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余命-29


「う、う~ん…………」


 かおるが目覚めると病室だった。隣のベッドでは絵里紗えりざが、さして美味くも無さそうに粥を啜っている。


 病人につきもののお粥さんだ。美味くもない。どちらかというと絵里紗は苦手だった。しかし、食べられる時には食べておかねばならない。

 それが病人としての嗜みなのだ。


「起きたのか? 薫。


 お前の分の飯は無いぞ。


 お前の栄養分はまたその点滴から供給されておるからの。


 胃腸の調子も良くないじゃろう?


 儂は、即刻回復してこうして粥を食えるまでになった」


唄音うたねは? 唄音はどうなった?」


「にしても……、この粥やはり薄いのう。


 5倍粥じゃと聞いておったが……」


「答えろよ! 絵里紗!!


 唄音はどうなったんだ!?


 術式は成功したのか!?」


 薫の剣幕に絵里紗はいやいやそうに答えた。


「術式は成功した……。


 死神は退散していったようじゃ」


「そうか……」


 と胸をなでおろす薫。


 そんな薫を見て絵里紗の表情が蔭る。ほんのわずかに。薫には悟られない程度。


 絵里紗は薫のベッド脇のテーブルを指示さししめした。


「ほれ、お前のテーブル。


 そこに置いてあるものがあろう?」


 絵里紗に言われて薫が目をやると確かに見慣れないものが置いてあった。


 丸められた折り紙? だろうか。数は5つ、いや6つ。それが細い糸に通されている。

 そして不器用に二つに折り曲げられた青い折り紙が一枚。


「これは……?」


 とその糸に通されたほうを手に取りながら薫が尋ねる。


「唄音からの贈り物じゃそうだ。


 儂も貰った。その時は寝ておったがの」


「もしかして……、千羽鶴……?」


「どうやらそうらしい。


 鶴にも何にもなっておらぬが……、


 千羽なんて程遠いがの。


 別に折り紙があるじゃろう?


 それが唄音からの手紙じゃ」


 絵里紗に言われて、薫は青い折り紙に手を伸ばした。


 そっと開く。


 そこにはつたない文字でこう書かれていた。


『かおるおにいちゃん


 はやくげんきになって


 いっしょに


 いんないがっきゅうにいこうね』


 薫の目に涙が浮かぶ。


「唄音のやつ……、これのために……、


 これを作りたいから……、


 あの時鶴の折り方を教えて欲しいなんて言いだしたのか……」


「どうやらそうらしいの……」


「それにしても……、元気になったら退院じゃないか。


 元気じゃないから入院して院内学級に通う羽目になっているってのに……」


 とそこに看護師の安藤さんが巨乳を揺らしながら入ってきた。


 いつものような底抜けの明るさは無い。


 だが、ベッドで起き上がってる薫を見てわずかに微笑んだ。


「あら、薫くん! 目が覚めたのね。


 良かった!


 薫くんが長期間意識を失うのはいつもの事だし、今回のは原因もはっきりしてたから、そんなに心配してなかったけど。


 よかったわ!


 待っててね、今点滴を新しいのに変えるから!」


 とそこで安藤さんは薫が持つ唄音からの手紙(折り紙)に気が付いた。


「くっ……」


 と小さく呻きながら絵里紗が顔を伏せる。

 

 安藤さんも同じように顔を曇らせた。


 それを見た薫は、目に困惑を浮かべる。


 すがるように安藤さんに話しかけた。


「これ……、唄音がくれたんだよ。


 唄音が折り紙折れるぐらい元気になって、


 それで俺にも元気になって一緒に院内学級に行こうって……。


 どうしたんだ? 安藤さん、それに絵里紗も……。


 その顔……。


 唄音は助かったんじゃないのか!」


 薫の問いかけに安藤さんは、絞り出すように答えた。


「唄音ちゃんは……、一時は意識を取り戻したわ。


 それで話を聞いて絵里紗と薫くんにとっても感謝してた……。


 それで……、手の空いてる看護師に習って折鶴を練習して……。


 結局うまくならなかったけど……、それでもがんばって……。


 絵里紗の分と薫くんの分の折鶴と手紙を持ってここに来たわ。


 寝ている二人に何回も何回もありがとうって……。


 だけど…………」


 そこまで喋ると安藤さんは手で顔を覆い隠すようにしながら泣き出してしまった。


 絵里紗があくまで平坦に、冷徹に、感情を押し殺しながら後を引き継ぐ。


「その後じゃ……。


 唄音の病状がまた悪化しての……。


 あっけなかったそうじゃ。


 手は尽くしたようじゃがの。


 冥界の干渉なぞは関係ない。


 単に……、本人の寿命じゃったということじゃ……」


「そん……」


 言葉を失う薫。


 いつの間にか唄音から贈られた手紙を握り潰していた。


 その上にポタポタと涙が落ちる。


「そんな……、


 そんなことってあるかよっ!」


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