表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/36

権藤婦長の憂鬱


 権藤婦長は嫌われ者だ。それは言い過ぎだ。部下の信頼は厚い。

 頼りになる。だけど、接しづらい。


 今日は権藤婦長は当直の係だった。

 シフトは自分が決められるのだし、他の婦長はわざわざ当直を志願したりしない。

 日勤を主とする。


 しかし、権藤婦長はそうはしていない。看護師としてのプライドなのだ。

 彼女は常に現場に生きる。


「病人は会議室でくたばってるんじゃない! 病室でくたばってるんだ!」


 と言ったとか言わないとか。(いわない)


 ここで辞書から引用しよう。いや、面倒なので適当に自分の言葉で書く。


『くたばる』の定義について。


『くたばる』とは、沢山疲れた時と、罵りを含む死の言い回しらしい。


 だから、病人がくたばってたら、それはもはや病人じゃないし、文脈的に沢山疲れたはおかしいし、倫理的に病人の看護をする身分である権藤婦長が『くたばる』なんていうのは不適切だ。


 だから、言ったとしてせめてこういうことだろう。


 すいません。思いつきませんでした。




 ということで、今日は権藤婦長は当直だった。

 つまりは、寝ずの番。緊急時に対処する防波堤。


 権藤婦長の他にも数人の看護師が当直にあたっていたが、彼女は煙たがられているので、他の看護師は見回りと称してナースセンターを出ていることが多い。


 権藤婦長は一人でナースステーションに灯る多数のランプを見ていた。

 ナースコールが入ったら光る奴だ。


 病人側も、心得たもので、権藤婦長が当直の日には夜間にはできるだけナースコールを押さない。

 婦長は病人からも煙たがられていた。


 それでも職務に誠実な権藤婦長は、だまって朝までまんじりとナースセンターで待機する。

 もちろん仕事ができたらそれをする。

 だけど、暇だった。


 しばらくして看護師の一人がナースセンターに帰ってきた。しぶしぶと。

 ある程度の時間は権藤婦長とともに過ごさなければならない。

 それも社会人としてのマナーなのだ。


「お茶でも煎れましょうか?」

 とその看護師白川さんは言った。


「そうかい、悪いね」


 と、権藤婦長は言った。憂鬱だった。こういう気配りが嫌だった。

 婦長はもっと他の看護師と和気藹々としたかった。


 白川さんはマシなほうだ。どちらかというと権藤婦長への警戒が緩い。

 その彼女ですら、近寄りがたい。それが権藤婦長だった。


 白川さんがお茶の準備を始めたところ――どうでもいいことだが、こういった場合、お茶だけを出したらそれは失礼に当たる。お茶を準備しつつ茶菓子――――茶菓子と言ってもほんまに茶菓子で京都の茶店ででてくるようなものでもなく、退院した患者の家族から差しいれられる焼き菓子やクッキーがメインなのだが――――を出すのが基本だ――、権藤婦長はふと思い立ったように言った。


 それはそうと『――』と『――――』を入れ子にしてみた。非常に読みにくくてすみません。

 大きなくくりが『――』で、これは数学の括弧でいうところの中括弧『{』に相当します。次に優先されるのが『(』小かっこです。


「ちょっと出かけてきます。お茶はその後にしてください。

 ここ(ナースセンター)はしばらく任せたわよ」


 こういう言葉づかいもできるのが権藤婦長だ。本編をお読みになったかたは、すごいばあさんを想像しているのかもしれないしあの時はそうだったけど、普通に喋ったりもできる設定にしました。


 権藤婦長が向かったのは集中治療室。唄音うたねが寝かされているその部屋だ。

 不穏な空気を感じ取り足を運んだ。


 ひとりの黒ずくめの男が目に入る。黒ずくめ?

 確かに黒い。だが、それは体に妙にフィットしていて衣装なのか肌なのか、わかりづらい。

 顔まで覆われた全身タイツのような、いややっぱり皮膚のような。

 微妙な質感。


 裸であるなら変態だ。裸でないなら、服を着た変態だ。


「お前は誰だ?」


 と権藤婦長が問う。


「お前は誰だ? って聞いた?」


 と黒い男が答える。


「じゃあ、言いなおそうか……」


 と権藤婦長は、しばらく考えた後、


「なんだチミは?」


 と問い直した。


 だが、黒ずくめの男はノッて来ない。『だっふ○だ』の流れにはならない。


「俺の事が見えるのか?」


 と普通の事を言った。


「ああ、見えるね。それも……冥界の匂いがプンプンとする」


 権藤婦長も話の流れを変えた。


「人間にしては感覚が鋭敏なようだが……。

 

 俺の姿を見てしまったことを呪うんだな!」


 と黒い男は、権藤婦長をまっすぐ右手で指さした。


 この時になって、権藤婦長は男の姿を正面から初めてみた。


 そして安堵した。裸ではなかったようだ。股間のあたりが多少もっこりしているものの何かがポロリと出ているわけではない。


 万一ポロリしていたならば、乙女のたしなみとして、手で両目を覆い、それでも指と指の間からそのポロリ部分を凝視しながら、『きゃあ! 変態!』と叫ばなければならなかった。

 それが不必要だったのが幸いした。もしそんなことをしていたら命取りだった。


 なぜなら、黒い男――ちなみに最後まで名前はわかりません――の指先にはエネルギー的なものが、気というかオーラと言うかそんなものが収束していた。


「死ね!」


 という低い呟きとともにその溜まりに溜まったエネルギーが一筋の光の筋となって権藤婦長を襲う。

 これはあれだ。どど○波的なやつだ。高濃度に凝縮されたエネルギー光線だ。


 婦長は身構えた。だが遅かった。光は権藤婦長の胸に突き刺さる。看護師服がその部分だけ黒く焼け焦げた。


 死んだかに思えた。だが、ご都合主義だ。ここで死んだらこの番外編のタイトルは『権藤婦長の最期』にしなければならない。


 やれやれといったふうに権藤婦長は胸のポケットから一枚の写真をとりだした。


「まさかあんたにまた助けられたとはねえ……」


 と呟く。写真に誰が写っていたのか。それは禁則事項だ。

 そして何故ただの写真が、チタンのシガレットケースとか金属製のペンダントとかじゃない紙切れともいえるものが、光線を受け止めたのか。

 それは作者も知らない。ご想像にお任せします。


「ばかな! 俺のすごいつよい光線が貫けないものが人間界にあるとは!」


 と黒い男は言う。


 権藤婦長はやれやれと言ったふうに、


「まさか、人生で二度もすごいつよい光線をこの身に向って放たれるとはねえ」


 と呟く。


「まさか! どこかで出会った? いや……」


 と黒い男は考え込んだ。どうしよう。若い時に恋に落ちていたことにしようか?

 若き日の権藤婦長はべっぴんさんだったことにしよう。

 それで恋したけど冥界の指令とかで殺す必要が出た。

 よくあるラブロマンスだ。

 だけど、自分には殺せなかった。だから殺すふりをした。上司に怒られる覚悟の上だ。

「あれ~、自分ちゃんと殺したっすよ~。

 死んでなかったすか~?


 いえ、すごいつよい光線で胸を狙いましたって。

 ほんとっすよ、信じてくださいっすよ」


 とでも誤魔化すか。とかいう出来事があったとかなんとか。


 それならば写真の伏線も回収できる。特別に冥界の力を込めた特製の写真だっということにすればいい。それをそっと胸ポケットに忍ばせる。

 そのうえですごいつよい光線でその写真の上から婦長を狙う。


 だが、黒い男の必死のこじつけは霧散した。


「初対面だよ」


 と一蹴された。


 じゃあどうしよう。まずもって、つごいつよう光線が一般に冥界で使われているものなのか。そうであれば、すごいつよい光線を権藤婦長が見たことのある可能性は跳ね上がる。

 大事なところで誤記してしまった。が、修正しない。


 しかし、それだといまいち盛り上がりに欠ける。

 であれば、師匠直伝の限られた業だというのはどうだ?

 それなら、権藤婦長と師匠の接点とかがまた新たな物語を生み出す。

 それはそうと、何故俺は、どうせ権藤婦長の強さを引き立たせるだけのかませ役なのにいろいろ裏設定とか裏事情を考えてしまっているんだろうと黒い男は思った。


 黒い男の思惑をよそに話は弾む。いや、進む。


「あんたの狙いはわかっている。唄音……この中の患者だろう。

 まったく、七面倒なことだね。

 絵里紗えりざかおるが結界を張って、そしたら冥界からの手先が来てそれをキラの奴が退けた。一難去ってまた一難だ。

 そのうえでさらに、キラの相手をした奴なんて比べ物にならないくらいの実力者がやってくる。

 これぞまさに、一難去ってまた一難去ってまたまた一難だよ。


 やれやれだね……」


「そこまで……、キラとやらの相手をした奴――エルーシュのことだな――、とは比べ物にならない力を持つ俺が来たと知っていて、何故わざわざ殺されにくるような真似を?」

 と黒い男が尋ねた。


「なあに、単なる気まぐれ、気分転換さ。長い間椅子に座っていると腰が痛んでねえ。

 だが、勘違いをするんでないよ。

 殺されに来たんじゃない、患者を護りに来たんだ!」


 と権藤婦長のカッコいいところはピークに達した。


『患者を護りに来たんだ!』が頂点である。


「ふざけたことを!」


 と黒い男は手ぶらで権藤婦長に襲い掛かった。手ぶらだが、正確には素手なんだけれど、殴るわけではない。長く伸びた爪がこの黒い男の絶対的な接近戦における武器だった。

 紙一重でかわす権藤婦長。

 だが、胸のあたりをかすめた、その爪は看護師服を切り裂き、権藤婦長の胸の辺りが露わになる。書いててすごく妙な気分になっちゃったから読んでてもそうなっちゃってたらごめんなさい。

 ちゃんと、下着と言うかキャミソール的なものは切り裂かれずに残ってます。

 エロ描写じゃないです。


「次はそうはいかない」


 と黒い男は構えなおした。本気度がうかがえる。


「やれやれ。と権藤婦長は本日何回目かになる『やれやれ』を口にした」


 まちがって地の文が婦長の台詞みたいになっちゃってるけど気にしない。


「まともに相手するのも馬鹿らしい」


 と権藤婦長はあらためて、やれやれと言った顔をした。やれやれの安売りだ。

 バーゲンセールだ。やれやれ……。


「まともに相手なんてできないの間違いだろう」


 と黒い男は権藤婦長に跳びかかった。


 が、その体は、腕は、指先は、爪の先は、爪の先の先は権藤婦長には届かない。

 見えない壁のようなものに阻まれた。


「地獄へお帰り!」


 と、権藤婦長は念を込める。


「まさか! これは……、結界? 輝石もなしで! 

 しかも俺の力を吸うだと。

 まずい、このままでは、人間界での活動限界が近づいてしまう。

 あと5秒、4、3、くっそー!!」


 カウントダウンもままならず、黒い男は冥界に強制送還された。

 こっそり権藤婦長が指折り数えていたのは内緒だ。


「さすが、魔界の王ってだけはある。

 魔杖か……、こんなもんがねえ……」


 権藤婦長が手にしていたのは点滴針である。しかも絵里紗の体内に埋め込まれていたもの。

 絵里紗は知らなかったが、『イントラビヌーズ・トロップフロナーデル』というのは、ドイツ語で点滴針を指すのだった。

 完結してから、回収するのを忘れていた伏線だ。


 絵里紗は知らなかったが、絵里紗が術式のサポートアイテムとして使ったニードルスレイダー(家庭科のあれ)とは及びもつかない魔力を秘めた逸品だ。


「やれやれ、こんな奴があと何匹現れるか。

 憂鬱だねぇ」


 吐き捨てるように、言いながらナースセンターへ戻る権藤婦長のポケットの中には無数の点滴針が収められていた。とかなんとかいうオチになったのかなってないのかわからないまとめ。


 おしまい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ