余命-13
■■■過去回想シーン5~はじめ■■■
魔王城。魔王の玉座の間。
あたりは、激戦の余波を受け、あちこち破砕している。
一人立ち尽くす勇者。
その傍らには魔王の屍……。
「終わった……。なんとか間に合えば……」
勇者はひとりごちた。
そして勇者は現世に帰還を果す。
その際に魔王の魂もともに、人間界――日本の地方都市――に連れ帰ってしまっていたことなど知る由もなかった……。
■■■過去回想シーン5~おわり■■■
「いや……、やばいぞなもしっ! 魔界を離れてしもうては、魔族の身体が手に入らんではないかっ!
なんじゃっ? 何故? 何故?
これは……勇者の帰るところ? 人間界? いかんっ!
人間界では人間の脆い肉体にしか憑依できないではないか?
何年魔界で君臨しては、滅ぼされてのサイクルを繰り返してきたと思っておるのじゃ!?
それをこんなところで……。
魔王を倒したら、さっさと人間界に戻るなんて……、魔王討伐達成パーティの準備をしている異世界人を敵に回すような行動をとる勇者なんて初めてじゃ。
いや、一人で帰りたもれ……、我の魂を道づれにするでない!!」
またも、うなされる――しかも、はっきりとした聞き取りやすい、かつ長い寝言で――絵里紗を薫が手刀……ではなく、ほっぺたつねつね攻撃によって、揺すり起こす。
揺すり起こすとはつねるのと矛盾しているようだが、つねりながら揺すっている。器用だ。
「さっさと起きやがれ! この野郎!」
「はっ! なんじゃ? またうなされておったのか?」
絵里紗は目を覚まして、我に戻った。
「飯食いながら寝るんじゃねえ! 糸こんにゃくが口からはみ出てるぞ!?」
昼食のメイン料理はすきやき風の肉じゃがだった。すきやきをギャル文字で書くと、『£(≠ゃ(≠』だって。読めないね。
「つい……『うとうと』とな……。午前中は、久しぶりに授業に出て疲れてしもうたからの……」
そうなのだ。珍しく院内学級へ出席したのだった。薫ともども。
「授業って殆ど寝てたじゃねえか!?」
そうである。一時間目は小学生女子と談笑に花を咲かせ、二時間目は爆睡。それが本日の午前中の絵里紗の戦績である。それでもノルマのプリントをやりとげてあるのだから、要領のよさはそれなりというか標準以上なのであろう。
そういう絵里紗であるから、薫の突っ込み的な指摘にも動じずに、
「やるべきことはやっておるからのう」
と応じる。さらに、
「それにつけても薫よ。殊勝なことじゃて」
と話題を転換。
「何がだよ?」
薫の問いに絵里紗は、
「起こし方じゃよ。儂の。様になってきておるではないか?
決して致命的損傷を与えず、健康状態に配慮し、なおかつ、マイルドすぎて起こすのに失敗するという本末転倒にも陥らない。更に言えば、はあはあとエロい行為に及んで、高感度を下げることもしないという。
寝ている儂の胸のひとつも突いているのじゃろう? いつもであれば?
それとも今日も突いたのかの? 右か? 左か? 乳の輪っかのところか?
それとも先端か?
それとも輪っかから先端にかけて満遍なくか?」
絵里紗はそれをされて平気なのであろうか? 中学3年生にしてはビッチの素質がありありと感じられるが、表情は清楚で、実年齢の数百万歳というのは、目付きのいやらしさにそこはかとなくにじみ出ているだけである。にじみ出ているだけだが、それはいやらしさをかもし出しつつ、なにやら楽しげに薫を追及する。
「エロ行為に及んだ覚えは一切ない! 全て未遂! 妄想の範囲だ!
例え、俺の指がお前の胸の先っちょに接近しようとも……、俺は一線を越えない!
残り5mmで停止する。あとは全力で妄想だっ!」
薫は断言するが、『妄想』を繰り広げている時点でやばい。やばい。まじでやばい。まじやばすぎる。
とはいえ、薫のエロ妄想は、地味でとりえといえば勉強だけの薫というキャラを少しでも立たせるための、いわば、いわゆるパフォーマンスなので、彼の人格や態度を疑うことはしないであげてください。
5mmって一歩間違ったら触れちゃうじゃない? とか言わないでやってください。
そんなわけで、今はお昼時間である。病院内に昼食が配られてみながそれを食する時間である。
院内学級は午後に二時間を残しているが、それはランチブレイクを挟んでのこと。
また、昼食摂取により、体調が悪化する生徒(患者)もよくあることなので――病人あるあるの有名なひとつ――、昼食後は少し時間を置いて、看護師さんが来て容態のチェックを受けてから、午後の授業の運びとなる。
本日は、近藤医師は非番で、代わりの担当の黒崎医師は病人への気遣いや健康状態なんて気にしない性質であるため、おそらく、十中八九、わざわざ病室へは来ないだろう。
絵里紗と薫はランチブレイクの後、勤務している看護師の誰かに検温やら血圧やら、いろいろ推し量られて、午後の授業への参加の可否を決定されるはずである。
そのはずであったのだが……、
「絵里紗はいるか!?」
飛び込んで来たのは非番のはずの近藤先生だった。
「どうした近藤? 今日は非番ではなかったか?」
絵里紗が訊ねた。
「お前ら! 絵里紗も薫も午前中はひだまり教室へ行ったそうだな?
自分の病状がわかってるのか? 何故にそんなに死に急ぐ?」
近藤は答えたが――それにしても、たかだかひだまり教室へ行くだけで死に急ぎとは大げさのようだが、実際のところ、当たらずとも遠からずというところである――、即座に首を振り、
「そんなことより、、唄音が……唄音が危ないんだ!」
と、いつになく真面目な表情で訴えかけた。
唄音は近藤のお気に入りの一人だ。
近藤は、病人をよく差別する。死期が遠い、あるいは死ぬ可能性の少ない病人は大嫌いだ。あんまり真面目に診察しないし、薬も適当に処方する。
たまに、聴診器で心音を聞く振りをしながら、耳に刺さっているのはウォークマンのイヤホンだったりする。 近藤も、外国製品がちょっとだけ嫌いなので、iPodなどは使わない。
SONY大万歳!! を地で行く医師なのだ。
そんな近藤が好きな病人は、もう死ぬ、これは死ぬ、余命なんてあってなきにしもあらず……にも関わらず、奇跡の復活を遂げたり、運よく最新の治療法が見つかったりして、生き延びる可能性がわずかに残っている患者。
絵里紗と薫ほど、余命が尽きている患者は珍しく、この二人は近藤のお気に入りというよりかは、要観察人物である。
でもって、唄音は……、確かに回復の兆しが見えだしていた。半年生存率が5割を切っていた一年前。
今尚、生き続けている。奇跡の力だ。それに明るく元気である。
近藤のお気に入りの患者なのであった。
その唄音が危篤だという。非番にも関わらず近藤は病院へ飛んできた。大きな翼で……ではない。比ゆ的な意味でだ。
形而上的な、愛車のスポーツカー――ほんとはターボ搭載された軽自動車なのだが――をかっ飛ばしてやってきた。
自動車通勤は原則として禁止されているため、自らのお金を払う覚悟で地下のパーキングに駐車した。
唄音は近藤のお気に入りの患者の一人だ。それも最上級の。
ならば、近藤は唄音のところに駆けつけてしかるべきであるが、何故に絵里紗のところへやってきたのか?
その話は次回へと持ち越そうではないか? いや持越しです。
なお、今回のサブタイトルは「ランチブレイクからの……」でした。