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余命-15

「お前にならできるだろう? 絵里紗。


 唄音の命を救うことが?


 魔界の王たるお前の能力で!?」


 近藤は言った。前話のラストの台詞と微妙に違っちゃってるのはよくあることである。

 ぴゅーっと拭くジャガーさんでもよくあったギャグだ。あとボボボボボーボーボでも。

 連載漫画なんて、先週の話を書き終えて、さあ今週の話を描こう! と思った時に、やっぱり前回の台詞はなんか違うな~。ちょっと変えとこう。どうせ誰も覚えてやしない。一週間前のことだし。

 週刊誌なんてすぐにちり紙交換だし、単行本掲載の時に治せばいいやって。


 軽い気持ち、出来心で、行う作者もいれば、ギャグとしておこなうものもいる。今回は前者です。




 絵里紗えりざは答えた。


「悪いが、今の儂に……、


 人間としてのひ弱な身躯からだに転生した儂には、冥界の下っ端である死神にすら対抗する術を持ち合わせておらん。


 ただでさえここは人間界。魔族の能力を発揮しにくいところなのじゃ。


 良くて相打ち、悪ければ犬死いぬじにじゃろうて」


「だけど……、このままじゃ唄音ちゃんが……」


 かおるが言うと、


かおるは儂に死ねと申すのか? 儂の命と引き換えに唄音を救えと申すのか!?

 薫はそれでよいのか!? 儂なんかの命……、所詮しょせん魔族の儂などは、お前たちからすれば、人間の命より価値が軽いと言うのじゃな!


 薫にとっての儂の存在意義かちなどその程度なのじゃな!


 近藤も近藤じゃて! 患者の命を救うことは、それはお前の使命かもしれん。


 じゃが、儂じゃってお前の患者じゃぞ!」


 絵里紗は感情をあらわにすると、枕を薫に投げつけ、それから、薫のベッドに行って薫の枕を近藤に投げつけて、それから布団にもぐりこんでしまった。


 ねてしまった。


 その際のドタバタで、薫の点滴が外れてしまったため、慌てて近藤がケアして、点滴を刺しなおして、薫は事なきを得た。あと二秒、点滴を刺しなおすのが送れていたら危ないところだった。


 齢数百万歳を超える絵里紗であるが、人間の肉体に憑依してからというもの、精神年齢は低下している。


 今の絵里紗は近藤という医師にほのかな憧れを抱いたり、同室の同じような境遇の少年――薫――に対して、憐みよりも同類としての愛情を感じて恋愛感情に発展させてしまいそうな多感たかんな15歳の少女そのものだった。


 部屋には静寂が訪れた。


 どれほど三人で押し黙っていただろう。実質15秒くらいである。


 絵里紗が、ぽつりと漏らした。布団の中から。


「方法が無いわけじゃない……」


 しかし、声が小さすぎて、薫にも近藤にも聞こえなかった。


 聞こえなかったから、薫も近藤も反応しなかった。


 部屋には静寂が訪れた。


「方法が無いわけじゃないんじゃ!」


 今度は絵里紗は多少、声をあらたげた。


 しかし、分厚い布団に阻まれて、その声は、薫にも近藤にも届かなかった。


 届かなかったから、薫も近藤も黙って絵里紗――絵里紗がかぶった布団――を見つめていた。


 部屋には静寂が訪れた。


「方法が無いわけじゃないと言っておろうが!」


 絵里紗は叫んだ。が、唇や口の中が渇いており、


 薫には、


「放浪はナイロビでジャマイカに行ってクルーズ!」


 と聞こえ、


 近藤には、


「本当はマイアミじゃないの、リッチモンド!」


 と聞こえたので、何のことかわからなかったので黙っていた。


 仕方なく、絵里紗は、ベッド脇にあるテーブルからメモと、ペンを取りあげて、布団の中でむせび泣きながら、書き綴った。


『方法は無いわけじゃない』


 それによって、絵里紗と薫たちの筆談が始まった。


 まどろっこしいので、やり取りを簡潔にここに記す。


『方法は無いわけじゃない』

『ほんとうか? (近藤)』

『だが、条件は厳しい』

『しかし他に打つ手はない(近藤)』

『それはわかっておる』

『どうすればいいんだ? (薫)』

『冥界に対しての結界を張る』

『結界? (近藤)』

『そうだ、結界じゃ』

『どうすればいい?(近藤)』

『いくつかそろえてもらうものがある』

『よし、わかった(近藤)』

『なあ、まどろっこしいやりとりはやめて普通に話さんか?』

『それは構わない(近藤)』

『だから、筆談でのやりとりはやめにしようと言っておるのじゃ』

『ああ、わかった(薫)』


「儂の力が本調子であれば、死神の一匹や二匹、始末することは容易い。


 じゃが、今となってはそれはかなわん。


 それでも、唄音の元から死神を遠ざけることぐらいはできるかもしれん」


「方法は絵里紗に任せる。どうせ僕たち医師にはもうできることはないんだ」


 近藤は希望の光が灯った視線を絵里紗に向けた。


 だが、絵里紗の顔は曇った。


「成功率はも一割もないのじゃぞ?」


「だけど、それに賭けるしかないだろう。詳しく教えてくれ!?」


 と近藤。


「方法は無いわけじゃない。じゃが、絶対的に魔力が足りない。


 それに、アイテムが必要じゃ。それもそんなに都合よく入手できるかどうか……」


「だけど、それに賭けるしかないだろう。詳しく教えてくれ!?」


 と、近藤。


「方法は無いわけじゃない。じゃが、術式自体うろ覚えなのじゃ。


 まずは、それをなんとかせねば……」


「だけど、それに賭けるしかないだろう。詳しく教えてくれ!?」


 と、近藤。


 そこで、薫が、


「二人とも、いい加減に話を進めろよ!


 まとめるぞ!


 方法はある。


 成功率は低い。


 魔力が足りない。


 準備物、必須アイテムの入手が難しい。


 術式がうろ覚え。


 以上でいいか? いいんだな?」


 絵里紗は、


「ああ」


 と頷いた。


「うだうだ言ってても仕方ねえ!


 問題点はひとつずつ解決していけばいい!」


 頼もしいぞ、薫。


「まずは術式だが……、絵里紗はその結界を張ったことはあるのか?」


 リーダーシップをいかんなく発揮しだした薫の問いに、絵里紗が、


「遠い昔に一度だけな。あの時は魔界じゃった。


 結界を張るには六芒星、魔力を帯びた6つの支柱が必要じゃ。


 幸い、儂の居城の周囲には六芒星を為す位置に六本の守護の塔が立っておったから、あの時は何の下準備も必要なかった。


 ちなみに、あの時は、冥界の死神が冥界新聞の購読をやたらと勧めてきおっての。


 毎日毎日勧誘じゃ。セールスの嵐じゃった。


 それがうっとおしくての。


 始めはやんわり断っておったのじゃ。うちは新聞は間に合ってますよ。魔界日報と魔王経済新聞を読んでるから冥界新聞は読みませんとな。冥界専門誌である、デイリーインフェルノなんて、それこそ必要ありませんよとな。


 しかし、それでへこたれるような死神ではなかったのじゃ。


 やつらはしつこい。


 洗濯洗剤や、プロ野球の観戦チケットなど、ありとあらゆるサービスの品で攻めたててくるのじゃ。


 今なら三ヵ月無料などという甘い言葉を掛けられた時なぞ、ほんとうにやばかった。


 さすがの儂も危うく契約してしまうところじゃった。


 そこで思いついたのが、死神しにがみばらいの結界じゃ。冥界由来の存在の侵入を阻む結界を張れば、下級種族である死神ごときに破られることはない。


 冥界でも中級種族などであれば、通用せん子供だましの結界じゃが、まさか顧客を一人増やすためだけに、わざわざ上のものが訪れることもあるまいて。


 それで、儂は、いらん新聞を購読してしまうという危機をなんとか脱したのじゃ」


 緊迫した場面で長々といらない新聞事情を語る絵里紗を制しなかったのは、薫も近藤もちょっとだけ、冥界新聞の中身に興味を惹かれてしまったからなのだった。

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