余命-26 ……閑話
閑話なので短いです。
初のside使いに挑戦です。チラシの裏度が急上昇してまいりました。
◆透流side◆
芙亜は、さっきからずっと俺に背を向けている。
何をやっているのかというと、持って来た見舞いの花を花瓶に入れている。それだけの作業にどれだけ時間がかかっているのやら。
芙亜が来たのは昼過ぎだ。
先日の一件で戦闘不能とはいかないまでも、通常流態での行動には支障がありまくりで、二日前から半ば強制的に入院させられているのが今の俺。
「どう? 元気?
飾りっけが無いからね。この部屋」
と、花瓶持参で花を見舞ってくれたのはありがたいが、どうせなら食えるもん寄越せっての!
と正直に言うと、
「透流は普段の食生活が、壊滅してるんだから、こういう時ぐらい、大人しく病院で出される食事で我慢しときなさい! 間食、おやつ、ジャンクフードの類は禁止よ!」
と一蹴されてしまったのだった。
「う~ん、いまいち」
そう言いながら振り返る芙亜の膝上でセーラー服のスカートがはためく。
花瓶に活けられた花が目に入るたびにちょっと違うなぁと、華道の心得なぞこれっぽっちも無い癖に、手直しすることこれで数回目だ。
そのたびに、会話は中断される。
「そりゃあアレだ。素人がまぐれででも会心の活けっぷりなんて発揮出来たら、華道の師範の立場がないだろう。
俺からしたら、さっきも今も、その前も、何にも違いがわからねえ。
花なんて花瓶にささってりゃそれでいいんだ。納得いくまで弄ってたらいつまでたっても終わんねえよ。お前ごときの美的センスじゃあ」
と素直に漏らす。
「わかってないなあ。納得なんていかなくていいのよ。
お花さんがね、喜んでくれるようにって、感謝の気持ちね。
だってそうでしょう? 折角咲いたんだから。
あたしなりに、綺麗に見えるように最大限の努力は惜しむべからず!」
と、芙亜は見事に切り返す。
返す言葉が見つからず、しばらく黙ってみたりしていると、
芙亜は、急に神妙な顔をする。
そうだ。さっきの話の続き。生け花ごっこで中断したが、話はまだ終わったわけではないのだ。
「で、結局行くことに決めたんだな」
と俺は尋ねた。
芙亜は本日何度目かになる例の言葉を再び、いや三度か四度口にする。
「インフェルナスト・グエストナルデ
(冥府よりの来訪者)
ダルクアンバロッキ・エム・サムド
(暗黒の王によって退けられん)
ガルド・ヌ・ディルバ トーザルディ・オビヤーヌ
(護られし歌姫は、千の輝きを解き放つ)
…………」
そして何か言いたそうに俺の顔をじっと見つめた。
「黒に彩られた予言……カノンの福音は、成就の時を迎えようとしている……か」
俺は独り言ともつかない程度に小さく呟く。
「そりゃあね、思い過ごしだったら一番いいんだけど。
絵里紗とか言ったっけ? あの中学生。
ひとりでじっとしてればいいのに、周りを巻き込み過ぎよ。
目立って仕方がない。
冥府の通行手形の管理者としては黙ってられないから……」
「それに、『七鍵の守護者』としてもか……」
「『七鍵の守護者』の『保護者』だけどね」
言いながら芙亜はいたずらっぽく笑う。俺の心情を考えてのことだろう。
それが逆に俺の心をえぐる。
「悪りぃな、芙亜。肝心の『守護者』がこんな様で……」
「それは言いっこなしでしょ。お互い様。
それに、いざとなったら、透流の流態、当てにしてるから!」
「おいおい、こんな怪我人の俺に、出張サービスやらせようってのかよっ!」
「そういうのは大人しく怪我人やってる人が言いなさい!」
と芙亜は俺のベッドに歩み寄ると、枕の下に隠してあったポテチの袋を取り出した。
残念ながら、俺の浅はかな奸計など全てお見通しだったようだ。
「これ、こないだ発売されたコンビニ限定のやつじゃない!
どこで仕入れてきたのよ!」
「いや、怪我人同士のな、コミュニティーと言うか、結束というのがあってだな……」
弁解を試みる俺のことなど知っちゃいない。
芙亜は、
「これ、貰ってくからね」
と、ポテチの袋を取り上げて病室を出ようとする。
「終わったら……、ちゃんと返しに来るから!」
「要らねえよ! 全部食っちまえ! どうせそんなに残ってないんだ」
と減らず口とも取れる言葉が口をついて出た。
芙亜はそれには振り返らずに背を向けたまま、
「大丈夫……、ちゃんと返しにくるから」
と後ろ手でドアを閉めた。
芙亜の居なくなった病室で、俺は、今まで経験したことの無いような悪寒……悪意がこれ以上ないくらいに凝縮されたような嫌な予感を感じてしまったのだった。




