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余命-14

「そんなことより、、唄音が……唄音が危ないんだ!」


 大事なことなので、近藤は話またぎで二度言いました。週刊連載漫画とかでよくあるやつです。

 先週の最後のコマと今週の最初のコマがほとんど同じで、今週のを読む人が一気に先週のラストを思い出して、すっと今週のお話に入って行けるという工夫です。


 絵里紗えりざは、不機嫌そうに、


「医者は……、唄音の担当医はお前ではないか? なら、唄音をてやるのはお前の仕事じゃろうて」


 と突き放す。


「そーだよねー」


 とかおるも同調する。この軽さ、尋常ではない。


 しかし、彼らの心中は実際のところおだやかではない。


 人の死など慣れたもの。自らの余命についてすら達観たっかんしている絵里紗と薫だが、唄音のこととなると話は別だ。


 唄音は皆に愛されている。


 近藤からも、絵里紗からも、薫からも、白川さんからも、安藤さんからも、橘さんからも、権藤婦長からも、文香あやかちゃんからも、彩乃さやのちゃんからも、椿姫つばきちゃんからも、唄音うたねちゃんからも、黒崎からも、キラ君からも、もちろん間宮先生からも。

 先日お亡くなりになった武田さんからも。

 死神からすら。


 絵里紗は下唇を噛みしめすぎて、唇から血がにじんでいるし、薫は固く握りしめた拳が、掌に爪が食い込むほどで、これまた出血している。


 外見上は平静を装っているが、動揺は隠せない。


「ダメなんだ……、手術おぺ、投薬、点滴、祈祷、おまじない……、医者としてできることは全て試した……、あろうことかこの僕と黒崎とで協力してまでもだ!!」


 近藤先生と黒崎先生は仲が悪い。壊滅的に。その二人――病院内でも1、2を争う医療技術、知識の持ち主で、世界レベルで見ても上位に入ると思われる――が、手を尽くしたのであれば、もはや打つ手なしという状況にも納得はできる。


 納得はできるが……。


「…………」絵里紗は黙り込んだ。

「…………」薫も黙り込んだ。


「病状は大したことはないんだ。そのはずだ。薬のおかげで抑えられている……。

 だけど……、生命力のようなものが足りていない。

 こんなことを言うのは医者として失格だけど……、

 医学ではどうしようもない事態に陥っているようなんだ。


 だから……、だから、絵里紗に……」


 絵里紗は黙って目を閉じた。どこかに意識を集中させる。周囲の気配を読んでいるともいえる。


「これをやると寿命が縮まるんじゃがの……」


 と漏らしながら、


「近藤……、おぬしの認識は正しい。唄音のやつが苦しんでおるのは、なにも病気のせいだけではない」


「そうだろう? だから……」


 懇願するような目を向ける近藤に向って絵里紗は冷たく言い放つ。


「じゃからといって儂にできることはない。


 唄音は……、唄音は死神インフェルナルリーパーに目を付けられよった……」


 そこで、近藤の目に輝きが戻る。


「そうだろう! だから、絵里紗の守備範囲じゃないか!?


 絵里紗の力で唄音を救ってやってくれ!


 唄音は……、彼女の魂は…………」


 近藤が何を言おうとしているのか絵里紗は察したようだ。

 後を引き継ぐ。


「心配はしておった。用心もしておった。できる範囲でじゃがの。


 唄音の魂は輝きすぎておる。清らかすぎると言っても良い。


 第二次性徴前の女子の恋心……、それが冥界にとって一番魂の価値を高める寄り代……。得難い宝玉。


 唄音の恋愛力は大したものじゃ。あいつはシャイじゃから表には出さんがの。


 それでも、清らかな恋心は自然と伝わってくるもんじゃ。


 透き通るように素直で、そして何よりも強く、硬い。


 できるだけ、恋心をはぐくまんように努力はしておったようじゃが……」


 とそこで、絵里紗は薫を見た。近藤も薫を見た。


「何故そこで俺を見る?」


 薫は絵里紗にだけ向けて言った。だがその言葉は近藤にも同じように向けられていたのだろう。ただ、目上で年上で担当医である近藤には直接言いづらかっただけだ。

 絵里紗も一応目上で年上だが、担当医ではない。


 この業界――病人業界、あるいは入院患者業界――では、担当医に逆らうのが一番後を引いて怖い。


 例えば、レストラン――あるいは海賊船――でコックに嫌われると食事に剃刀を入れられたりするのだが(某有名海賊王に俺はなる作品参照)、医者に悪意を向けられると点滴に、死にはしないが極度に苦しむ薬品的な液体を入れられたりという嫌がらせが流行ったり、そんなことをしたら医療ミスとして医者生命が絶たれたり、それでも権力のある病院に勤務する医師だと、お金やいろいろな力でもみ消しができたりするのだ。


 もちろん近藤はそんな悪徳医師ではない。が、念には念を入れて薫は近藤には、大人しく従う方向で生きている。生きながらえている。


 絵里紗は薫に向けて言った。悟りを開いたかのような落ち着いた表情で。


「気づいておったのじゃろう? 唄音からの、お前への想い*?


 じゃから、お前はいつも唄音の前では道化を演じ、唄音からの想いが増幅ぞうふくせんようにしておったじゃろう?


 これ以上唄音がお前にホの字にならんように……。


 儂だって、唄音の気を少しでも惹こうと努力はしたが……。


 だめじゃった。


 唄音の薫に対する気持ちは曲げることは敵わんかった」


「そうか、やはりそういうことか!


 ここに書いてあるとおりだ!


 第二次性徴前の少女からの第二次性徴期、つまり思春期真っただ中の少年へ向かう恋心が、予備動作なしで消滅する時……、冥界に多大なエネルギーがもたらされると!」


 近藤はどこからか取り出した分厚い古文書を読みながら応じたが、その古文書についてはここでは触れない。


「普通は恋心など自然に消滅するもんじゃて。

 徐々に薄まり、そして消えていく。あるいは、少女が二次性徴を終えてしまう。


 それでは、冥界にとっての利益にはならん。

 奴らを利するためには、二次性徴前の少女の魂を冥界に持ち帰る必要があるんじゃて。

 予備動作なしというのはそういうことじゃ。前兆なく消滅させるためには、恋心の持ち主の命を絶つしかあるまい。

 仮に薫が死んでも、恋心は即座に失われずに、徐々に薄くなっていくもんじゃからのう。


 尽きかけようとしている命。唄音のピュアで尊い想い、ロリで唄音の愛を受け入れてしまいかねない思春期の薫。条件が全て揃ってしもうた。


 それに、このエリアの死神……。

 ひょっとしたら待っておったのかもな。唄音の魂が、恋心が熟すのを。

 

 武田が自らを犠牲にしてを繋いでくれたと思っておったが、案外気の長い奴じゃったのかもしれん。


 とにかく、現状ではできることはそうない。


 死神にとっての魅力を失くすために、唄音の薫に対する愛情を失くす……、

 これは、危篤状態に陥っている今の状況では不可能に近い。


 他に何ができる? 近藤?


 おぬしはその分厚い本をたずさえて、儂に何を求めてやってきたのじゃ?」


「…………」


 近藤の沈黙。

 替わりに薫が、


「そんな……、唄音ちゃんがそこまで俺のことを想ってくれていたなんて……。


 だけど……俺はどうしたらいいんだ!?


 ロリコンのそしりを受けることを覚悟で、唄音ちゃんの想いを受け入れるべきなのか?

 そこに、肉体的関係は生まれるのか? 何年も待たなければならないのではっ!?



 

 だけど……、俺が一番愛しているのは唄音ちゃんには悪いが絵里紗なんだっ!


 俺は、俺は絵里紗を愛している! 絵里紗を甲子園に連れていくんだ! 世界中の誰よりも!


 絵里紗愛している! 俺の、俺の手で抱きしめさせてくれ!


 もっと、強く、強く抱きしめたら、他に何も佐々木のぞみ以外はいらない!


 季節はまた変わりゆくけど……、変わらない二人だけで居てくれ!」


 と、中盤はあ○ち充の名作ラブコメの双子の兄っぽく、中盤は1993年代に一世を風靡したWANDSの代表曲の1つであり最大のヒット曲、『もっと強く抱きしめた奈良』の歌詞に載せて絵里紗への愛を叫んだ――このふたつがチョイスされたのは世界中の誰よりも繋がりです。念のため――が、気を取り直した近藤に、


「ちょっと、薫くんは黙っててくれ」


 と注意されて、やり場のないリビドーを抑え込むのに必死こいた。


 なお、先述の薫の証言――絵里紗への想い――が真実であるか否かは、三人称担当のこの私ですらわからない。




 今話の冒頭で回またぎの、連続同じ台詞という、連載作品にとっての常套手段を取った近藤が、またもその技量を発揮する。


 発現するのは『ヒキ』という奴である。『ヒキ』とは『 次回に気を持たせる手法のこと』(ヒキで検索して上位にヒットしたとあるブログ参照)。『引き』とも。


 麻雀やギャンブル系の用語ではないのでご注意を。


 近藤の引き。それは、絵里紗の隠された――というか、今まで語られてこなかった――能力についてほのかに触れることだった。


「あるんだろう? 絵里紗。唄音の命を救う、魔界の技法が?


 魔王であるお前にしかできない秘術が……?」

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