余命-2
■■■過去回想シーン1~はじめ■■■
「のう? 勇者よ?」
魔王の居城。玉座の間。そこで、若くグラマーで、妖艶な魔王が勇者に語りかけたのはお約束の一言。
「…………」
勇者は黙って聞いてみることにしている。
「そなた……、なかなかの美男子ではないか? 我は、我を討伐しようとしてきた勇者でそのルックスが一定以上あるものには、とりあえずこんな提案を示している。
のう? 我と世界を二分せぬか?
世界の半分をおぬしにやろうではないか?
それだけではないぞ。
我がこれまでの数百万年に渡って護りぬいてきたヴァージンをそなたに与えようではないか? 悪い条件ではないと思うが?」
「…………」
勇者は無言だ。
確かに悪い条件ではない。しかし……、数百万年の間、復活しては倒され、倒されてはまた復活して、異世界の制圧を目論んでいた魔王である。
歩んできた歴史は半端なく長い。
中には見た目的に残念な勇者も居たであろう。
しかし、今勇者につけても抜群の美形というわけでもない。であるならば、この女の色気を前面に押し出した好色な魔王はそれほど面食いというわけでもないだろう。
今まで、魔王の提案に従って魔王討伐を放棄した勇者は居なかった。というのはひとえに勇者達の正義感。それに尽きる。支配欲に負けない。色気に流されない。鉄の意志の持ち主が故、勇者足りえるのだ。
勇者が魔王に対して初めて口を開いた。
「俺は勇者だ! この世界を救うために召喚された! 俺の役割は魔王を撃ち滅ぼすこと! 世界の半分なんて望んではいない。例え、それが全世界を手中に収めるという条件であってもだ! 色仕掛けにも乗らない!
魔王よ! この手で、俺の手によって……堕ちよ!」
勇者は、魔王に剣を振りかざして向かって行った…………。
■■■過去回想シーン1~おわり■■■
「おいっ! 起きろ! 絵里紗!」
薫が、絵里紗のベッドの脇に来て絵里紗の肩を揺する。それでも絵里紗は起きないので、仕方なく、頭を叩く。ほっぺたを抓る。
それでも絵里紗は起きない。仕方なく薫の攻撃はエスカレートする。そろそろダメージが蓄積し出す中級レベルの攻撃――全治何週間とか言うあれ、具体的には血が流れたり、たんこぶが出来たりするぐらいの威力に移行する――の一歩手前でようやく絵里紗が、
「う、う~~ん。な……、なんじゃ?」
と、重たげに目を開けた。
「『なんじゃ?』じゃねえよ! 朝だ! 起きろ! 検温の時間だ!」
「け・ん・お・ん? ここは……?」
「まだ寝ぼけてるのか? そういえばうなされてたぞ? いつもの夢か?」
と、そこで絵里紗は我に返り、
「はっ! 薫! 我が寝ている隙に一体なにを!」
とぺたんこの胸を手で覆い隠す。転生元の魔界ではどうだったかは、過去回想での描写に譲るとして、現在14歳の少女の体を持った魔王は、その横柄な態度や物言いに似合わず、幼児体型の鏡のような体つきなのだ。
「なんもしてねえよ! 看護師さんに頼まれてお前を起こしただけだ!」
絵里紗の寝起きは悪い。だから、一介の看護師の手に負えない。ほとんど毎朝薫が起こす羽目になる。
「そんなこと言いながら……、我の麗しい寝顔を見て『はあはあ』しておったんじゃろう?
妄想にふけるのは勝手じゃが、距離が近すぎる。お触りは厳禁であるぞっ!」
「妄想もしてねえ! 第一お前はうなされてたんだ!」
絵里紗はしばし考え込んだ後、何かに気づいたように、
「まさか! 薫にはそんな趣味が!? 我のうなされる姿に興奮を覚え……、ついに超えてはいけない一線を越えようとしてしまったんじゃな!? 『はあはあ』してしまったんじゃな?」
「超えねーよ! 馬鹿! 第一お前の寝言なんて、色気もくそもあったもんじゃねぇ!
『世界の半分じゃぞ?』とか、
『世界の半分はともかく、数百才の処女なんて希少もいいところではないか?』だの、
『我のプロポーションは、ともかくすごいのじゃ! ギリギリだぞ! 大事なところは隠すからな! じゃが、今ここで、見せられるだけ、ギリギリまでは見せてやろうぞ。この豊満なバストの手ブラ姿をとくと堪能するがよい!』だの、
『のう、勇者、勇者が我の提案を受け付けた暁にはこっぴどくサービスするぞ。
あんなプレイやこんなプレイ、望みのままじゃぞ?
我ほどの耳年増はそうはおるまい。なんせ、毎年組まれるana○のSEX特集は毎号欠かさず読んでおるのじゃから』なんてものから、
『これでも、我になびかんか? 我の女としての魅力に気づかんか?
おぬしとのあれやこれやを考えるだけで、ああっ! 女として……、
体が熱くなる……、火照ってまいった……。
はあ……はあ……』とか……、
それなりに色っぽいな……。いや、『はあはあ』言ってたのはお前じゃねえかっ!」
薫が華麗にノリツッコミ? を決めるが、絵里紗は、とうに薫を無視して静かに検温していた。
「若いというのは不憫なことじゃのう……」
などとしみじみと呟いたりしている。
「そこで冷静になるなよ! とにかく俺はお前なんかに欲情したことはこれっぽっちも無いからな!」
「うむ、逆ツンデレであるな。魔王の配下の第一号、側近としては申し分なき態度である。じゃが、残念ながら、そなたが如何に我をツンっと付き離し、ここぞという決め時にデレたところで、儂はそなたにはなびかんのじゃ。
何故なら、我は魔王、一介の部下の手には負えない。我の性欲を満たすのは、その資格を得ているのは、魔王と並び称される力の持ち主、勇者のみなのであるからな」
「そんなことを言ってるから、お前には彼氏ができないんじゃないのか?」
「それを言うなら薫だって彼女いない歴と年齢がイコールになってしまっているのではないか?」
「長さの尺度が違う! 俺のはたかだか十数年だ! お前なんて何歳なんだよ! 数百万歳じゃねえのか!」
「それもまた一興である……」
そんな会話をしているうちに、絵里紗の脇に挟んだ体温計が、ピピピッっとなった。
それを見て、
「39度か……。これではまた、ひだまり教室へ出向くことは叶わんな……。世界征服がまた遠のいたではないか……」
絵里紗が悲しそうに呟いた。
院内学級――ひだまり教室と名付けられたそれは、入院している児童の中でも、ある程度元気なものが、自主学習をするために設けられた部屋、つまりは教室である。
タイトルにもあるが、病室――絵里紗と薫が居る301号室――を征服した魔王絵里紗が次に狙っているのが、院内学級。その征服。
毎朝ドクター、あるいは看護師のチェックを受けて、今日は元気そうだと認定されれば、そこで一日数時間の学習をする。担任教師――基本的に全学年で教師は一人だけなので、自習を見守るという役割が主なのだが――もいる。いわば病院内の学校である。
ちなみに、絵里紗は体調不良の常連なので、ここ数日はひだまり教室には行けていない。ドクターストップ状態でベッドで大人しく、自習をしているのだった。これでは征服もなにもあったもんじゃない。
そんな絵里紗を見て、
「ざまあみろ!」
と吐き捨てる薫であったが、彼もまた、連日にわたって高熱を出し続けており、今日一日安静――自習すら慎むように――を言い渡されていたのであった。
なお、今回のサブタイトルは「勇者と魔王 ~ ハーレムだっ! ハーレムだったらハーレムだっ!」でした。