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余命-19


亜里沙ありさお姉ちゃん……」


 ここはとある地方都市、末矢代まつやしろ市。どこの県かはあえて触れない。とにかく地方の一市町村のひとつ。そこにある市民病院的なところの、小児病棟しょうにびょうとう。そこの一室。個室である。


 元々お金持ちの子息しそく的な入院を見越して、部屋はかなり広めに作られていた。

 しかし、こんな辺鄙な地方都市の市民病院的なところにそんな裕福な層の患者が入ってくることは稀で、この病室は本来の富裕者向けと言う役割を果たせずにいた。


 たまたま、姉妹で入院している患者がおり、現在では個室にベッドをふたつ並べてという運用がなされていた。料金は大部屋と同じ。


 姉妹が入院する前は、身分も違えば家族でもなんでもない二人の患者がそれぞれ入院していたが、二人とも、天に召されたか、病気が治ったかで、退去。たまたま空いたところに入ってきたのが襟巻えりまき亜里沙。


 少し遅れて、妹の絵里紗えりざ新生児しんせいじ病棟から移ってくる時に、家族にとっても病院側にとっても、あと作者にとっても都合がいいということで、同室に相成った。


 小さな男の子に名前を呼ばれて、文庫本の恋愛小説を読んでいた亜里沙は本から目を離して顔をあげた。


「あら、薫くん、いらっしゃい」


 この春から中学生になる亜里沙は歳にあわず、上品に薫に語りかけた。


 薫は、もじもじとしていた。当時薫は6歳。この春から小学生になる。


「どうしたの? 薫くん? 絵本は持ってきてないの? 折り紙は? お絵かきでもする?」


 ベッドサイドのテーブルから、落書き帳と色鉛筆を取り出そうとした亜里沙に、


「……、お姉ちゃん、中学生になっちゃうの?」


 と薫が聞いた。


「そうよ、お姉ちゃんは中学生になるのよ」


 少し誇らしげに亜里沙が言った。


「薫くんは小学生になるんだよね?」


 と亜里沙がたずねるも、


「…………」


 薫は答えない。


 亜里沙はそんな薫を急かそうともしない。自分から呼びかけたりもしない。

 ただ、薫が自分から話を進めるのを根気強く待った。


 のんびりとした時間が流れる。


「お姉ちゃん、中学生になったら、病院から出て行っちゃうの? 退院しちゃうの?」


 ようやく薫が口を開いた。


 そこで亜里沙は気が付いた。


 出会って以来、自分になつき、なにかと面倒を見ていた薫。

 その薫からすれば、小学生になって自分と同じ、院内学級に行けるのが楽しみで仕方なかったのだった。しかし、どこかで亜里沙が中学生になると聞いてしまった。

 それで、亜里沙が退院して外の中学校にでも通学し始めるのかと勘違いしたのだろう。

 聡明な彼女は薫の表情からそれらのことを一瞬で理解した。

 把握した上で、薫に優しく微笑みかける。


「ううん、違うの、薫くん。お姉ちゃんはね、ひだまり学級の中学部に行くのよ。

 薫くんと一緒の教室だよ。

 時間割もほとんど一緒。先生だって同じなんだから。

 

 春からは、一緒に勉強できるのよ」


「ほんと!?」


 それを聞いて薫の表情がぱっと明るくなった。


「ほんとよ。ひだまり学級に一緒に行くことになったら、お姉ちゃんが勉強も教えてあげられるかもね。


 だけど、薫くんはお利口さんだから、お姉ちゃんが見てあげなくても大丈夫か」


「ボク、いっぱい勉強する!! いっぱいいっぱい勉強して先生にもわからない問題をいっぱいやって、それでわかんなかったら亜里沙お姉ちゃんに教えてもらう!」


「先生にもわからない問題はお姉ちゃんにもわからないわよ。


 でも薫くんが勉強頑張るんだったらお姉ちゃんも負けてられないわね……」


 と、二人で和やかな会話が進んだ。


 が、話が高校レベルの学習要項に及んだ時、ふと思い立った薫が、


「お姉ちゃんは……、中学生じゃなくなっちゃたら……。


 もう一緒に勉強できない?」


 と、再び不安げな表情に包まれた。


 しかし、亜里沙は優しく微笑んで、


「その頃には、お姉ちゃんも薫くんも元気になって退院できてるわよ。


 それに、絵里紗もね。絵里紗は今は一年生で今度二年生になるんだけど、一年生の勉強ができてないの……。


 すっとベッドの上だし、去年からずっと体調が悪くって……。


 ねえ、薫くん、わたしが退院してね、絵里紗と薫くんで院内学級に通うようになったら絵里紗の勉強を見てあげてくれるかな?」


 それには薫は意気込んで、


「うん!」


 と力づよく答えた。


「ボク頑張って勉強する」


 と言い添えた。


「お姉ちゃんが、中学部を卒業しても、絵里紗とひだまり教室で仲良くしてあげてくれるかな?」


「うん」


「約束だよ。絵里紗のことをよろしくお願いします。


 まもってあげてね。薫くんは男の子なんだから」


「わかった。絵里紗はボクがまもる」


「じゃあ、ゆびきりしようか?


 ゆーびきーりげんまん……………………」




 結局、亜里沙は中学部での授業を受けることはできなかった。


 薫と一緒にひだまり教室に通うことはできなかった。


 その夜、亜里沙は病状が悪化して体調を崩して意識を失い、危篤の淵をさまよい、ほどなく帰らぬ人となってしまったのだ。


 この時のこの約束が亜里沙と薫の最後の会話になってしまったのだった。




 ・

 ・

 ・


 そして、時は戻り、現在。


 絵里紗と薫と近藤の三人が居る病室。


 すべてを語り終えた薫がそっと付け加える。


「というのは全部ウソなんだ!」


 一同ズッコケたりしません。そんな場合じゃないですから。


 さてさて、単なる一介の登場人物(主役級かつ語り部的)な薫の発言を信じるか信じないかは、あなた次第です。


 以上、地の文担当の三人称でした。


「全部俺の妄想なんだよ!」

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