余命-23
はてさて、病院内の細くも広くもない廊下を疾走する一陣の車椅子集団。
先頭は小4で美少年で病弱で気合十分の輝螺くんが努め、その後に車椅子が続く。
車椅子の上には絵里紗と薫の計二名。学年は違えどともに14歳。もちろん病弱。
その車椅子を押すのは、文香ちゃんと彩乃ちゃんの小学生コンビ。小5と小3だ。
タイプは違えどともに美少女であり、違うタイプの病気に侵されている病弱。
小3の椿姫ちゃんはバックアップだ。文香か彩乃に何かあったときのための補助要員を見事に努めている。
言うまでもなく病弱だ。
行く手を阻むものは何もない。この病弱メンバーに立ちふさがるものは想像に反して無かった。
これではキラくんの活躍の場が無い。
ここは俺に任せてお前たちは先に行くんだ! 的な展開が無い。あるいはこの先も実はキラ君の見せ場が無いのだろうか?
それは、車椅子の上で会話を交わす絵里紗と薫のせいだった。
道中での会話が今回のメインエピソードになるのである。
それがなければ、途中でヌルヌルかつ急こう配の上り坂に出くわしたり、行く手を阻む病院職員の一人や二人は出て来ようもんだ。
病院職員が実は冥界からの手先の化け物で、ぬめぬめした触手をびたんびたんと打ち振るって攻撃されかねない。
○と×が書かれた二枚の扉が出現して、クイズを出されて正解だったら先に進めるが、不正解だったら粉まみれになるなどという関門にも遭遇したかも知れない。
何故か突如として現れた細いつり橋を渡るときにバレーボールで狙い打たれるかもしれない。
何故か出現した水たまりに飛び石が幾つか浮かんでいて、それを渡って向こう岸を目指す――しかも外れの飛び石は乗った時点で沈み始める――ような、車椅子の一行には無茶ブリすぎるバリアフリーの片隅にも置けない難関が待っているのかもしれない。
巨大なドミノ牌を倒さないように上を渡るというマイナーな難関が待っているかもしれない。
大木凡人が待ち受けるカラオケ部屋に案内されるかもしれない。
後半は全て『痛快なりゆき番組 風雲!たけし城』から参照してしまった。
作者も実際にリアルタイムで見たことはないが、この番組の難関は当たり外れが多いもののその後のバラエティに多大な影響を与えており、ちょくちょくネタにさせてもらっている。
痛快かどうかはさておき、なりゆき的進行といえばには本ストーリーも負けてはいない。
では、実際にそれらの障害が立ちはだかるのだろうか?
いや、さすがにそこまでの無茶はしない。この作品はリアリティを追求しているのであるのだから。
現実感に乏しいネタは仕込まれない。そういうネタが欲しいならこの作者の別作品の異世界ものを読むといいだろう。以上宣伝!
「何人たりとも俺の行く手ははばめねぇ!」
と先頭をひた走るキラ。
「イケイケ~!」
「ぶっ飛ばせ~!!」
とノリノリで車椅子を押す文香と彩乃。それに遅れないように頑張ってペタペタと足音を鳴らしながらついてくる椿姫。
とにかく、本話のメインパートはここから先の絵里紗と薫の会話なのである。
「絵里紗! 輝石の代わりは手に入った。で、実際のところ……、
成功率はどれくらいだ?」
と薫が聞く。
「五分……、いや、六割……。
それくらいじゃ。儂の魔力が保つとしてじゃがの」
そう答える絵里紗に、
「魔力なら、この俺が供給する!! あんまり得意じゃないけどな!」
と薫が断言する。
「薫が!? じゃが……魔力を扱うには、それ相応の経験が……」
「心配すんな。魔力の扱いならあっちでさんざん練習させられた。
結局、強敵との戦闘で使えるほどにはならなかったがな。
だが、絵里紗に魔力を分け与えるぐらいならできるはずだ。
それぐらい……、
それだけのことなら…………、
元勇者の俺からすれば、軽いものだ……」
突然の告白。絵里紗も狼狽する。
「薫が……薫が……勇者……?」
「そうだ……、何故だか絵里紗は気づいて無いようだがな。
お前を最後に倒した勇者……、
それが俺なんだ!」
膝の上に乗せた薫を抱きしめる絵里紗の手に力が入る。
「言われてみれば……、今の薫には面影が…………」
「あの時は今よりもっとテンパってたからな。
いきなり異世界に飛ばされて、しかも俺の余命にも不安があったし、
早く帰らないとこっちの世界の絵里紗の容体も気になっていたし……。
必死で勇者としての責務を果たしてたんだ……。
顔つきが変わってしまってても仕方がない……かもしれない」
「そうか……薫が……勇者じゃったのか……。
あの時……儂の勧誘を……コスプレによる快楽への誘いを跳ね除けた鉄の意志を持った勇者……」
現実問題として、今まで魔王である絵里紗の勧誘を受け入れた勇者はひとりもいない。コスプレだろうが、団地妻スタイルだろうが。だが、それは言わない約束です。
しばらく絵里紗は黙って考え込む。
「…………。
それならば、あの時お前が異世界での魔王討伐の宴会をぶっち(誘われてるのに行かないこと)してさっさとこっちの世界に戻ってきて、しかも行先がこの病院で儂の魂までついでに連れてきたことの全てに筋が通るというもんじゃ。
何故に今まで気づかなかったのじゃろう……」
「それについてはほんとに済まねえ。だけど言いだしにくくってな!」
「じゃが……、それは心強い。
実際問題、滅ぼされた身の感覚としては、お前が今までで最強の勇者じゃった。
記憶にはない近藤のひいひいおじいさんよりも、あのおぼろげにしか覚えていない武田のじいさんよりも。
お前が最強の勇者じゃった。最高に強くて最高に魅力的で、乙女心をくすぐる奴じゃった。
何の因果かのう。
あの時剣を交えたお前とこうして力を合わせることになるとはのう……」
「褒めてもなんにもでないぜ。
それに俺が得意としたのは剣。闘気を交えた戦法だ。
魔法には自信がない。だけど、そこらの人間よりはよっぽど魔力を蓄えているし、扱い方だってわかってる」
「ああ、薫!!
二人の力を合わせて唄音の命を救おうぞ!」
ご都合主義と言うなかれ。
絵里紗と薫の会話がひとしきり盛り上がってひと段落したあたりで、間もなく車椅子の一行は集中治療室への最後の曲がり角を曲がる。
だが、すんなり唄音の元へとたどり着けるわけではなかった。
そこには最強の強敵であり、病院の影の権力者。
集中治療室への扉の前で、中央で仁王立ちする婦長の権藤の姿があった。
権藤は小児病棟の婦長であり、婦長は他の部署にもいる。だが、その複数いる婦長たちの中でもずば抜けて絶対的な力を持っているのが権藤だった。
その力は絶大である。院長をも凌ぐとか影で院長を操るとか言われている。
その辺りのまともな描写を求めるならば『チームバチスタの栄光』での、その気になった時には、教授の首も飛ばすことが可能という藤原さんの話を読むとよいだろう。
あっちは当然取材もしているし、そもそも病院関係者が書いた小説だ。多少のデフォルメはされていても、極度の虚偽内容など無いだろう。
しかしこちとら、医者や看護師の知り合いが居たり居なかったりする程度の一般人である。ノー取材、ノー調査、想像百パーセント勇気で書いているのだ。
このような話のために医療関係者の貴重な時間を奪うことはできないのだから。
そしてここで初めてキラくんの見せ場がやってくる。
婦長を前にして歯を食いしばるキラ。
「あいつは……、やばい、桁外れだ。規格外だ」
と小4とは思えない畏怖の表現。心なしかキラくんの体は小刻みに震えている。
そして出るのか? お約束……、お決まりのあのセリフ!?
「婦長が……、あいつ(婦長)が居るなんて……。
俺の力じゃ、時間稼ぎにしかならないだろうっ!
だけどっっっっ!
ここは……、
この場は俺が食い止める!!!!
お前たちは先に行くんだ!!!!!!!!」
キラくんの死亡フラグが立ったような気配を感じたところで、次回は婦長権藤(54歳女性)と小4の病弱な美少年キラくんの壮絶なバトルです。
あと言い忘れて今さら言うなよ! ですが、文字の詰まっているところは読み飛ばし推奨です。