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余命-21

 かおるの腕から鮮血がほとばしる。その数数滴~十数滴。

 その大きさはゴマ粒くらい。明らかな残酷描写だ。


 薫が振り回した腕から、飛び散ったそれは、大きな弧を描いて飛翔する。


 その様子に目を取られる絵里紗えりざと近藤。


  スローモーションのようにゆっくりと、血液の飛ぶ様を眺める二人の体感時間は一瞬の間彼らの思考速度を極限まで落とした。


「何をやってるんだ!? 薫くん!」


 我に返った近藤がたしなめた。


 が、覚醒してしまった薫にはそんな近藤の戒めなど効かない。


 どういうわけだが、薫は前髪もアップ(上向き)になり、目つきすらさっきまでと違っている。一言で言うと、アバン先生がメガネを取って本気モードになった……。


 それで伝わらない場合は、牛乳瓶メガネっこが、メガネを取ったというケースの男性版のメガネなし。


 山岡さんが包丁を握った時? なんかいろいろあるはずだ。だが、上手い例えは浮かばない。一晩寝かして、加筆修正するもなお、美味い例えが浮かばない。


 ギャグパートからシリアスパート、あるいはラストの盛り上がり部分でよくある主人公の魅力アップの秘術である。

 薫は主人公なのかどうなのか定かではないが……。


「絵里紗っ! 魔力を帯びた輝石があれば、唄音うたねを救う確率は跳ね上がるんだろうな!」


 と、なかば叫ぶように薫は言う。かっこよさ1.25~1.5倍増しだ。


「ええ、でも……」


 と口ごもる絵里紗。そのキャラは、魔王エリザではなく、少女絵里紗を引きずっている。


「絵里紗、今は……絵里紗ではなく、エリザで居てくれ。今は魔王としてのお前の知識が、技能が必要なんだ!」


「わかった、薫」


 と、気を張りなおす絵里紗。いやエリザ。だが、ややこしいので地の文では絵里紗で統一する。今後は。


「輝石があれば、魔法陣の効果は格段に上がるじゃろう。まずとて、冥界の死神ごときにやぶられはせん。じゃが、その輝石の入手が問題なのじゃ。さっきも伝えたとおりな」


「そうですよ、薫くん。それよりも今は少しでも早く唄音ちゃんの元へ行かなければ……」


 と近藤が、即座の移動を促す。時間ばっかり使って全然話が進まない今までの三人の行動や言動を反省して、さっさと移動しようと働きかけたが、


「なにも、宝石じゃなくてもいいんだろう? その魔法陣を作るのに使うのは?」


「ああ……、しかし今からでは手に入れるのは難しいじゃろう? 時間が足りないのじゃ。それは今言ったとおりじゃ?」


「これを使うんだ!」


 そう言った薫の手に握られているのは先程引き抜いた点滴の針である。


「これは……?」


 絵里紗も近藤もいぶかしみながらそれを眺める。


 薫が続けざまに答える。点滴の針をポキポキと折りながら。


「魔界の瘴気って奴は血液に濃く残るんだろう? 血液中には魔力が残留するんだろう? 高濃度で!?


 その血液に長時間晒され続けたこの点滴針であれば……。


 この点滴針の先端部なら!


 絵里紗とともに過ごし、魔力の影響を受けた俺の血液であれば……。


 俺の血液に浸された物質であれば、十分魔力を帯びてるんじゃないか!?


 それに、宝石なんて高価なものじゃないが、こいつだって一応金属だ!


 十分利用価値があるはずだ?」


「確かに……。輝石の代替物としては申し分ないのじゃ!


 じゃが、数の問題がある。六芒星を描くためには最低でも六つは必要なのじゃ。

 

 それより一本でも数が少ないと意味を成さない……」


 絵里紗の慎重論も薫は意に介さない。


「俺を誰だと思っている! 伊達に点滴まみれの生活を送っているわけじゃねえ!


 六芒星でも、七芒星でも八芒星でも描きやがれ!」


 薫の腕から引き抜かれた点滴針は少なく見積もっても7~8本はあった。


 さすがである。自ら点滴まみれと自負するだけのことはある。


 絵里紗などは、針を何本も刺すのが嫌なので、できるだけ最小限度の本数でとお願いしているが、薫はそのあたりは無頓着だ。


 点滴パック一本につき、針一本で注入されても文句の『も』の字も発しない。点滴勇者なのである。


 普段から点滴に慣れ親しみ、点滴を友として、点滴の恩恵を受けながら過ごしてきた彼ならではの逆転劇である。


「これならば……」


 と、確かな手ごたえを感じた絵里紗。


 薫から手渡されて7~8本の点滴針の先端で自らのか細い手を傷つけないように丁寧に扱う。


「よし、行こう!」


 と、絵里紗の車椅子を押し出そうとする近藤。


 それを薫が制した。


「待ってくれ、俺も、俺も連れてってくれ!


 まだ、俺の話は終わってないんだ。だけど、時間が無い。唄音の元に行くまでの間に話そう」


 と、薫は絵里紗の乗っている車椅子に乗り込もうとする。


「なんじゃ? 薫! お前も乗るのか!」


「ああ、いくら点滴がなくなったからって、歩いていける距離じゃない。


 それに、車椅子にはタイヤもついている。俺たち子供が二人ぐらい乗ったって、大の大人である近藤先生なら軽く押せるはずだ!


 そうだろう? 近藤先生……」


「ああ、それは問題ないが……」


 子供二人の乗った車椅子を押す――しかも病院内という平地の移動――というやけにハードルの低い課題を押し付けられた近藤はそれでも、少し己の価値を見出したかのように、しかし控えめに応じた。


「こりゃ待て! 薫!! 乗るのは良いが、何故に儂が下なのじゃ?


 儂が下に乗ってしまえば、急ブレーキなどで突然制動がかかったときに、儂の豊満なバストの圧力で、おぬしの身体が投げ出されるかもしれんぞ!」


 と、絵里紗はいらぬ心配をするが、


「そんなの関係ね~!」


 と薫は一蹴した。事実絵里紗の洗濯板レベルの貧乳では、クッションの役割すら果さない。反発力など無いに等しい。なきにしもあらず。


「よし! 行くぞ!」


 気合十分の薫。ここにきてちょっと自信を付け始めているし、キャラも変わりつつあるのだが、その姿はカッコイイとは言い切れない。

 パジャマ姿で同じくパジャマで車椅子に乗る少女の膝――正しくは太ももだが、それを言ってしまうと『膝枕』の立場が無いのでここでは『ひざまくら』に敬意を表してあえて『膝』と表記する――の上にちょこんと座っているのだ。


 しかし、薫は気にしない。あくまでマイペースで、上がりきったテンションを下げることなく、


「じゃあ、頼んだぜ、近藤先生! 待ってろよ! すぐに俺たちが行ってやる! 唄音~!!」


 と雄たけびを上げた。


 これで、普通の小説であれば、次のシーンでは早速唄音の元へ辿り着いているのかも知れない。

 ダイジェスト版であれば、唄音が病院の中庭とかで散歩したり遊んでる姿を部屋の窓から絵里紗と薫が眺めるみたいなシーンにすっとぶのかも知れない。


 空は青く、ハトなんかがパタパタっと飛び去って行くのかもしれない。

 そういうシーンにはまた、飛行機雲がよく似合う。


 だが、そうはいかないのだった。何者かの悪意によって、あるいは遊び心によって。時間あるいは字数、話数稼ぎじゃねーの? とそしりを受けかねない意思が大きな思惑がうごめいている。


「うっ!」


 と車椅子を押しかけた近藤が、「うっ」っと悲鳴ともうめき声ともつかない「うっ!」という声をあげた。


「どうしたのじゃ?」


「じ、持病のぎっくり腰が……、すまない。僕は……残念だけどここでリタイヤだ。


 無念だ。車椅子を押して君たちを運ぶことすらできないなんて……」


 と近藤は涙ながらに訴えた。


「くそっ! こんなときだってのに……。


 こうなったら、俺たち二人だけで……。


 歩いてでも行くぞ!」


 薫は、車椅子から立ち上がる。「歩いてでも行くぞ!」とは妙な発言である。歩けるなら歩いたらいい。

「這ってでもいく」とはよく聞くが。


 しかし、薫も絵里紗も寝たきりの生活時間が長い。長期間の歩行は命に関わる。途中で貧血でぶっ倒れるというアクシデントに会う可能性も高い。


 二人にとって、唄音の居る集中治療室までの道のりは果てしなく遠いのだった。


 それも、近藤という車椅子の押し手を失った今となっては余計に……。

 

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