いって……?」
「武田のじいさんの話は聞いたじゃろう?」
数日前に知り合って……、絵里紗はその前にも一度会っていたようだが、薫にとってはたった一度だけ会話して、二度と帰らぬ人となってしまったおじいちゃん。
「ああ、残念だったな……」
「死神に憑りつかれたら、いかに元勇者であろうとも抗いはできん」
「それとケモミミと一体なんの関係が?」
と薫が聞くと、
「人類が増えすぎておっての……、まあ医学技術が進歩したというのもあるのじゃが……、死神の属するは冥界。
冥界から人間界へ魂をかっさらいに派遣されている……それが死神じゃ。
聞くところによると、最近の死神はノルマもきついらしいのじゃ。
担当エリアが限られておっての……」
「だからそれとケモミミと何の関係が!?」
「だまって聞くのじゃ……。
亡くなった武田じゃがの……、ある意味で自らの死期を悟っておった……。奴も勇者として魔界で暮らした身分。起源は違えど同じく異世界である冥界の気配にも敏感じゃ。
あの死神……、この病院を担当エリアに入れているおかげで成績はそこそこだと言っておったのじゃが……」
「死神と話したのか?」
「少しな……」
「一体何を?」
「今は言えん……。じゃが……、人間の魂を求めておったのは事実。それが奴の役割でもあるしの。ノルマ達成のため、大量の人間を死に追いやるか、それとも力のある高貴な魂をひとつふたつ献上するか……。
武田の魂は、元勇者だけあって一般人より価値が高い。冥界に持ち帰ればそれはそれなりの手柄になろう。
武田はの……、それを知ってわざわざ自分の命を差し出したのじゃ。さらには死に際に女体化することによって、さらに自らの魂の価値を上乗せしての……」
「じゃ、じゃあ、あのじいさんは……、全部わかって……、死ぬのも、あそこを切り落とすのも……」
「直接聞いたわけではないがの……。おそらくそうじゃろう。
救われたのは、大勢の病人、けが人の命。もしくは……、武田の魂と同等以上の価値を持つ儂なんかの命じゃの……」
「そんな……」
薫にとっては他人事ではない。なぜなら誰よりも、絵里紗と二大巨頭的に、薫の余命はわずかのはずだからだ。
「で、話が戻ってケモミミじゃがの。そういうわけで、死神が持ち込んだのじゃろう。魔界の病原菌をの。武田の命の価値を見定めるために魔界で調査するくらいのことはするじゃろう。それなりなエリート死神であれば。
その際に、ひょいっとこの世界にやってきたわけじゃよ。本来は人間には感染せん。
が、魔界由来の精神を持っており、さらには病に伏して生命力の少ない儂には感染してもうたということじゃ。
なに、狐型のケモミミ菌が活性化しておるのも、死神が持ち寄った魔界瘴気が濃い間だけじゃ。人には感染らんし、数日経てば儂の体からも駆逐されよう」
そういう絵里紗の頭の上では相変わらず狐タイプの耳がぴょこんぴょこんと蠢いていた。
「じゃから、薫よ」
「ん?」
「堪能するなら今のうちじゃぞ?」
「何を?」
「いや、じゃから儂のケモミミ姿じゃて。あいにく尻尾は生えんがの。
どうじゃ? この姿の儂のブロマイド。生写真欲しくないかの?
薫が望むならば、撮影会を開いてやってもよいがの?
報酬はそうじゃの……、儂の嫌いなブロッコリーが食事に出た際に、おぬしが代わりに食ってくれるの3回分でどうじゃ?」
薫はその誘いには乗らなかった。決してケモミミ姿の絵里紗の写真が欲しくなかったわけではない。ブロッコリーが極端に嫌いで食べたくなかったわけでもない。
薫が、絵里紗の申し出に「うん」と言えなかったのは、彼が数日前から食事制限をこじらせて、薄いおかゆはもちろんのこと、お茶、水を除く一切の食物を口にすることを禁じられていたからだった。彼の命は今、点滴からの栄養分によって支えられている。
食事制限が解けるのが先か、薫の命が消えゆくのが先か……、それは誰にもわからない。
絵里紗はそれを知っているはずだが、意図してブロッコリーを食えなどと言ったのは、薫の回復を祈ってのことなのか、それとも単なる嫌がらせだったのか、はたまた天然的無配慮の発言だったのかは知る由もない。
なお、今回のサブタイトルは「ケモののミミ」でした。