余命-27
病室の中には仰々しい機械に繋がれてベッドに横たわる唄音の姿。
そして、もう一人。黒き医師である黒崎。
ここまで道のりを共にしてきた文香や彩乃、椿姫、キラは、病状が悪化してしまったりその兆候が見られたため、また一緒に集中治療室へ乗り込んでも特にすることが無いのと、絵里紗の精神集中の邪魔になってしまうという様々な理由からそれぞれの病室へ帰っていった。
結局、唄音の元へ足を踏み入れたのは絵里紗と薫の二人。
術式を司る魔王と、魔力を供給するための元勇者。
その二人に満ち溢れた気合に黒崎は体を震わせる。
絵里紗が言う。
「お前も邪魔立てするのか?」
「そんな……、滅相もない。俺だって患者の命は救いたいんだぜ?
だからこうして、わざわざ手の施しようがない患者に付き添って様子を見ながら、できることがないか考えてるんだ」
そんな黒崎に絵里紗は言い放つ。
「ならばここから出ていくがよかろう。
邪魔になるでな。
儂に……儂たちに任せておけ……」
「ああ、そうさせてもらうよ。どうせ居ても役に立たないだろうし、今の君たちに下手に逆らうとこっちの身が危なそうなんでね」
と黒崎は素直に集中治療室を出て行った。
「思ったより時間はかかってしまったが……、
なんとか間に合ったようじゃ。
始めるぞ!」
そう言うと絵里紗は手に握っていた点滴針――薫の体内から取り出したもの――を無造作に放り投げた。
初めは、投げられた軌道そのままに飛翔していた点滴針は、一本一本向きを変え、それぞれの場所に着地する。上方から見れば綺麗な六芒星を描きだす位置へ。
「唄音の周囲にさえ張り巡らせれば十分じゃ。
あとはこの術式……、簡単な詠唱だけで事は済む。
問題は儂の魔力が最後まで保つかどうかじゃが……」
薫は絵里紗の肩を叩いて頷く。
「そうじゃな。その時は薫がおる。
儂一人の魔力では、おそらく、十中八九儂は死んでしまうじゃろう。
術式を完了させることなくな。
じゃが……、二人分の魔力を使ったとて……。
この世界での儂らの魔力なぞたかが知れておる。
ひょっとすれば、……。
儂ら二人とも命を失うかもしれんぞ?」
絵里紗の問いかけに薫は答えなかった。
黙ったまま頷いただけだった。
その目が語っている。
『死ぬときは……それはこの作品が終わるとき……。
絵里紗と薫は頑張って唄音の命を救いましたとさ。
でエンディングを迎えてもいいじゃないか!
そのための三人称小説なんだ。
二人とも死んでも後日談……、元気になった女子小学生のみんなや数少ない男子小学生のキラくんや婦長以外はほとんど出番のなかったナースのみんなが、俺達のお墓参りをしているシーンで思い出話に花を咲かせて完結というのをやってくれたら本望じゃないか!
それに、死んでも武田さんのように冥界で大活躍するっていう続編が書かれる可能性だってあったりなかったりするだろう。決してそれは無いだろう』
と。
薫の決意の籠った視線を受け止めて絵里紗は歌いだした。
歌うことがこの術式の要。詠唱はメロディに乗せて行われる。
ある程度音痴でも構わない。リズムが音程が多少外れていても問題はない。
では何故歌う必要があるのか?
それは単に、映像化したときに栄えるからである。映像化する可能性なんてこれっぽちも存在しないが。
以下、JASRACに乗り込まれても文句のつけられようのない自作の歌詞であり、その発音である。発音部分はドイツ語翻訳結果を適当に弄ったり、その場のインスピレーションで適当に思いついたりしている。なお、最後はめんどくさくなった。
「ダズン・オ・キーヌ ル・クラードル
(闇の巫女よ ゆりかごよ)
ナップ・ナーゼル シュラハル・ラームト
(転寝するは か弱き仔羊)
ヴェルホイン・ド・スプラテム ジール・シュロイン・ヴェーム
(穏やかなる寝息を 護りしために)
&$%$&& )(F#=%)#’!
(六つの星の祈りとなりて 我が言霊よ)
…………」
病室には絵里紗の透き通る歌声がこだました。




