余命-16
■■■過去回想シーン6~はじめ■■■
(なんじゃ? ここは?
これは……噂に聞く人間界の病院というやつか?
勇者の奴……、こんなところに何の用があるのじゃ?
それより……、早く憑依先の肉体を決めないと……、
魂が消滅してしまうのじゃ
グラマーで意識不明な美人患者はおらんのか?
ウエストのくびれだけで喰っているけるぐらいのプロポーションの持ち主はおらんのか?
今さっき滅ぼされたばかりの我の肉体に比するものは高望みじゃろう。
さりとて……、ボンキュッボンは最低条件じゃて……
おらぬ、おらぬ、おらぬのか!!
ええぃ、仕方無い。
ウエストのくびれはともかく、胸ペッタンコであるが……
背に腹は変えられん……
それにしても、勇者め。覚えておれよ……
)
■■■過去回想シーン6~おわり■■■
「というわけでの、魔界の王たるもの、人間界の情報収集、冥界の情報収集は必須じゃて。
さりとて、日刊紙なぞ読んでいる暇がないのも事実。
魔界で発行されておる週刊冥界通信で十分なのじゃて。
(中略)
しかし、死神のやり口は卑劣じゃ。
農協のように、馬鹿の一つ覚えのように、金魚をあしらった、貯金箱やバスタオル、ブランケットを配り歩くのとは訳が違う。
※三人称注:作者は農家で育ったので、農協(JA)さんとは付き合いが深いです。
決して農協を敵にまわすことは致さん所存です。頂いたサランラップやキッチンクリーナーはいつも重宝しています。あと食器用洗剤とか、スポンジもありがたいです。
儂にとって、魅力的過ぎるサービスをピンポイントで突いてくるのじゃ」
絵里紗による、魔界、人間界、冥界を貫く新聞勧誘合戦事情のあらましの説明が続いていた。
「あるじゃろう? 深夜などにアニメを見ていたら、チャンネルがそのままで通販番組や健康食品のCMが流れることが?
あそこで紹介されているようなしじみ1兆個分のオルチニンを含むようなソフトカプセル錠剤なぞをサービスでつけるなぞと言われるのじゃぞ?
安眠が約束された低反発枕じゃったりの!!」
「よし、わかった。絵里紗。脱線からの脱線。つまりは話を元に戻そう!」
薫が言った。決断した。さすがである。さすが、前話から、ストーリーテラーとして、進行役として自我の芽生え始めた薫である。魔界の新聞事情については、いつでも聞ける話だ。余命さえ十分であれば。
今は、唄音ちゃんの保護、命を救うことが至上命題。
新聞事情に興味を持ち始めて、メモを取り、メモでは追いつかず、ICレコーダーで絵里紗の熱弁を録音し始めた近藤先生を置き去りにして薫は、ストーリーを進める決断をした。頼りになる男である。
「術式がうろ覚えだとどうなるんだ?
たしか、魔方陣グ~ルグルとかいう漫画で修行期間をケチると、魔法が尻から出るとかいう罰則があったがそんなもんか?」
と薫が聞いた。
「ああ、その漫画僕も読みましたよ。あれは面白いですよね。特にキタキタ……」
少年ガ○ガンなどという、一時期一世を風靡した雑誌の連載漫画――アニメ化もされているが、近藤が愛読していたのはもちろん月刊連載作品である――に食いついてくるところはさすが、免許を持ったブラックジャックと呼び表されるほどの名医、近藤の面目躍如であるが、この際薫は無視した。絵里紗も無視できたので、絵里紗の返答。
「ばか者! 結界が尻から出るか!
そうじゃのう、術式を誤ってしまった場合は……、
正常に発動しない可能性が一番高い。
仮に動いたとしても冥界の死神の進入を防ぐ役には立たん公算が高いのじゃ。
つまり、正しく、まっとうな手順で術を成就させる必要があるわけじゃ。
儂の記録だけでは正直心もとないわ……」
「つまり……、第一段階で暗礁に乗り上げてしまうってことか……」
絵里紗、薫ともに落胆の色を隠せない。
が、近藤は違った。
「それならここに書いてあるやつがそうじゃないですか?
冥界の下級種族を侵入禁止にする術式」
と、手にした古文書のとあるページを開いて絵里紗に差し出す。
「これは……、まさしく、これがそうじゃ。
儂が、新聞の勧誘を断る時に使った、退冥の魔法陣じゃて!」
絵里紗が驚きと驚愕と吃驚と率爾と喫驚の入り混じった声を上げた。
薫は本のページを覗き込んだが、薫には読めない文字で書かれていたので、ちょっと敗北感と疎外感を感じて黙っているしかなかった。
「とあるルートで魔界から入手した秘伝の一冊でね。
こんなこともあろうかと持ってきていたんだが、
早速役に立つとは思わなかったよ」
近藤は得意げに言った。
「確かに、これさえあれば、
ふむ、記述はばっちりじゃ。術式に関する問題はクリアじゃ!
じゃが……問題は、課題はまだまだ残っておる……」
術式の問題は解消できた。俗に言う術式うろ覚え問題である。
残る課題はまだ複数個。
では、薫に進行していただこうではないか。
「術式は解決。じゃあ、次はなんだ?」
薫の問いに絵里紗が答える。
「ある意味一番の難関かも知れん……。
六芒星の結界を張るためには、その6点に魔力を帯びた輝石を敷かねばならん」
「きせき?」
これには薫だけが、反応した。
どうやら近藤は、古文書の内容を読んで術式に必要な手順、準備物、その他もろもろについては理解してしまったらしい。
「まあ、石、宝石でなくてもよいのじゃがの。
要は魔力を秘めた何かじゃ。
魔界では宝石が重宝されておる。自然石で魔力を秘めた宝石がたくさんとれるからの。
しかし、人間界にはそれは無い……」
「じゃあ、どうすればいいってばよ! 魔界に行って取りにいけばいいってばよ!?」
薫は叫ぶが、
「魔界になんて行っている暇はないよ」
「魔界に行くルートなぞ、途絶えて久しいぞ」
と近藤と絵里紗から即座に否定された。
「じゃあ、その輝石……、それに変わるアイテムって?」
と薫が聞く。
絵里紗が、
「何も強力な魔力が必要なわけではない。
多少の魔力が通っていればよいのじゃ。
今回の術式の規模であればの」
「あるのか? そんな多少なりとも魔力を秘めた物質が?」
「人間界で魔力の蓄積を期待するのはそもそも論外じゃ。
じゃが……、例外はある。
例えばこの病室……。魔界の瘴気でたびたび満たされる。
中にいる人間、つまり儂やら薫はその瘴気にさらされておる。
たまにしか来ない看護師や近藤ではちと役不足じゃが……」
「俺が輝石代わりになるってことか?」
「いや、そうではない。
魔界の瘴気は体内で精製、凝縮され、血液中に入り込み、体中を巡る。
その血液と長時間、そうじゃの、数日ぐらいあれば十分じゃが……、
血液に晒された物質……、そういうものであれば今回の術式で使用にたるぐらいの魔力の蓄積は可能じゃろうて。
素材はなんでも構わん。その辺りに転がっている石ころなぞではいかんがの。
宝石や、金属、純度の高い物質であれば……」
絵里紗の長台詞が終わるのを首を長くして待っていた近藤が、
「なるほど! ここに書いてあることと同じだ!
輝石の入手が困難な場合は、魔力を帯びた血液に数日浸した宝石や、金属片を代わりに使うことができると書いてある!
素晴らしい!」
「いや、近藤先生……。
その魔力を帯びた血液に数日浸した物質っていうのの入手が難しいんじゃ……」
と薫が冷静な感想を漏らす。
絵里紗も、
「今から拵えても間に合わんじゃろうて」
と慎重派だった。
さらに絵里紗は、
「それにな、先に断っておくが……、
準備が全て……仮に整ったとしても、
儂が術式を執り行うかどうかは約束できんぞ?
魔族の身体で魔界で行うならいざしらず。
人間の身体、人間界での術式じゃ。
儂の命と引き換えになるじゃろうて……」
絵里紗の言い方には悲壮感が漂っていた。
彼女だって唄音を救いたい。
そのために、様々な困難、ハードルを乗り越えようとしているのだ。
だが、そのために自らを犠牲にする……それほどまでの覚悟は未だ無いのだった。
薫だってそうだ。唄音の命は尊い。ましてや薫は自らをロリコンだと公言している。
だが、絵里紗の命と唄音の命は秤に掛けられない。
ベクトルが違うのだ。薫は唄音にも萌えるし、絵里紗にも欲情するのだ(本人談)。
近藤だってそうだ。
一人の医師として唄音の命は救いたい。だが、絵里紗だって患者の一人だ。
それに、ロリ親父を自認する近藤からすれば、絵里紗も唄音も大事なロリ患者なのだ。
三者三様。
しかし、今彼らにできること。それだけに意識を集中して対策会議は続く。