余命-3
「じゃあ、薫くん、お大事に……」
言い残すと、若い看護師の女性は病室を後にした。
それを見ていた絵里紗。皮肉のひとつも言いたくなったようだ。
「薫は何時見ても白川さんにデレデレだわよね?」
「デレデレなんてしてねえよ! 白川さんだって業務の一貫。それに俺だって、入院患者としての義務を全うしながら、事務的に、そして、模範的な病人として態度をとってるだけだ」
薫は言い返すが、絵里紗は引き下がらない。
「そんなこと言ったって、白川さんだけじゃないじゃない! 巨乳ナースの安藤さんにだって、いい顔してるし、クールビューティな橘姉さんにだって大人しく従ってるし……。橘さんはああ見えてショタなのよね? だから、よりいっそう子供っぽく振舞ってるんでしょ?
婦長の権藤さんにだって、デレデレしちゃって……」
「それは…………」
と、一瞬言いくるめられそうになったが、薫は思い直した。切り返す。
「いや、患者として看護師の機嫌を取るのは当然。そこに男と女の感情なんてないよ!
それに……俺は、年増には興味がないんだ、実際!」
薫としては、大の年増である絵里紗への皮肉もこめたようだが、それは通じなかったようだ。
逆の意味で取られた。
「ええっ! 薫ってロリなのね! うすうす気づいてたけど……、それであたしの身体をしげしげと眺めたり……」
「いやいや……、お前の身体は14歳で、俺だって14歳なんだから、俺がお前の身体に興味を持ったって、別にロリでもなんでもねえっ! っとその前に、突っ込むべきことが3つある。
ひとつ! なんだお前のその口調は? 魔王キャラはどこにやった?
ふたつ! 俺はお前の身体に興味を持ってしげしげと眺めたことなんてねえ! これはさっきの俺に対する自戒の念をこめた指摘だ!
そして、みっつめ! 人がハーレムの話に持っていこうと必死こいてナース連中にいい顔しているのに、それを台無しにすんじゃねえ!
あと、婦長さんだけは無理だ。美しすぎる年増ナースであれば、百歩譲ってはべらしてもいい。ハーレム要員の末席にくらい加えてやろう。だが、権藤さんは無理だ。理由は後々明らかになるだろうが、お前だってわかってるだろう?」
どうやら、薫は院内ハーレムを手中に収めるべく、看護師さんたちにいい顔しているようだ。第1話で、彼は精神的には大人なので、絵里紗のキャラに付き合うべく、あえてそこらへんに良くあるラノベのキャラ的な言動をとっていると書いたが、感心なことに、その態度を拡張してナースハーレム形成のための努力を怠っていないというのも好感が持てる。
「一つ目のキャラの問題なんだけどね……?」
と、絵里紗が言いにくそうに言い出した。
「あたし……、わかんないの! 薫がのじゃロリなのかどうなのか……。ひょっとして……、言葉少なく無感情なアヤナミ系とか、ナガトユキさんみたいなのが好きなのか……それとも元気で明るいヒロインがいいのか……、わかんないから探り探り行くことにしたのよ!
それに……、何百年も魔王やってたら、そりゃキャラなんてぶれまくるわよ。たまたま、それが今朝と今とでまるっきり違う口調に変わったっていいじゃない! そんなあたしを愛してよ! ねえ、薫! 何とか言ってよ! 俺の好きなのは、いつもの絵里紗だって! 叫んでよ!」
「……………………」
薫は、何もいえなかった。絵里紗もそれ以上薫に言うことは無かった。この先の展開なんてどこにも落ちていないので話題が変わる。
「でさあ、ハーレムの件なんだけど……、じゃなくってハーレムの件なのじゃがな?
メインヒロインであるこの儂が、ナースではないのに、ナースでハーレムを作ってもそれは本末転倒じゃて?」
「じゃあどうしろと? 病院には、中学生は俺たちしかいないんだぜ? 女子高生は一般病棟に何人かいるかも知らんが……、近くにいるのはこの病棟でひだまり教室に通う、小学生女子ばっかりじゃねえか? いや、文香ちゃんとか可愛いよ、小5には思えない。彩乃ちゃんだって、あれは、小3にして完成された美しさをかもし出している。
唄音様のツインテールなんかもう俺好みで……」
「唄音は、小1ではないか!? このロリコン! 病人を集めてロリコンハーレムを作ってどうするのじゃ!」
「病弱ロリコンハーレム……」
薫は、恍惚の表情を浮かべた。彼の頭の中には、様々な妄想が飛び交っているかのように思えるが、実際は全然そんなことは無い。
前にも述べたし、ついさっきも書いたところだが、薫はもっと真面目でごく普通の精神構造をしているのだが、あえて、絵里紗のテンポやキャラにあわせたキャラとして振舞っているだけである。何度も同じことを説明するのはそうしないと、何時の間にやらその設定が忘れ去られてしまいそうだかららしい。
「病弱ロリコンハーレム……、略して『病ロリハー』と病弱ロリコン、略して『ビョジャロリ』の話はいいのじゃ! それぐらい、このご時勢である。探せばどこかに転がっていよう。
我が提唱するのは全く新しいハーレム!」
「なんだ? 絵里紗、俺のためにハーレムを作ってくれるのか?」
「ふっふっふ、その準備は着々と進んでおる! いや、もはや完成の域を出ておる!」
「それは……!?」
「目を閉じるのじゃ、薫よ! さすれば、そなたにハーレムが与えられん!」
薫は黙って目を閉じた。
絵里紗はそっと薫に近づき、唇を重ねようとする。
二人の唇と唇の距離が一気に詰まる。ゼロに近づく……。
「ちょっと待て!」
正気に戻った薫が慌てて絵里紗を押し留めた。
「お前! まさかキスしようとしてねえか!?」
「ふふっ、そのまさかじゃよ! 単なるキスじゃないぞぅ。フレンチキッスではなく、ディープなほうじゃ!
キスを介した感染、それこそが儂の開発した全く新しいハーレム!!
名づけて、『出血熱ハーレム』である!
儂は体内にありとあらゆるウィルスや細菌を飼っているのであるっ!」
「そんな奴とキスなんてしたら、感染してしまうじゃねえか!」
「そうじゃ……、儂の体の中の、
エボラ出血熱、マールブルグ熱、ラッサ熱、クリミア・コンゴ出血熱、ダニ媒介脳炎、オムスク出血熱、キャサヌール森林出血熱、チクングニヤ出血熱、黄熱、デング熱、オニオニオン熱、腎症候性出血熱(ハンターンウイルス、ソウルウイルス、ドブラバウイルス、タイランドウイルス、プーマラウイルスによるもの)、アルゼンチン出血熱、ベネズエラ出血熱、ブラジル出血熱 、ボリビア出血熱等など、
その他ありとあらゆる出血熱が薫の体内で繁殖し……」
「ちょっと待て! それってウィキペディアに載ってる出血熱全部じゃねえか! その他ありとあらゆるなんてそれ以上のレパートリーが無いくせに!」
「とにかく、ありとあらゆる出血熱が……」
「そんな危険なウィルスに感染している奴が一般の小児病棟に入院するじゃねえ! 隔離病棟に行きやがれ!」
「いや、そこは、ほれ、魔王の精神力で発症とウィルスの増大、拡大を抑えておるからのう、空気感染は無しじゃ! 口移しでの感染オンリーじゃ!
儂は処女ではあるが、キスは上手いぞ? 儂の接吻とウィルスの相乗効果で、そちは間もなく昇天するじゃろうよ!
これこそ、儂の発案した『出血熱ハーレム』!!
薫は数々の出血熱から言い寄られ、迫られ、
高熱萌え~、出血萌え~~、ふたつ合わせて出血熱萌え~~~~な状況にウハウハしながら、悶絶するのじゃ!
まあ、このハーレムの欠点は、ハーレムの中心人物、つまりは感染者が長生きできないから、長続きしないことなのじゃがな……」
「まさに昇天必須!! ……じゃなくて……、ウィルスって女性なの? それってハーレム要員としての素質あるの? ウィルスに感染を迫られて、俺喜ぶの? 高熱で萌える? 出血で萌え萌えする? 出血熱でうっは~ってなる?」
「まあ、悶絶はするじゃろうて!」
「そんなハーレムは嫌だ! 死んでしまうじゃないか! まあ放って置いても、そう長くは生きれないんだけど……」
「そうじゃろう? ならば最後ぐらい盛大な花火を打ち上げようではないか!?」
で、結局薫は、絵里紗とキスはしなかった。
それは、出血熱ウィルスの感染が嫌だったからではない。
単に、もっとムードのあるファーストキッスをしたかったからなのだった。
なお、今回のサブタイトルは「今度こそ! ハーレムだっ! ハーレムだったら、ハーレムだっ!」でした。