余命-25
驚愕の表情を浮かべる、チーム絵里紗。
中でも、驚愕度ランキング二話連続一位は、最終秘技をいとも簡単にかき消されたキラくんだ。
「もうお仕舞かい? それが、お前の全てだったのかい?
わたしとしたものが、耄碌したもんだ。
とんだ見込み違いだったみたいだよ」
と吐き捨てる権藤婦長。
最後の気力すら尽き、立っていることすらままならなくなったキラくんはがっくりと膝を折る。
「キラお兄ちゃん!」
と椿姫が駆けよりそれを支えに行く。小さな体で受け止める。
「さあ、どうするかねえ? 大人しくそれぞれの病室に戻るかい?
鎮静剤ぐらいはサービスしておいてやるよ!」
と権藤婦長の挑発が飛ぶ。
「儂が行く!」
と絵里紗が声を上げた。
「体術やオーラ量でキラに勝るものはこの中にはおらぬ……。
あれほどの力量がまったく通じないとはの。
じゃが、儂は腐ったとはいえ、病弱だとはいえ、
魔界を統べていた王じゃ!
異世界最強の端くれ。
あんなごく普通の美しくもない熟女ごとき!!
どけ! 薫!!」
と車椅子から立ち上がろうとする。
立ちあがるにしても膝の上に座ったままの薫が邪魔で立ち上がれない。
薫はどこうともしない。
椿姫はキラの看病をしている。病人が病人の面倒を見る病病介護というやつだ。
文香と彩乃は、「ここはわたしが行くわ!」と言いだせないでいた。
権藤婦長の恐ろしさを知ってしまったということもある。
力量不足を思い知らされているのだ。
また、あえて、力量不足を承知で権藤婦長の足止めを買って出るからには、それなりの理由、根拠、秘められた能力を明かさなければならない。
それは非常に面倒だ。そんなことを続けていたら、次話は『文香VS婦長 ~文香の秘められた力は婦長を止められるのか!~』になり、次次話は『彩乃VS婦長』となり、その次は、『椿姫VS婦長』になって、話が進まないことこの上ない。
みんな迷っていた。権藤婦長と戦う術などは後付設定でなんとでもなる。実は精霊を召喚できるとかなんとか。
文香などは小学生最強の身体能力の持ち主だという伏線が張られている。椿姫もどうやら、キラの兄弟弟子のような気配。
それぞれに隠された戦闘手段があるのだ。ありそうなのだ。それぞれにそれぞれの最終手段が。
だが、皆行こうとしない。
立ち上がったのは薫だった。
「絵里紗の魔力は唄音を救うために残してやってくれ。
ここは、俺が食い止める!」
言うが早いが婦長と対峙する薫。
「小僧! そんな病弱な身体で一体何ができるっていうんだ!」
婦長が吠える。相も変わらず、周囲に配慮した適度な音量で。
薫は答えた。
「確かに……。
この体は病弱で……、俺はここまで車椅子で運んでもらったくらいの病人だ。
だけど……、最終手段のひとつやふたつ持ち合わせていなくて勇者なんて務まらねえよ!」
「薫……、まさかあれを!」
と絵里紗が目を見開いた。
薫は精神を集中する。
「俺は……、異世界で勇者として戦うために、己の力を高めるために、ハウガー師匠の元で流態の使い方を学んだ。
こっちの世界で使うのは初めてだがな。ぶっつけ本番だが、温存している場合じゃ無さそうだ。
俺が身に着けた四つの基本流態。
それはすなわち!!
攻撃力に特化した金剛流態、
超常的な移動を可能とする疾風流態、
魔法での戦闘時間を大幅に拡張する魔人流態、
うどんなどの麺を等間隔に寸分たがわぬように切りそろえる蕎麦流態、
そして、その全ての流態の長所を活かし、なおかつお米を研ぐのが巧くなる、最強にして最終の流態!!
栄養価を損ねることなく、そしてより美味に、米の甘さ、そして歯ごたえを演出する!
それがこの!!
黄金米流態だ!!」
「止せ! 薫!! お前の今の体では……、流態変態に掛かる負担を耐えられない!
それに、お前のその最強の流態を持ってしても、権藤にダメージを与えられるかどうかわからんのじゃぞ!」
「なあに、勝負は一瞬だ。俺の能力を最大限に高めたうえで……、
自己犠牲流態爆発で俺の全オーラ、全魔力を開放する!!」
「馬鹿な……!! 死ぬ気か!!」
無駄な盛り上がりを見せる絵里紗と薫を尻目に、権藤婦長はやれやれと言った表情を見せた。
「!?」
権藤婦長の体から闘気が消えていくのを絵里紗や薫やキラや椿姫は感じた。
戸惑うチーム絵里紗に対して権藤婦長は、
「やれやれ、そこまでの覚悟とはねえ。病人が揃いもそろって、無茶しやがって。
そういえば、わたしが最初に決めてた線ってどこだったっけ?
これかい? これだったかねえ?」
と自分の足の前にあるタイルの切れ目の線を指さした。それが、権藤婦長の超えてはならない死線だったのか、その隣がそうだったのか今となっては誰にもわからない。
目印が無かった。ちゃんと決めてなかった。覚えておいて後からここがさっき決めてた線ですよと後から思い出す方法を考えていなかった。
「これがさっき決めた『みごとこのわしをここより退かせてみよ』の『ここ』だったとしたら、みごとに退がっちゃってるねえ。
あたしの負けだよ。あんたたちの覚悟は見届けた。
これでも医療関係者なんだ。
病人がなすすべもなく死んでいくのなんて見たくないんだ。
長年人の死んでいくのを見続けてちょっとは慣れたつもりだけどね。
それでも人が死ぬのは辛いもんさ……。
だがね、これだけは忘れないでくれ。
人の生き死にはある意味で運命でもある。
冥界の意思はある意味自然の摂理。
むやみに人が触れてはならない領域でもあるんだ。」
「儂は……、儂は魔王であるぞ! 人間ではない!」
と絵里紗が反論する。
「魔王であっても、今は人間の体に居るだろう?
それに……、魔王であればなおの事。
人間の世界には人間の世界の理がある。
そりゃあね、医学は進歩したさ。数年前なら救えなかった命も輔けられるようになった。
だが、思い上がってはいかん。人は……、魔王も……、所詮神にはなれないのじゃから。
人の命を自由に操ることなんでできないのだからねえ。
だが、お前たちの覚悟、その心。見せて貰った。
お前達になら、唄音の未来を託してみるのも悪くないだろう」
「権藤……」
「さあ、早く行っておやり。今からなら十分間に合うはずだ。
人払いはしておいた。
そんなに重病ではない患者に、本来投薬すべきではない薬を飲ませたり、本来であれば副作用が強すぎて回避されるべきで、しかも病気に効くわけでもない注射を打ったりしておいたから、今頃は、医者も看護師もそっちの病人の世話でいっぱいいっぱいになってるはずだ。
中には誰もいないよ。黒崎を除いてね」
そこで婦長は振り返り、絵里紗たちに背を向けて、
「さあ、わたしも婦長としてこのトラブルを収める仕事が残ってるからねえ。
自分で蒔いた種とはいえ、死人が出ないように加減したとはいえ、医療ミスのオンパレードだ。後始末が大変だよ」
と言い残して、集中治療室の前から姿を消した。