余命-12
■■■過去回想シーン4~はじめ■■■
「そろそろいいだろう?」
勇者が言った。
「なに? 儂の軍門に下るか? 三食昼寝、コスプレ付、ローションの備蓄もたんまりとしておる。
そうか、そうかそうか。儂の提案の魅力にようやく気付いたか!?
それでよい。それでよいのじゃ!
そなたは、近年稀にみる儂のタイプじゃからのぅ。
では、さっそく寝室へ、Let's GO と洒落こもうではないか!」
「ちっがーう! 決着だ!! 俺は勇者としてここに来ている!
お前を倒すために!
お前を撃ち、滅ぼすために!」
「な、なんと! 三食昼寝、おやつは朝の10時と昼の15時の二回で、さらにこんなナイスバディの女子の体を好き勝手に、それも好きな衣装で弄繰り回せるという、そんな好条件を棒に振る馬鹿がおるかっ!
時給か! 時給が物足りんのか! じゃあ、30円アップして、830円にしようではないか!」
「時給の問題でも、シフトの問題……土日はできるだけエンジョイしたいから、平日しか勤務できません……なんて、わがままも言わない!
とにかく、時給もシフトも制服が趣味に合わないのも、三食が三食ともファーストフードで高カロリーで栄養面に不安を覚えているからでもない!
俺に……、俺に残された時間は少ないんだ!
だから、今ここで、お前を倒して平和を手に入れる!
異世界の人々に安心を届ける!」
「残された時間が少ないなんて初耳じゃぞ?
後付け設定のそしりを受けるぞ!?
一緒になってだらだらと小手先で小手調べをしておったくせに……。
ちょ、待て、そのオーラ量……、本気、本気ではないか……。
勇者の底力ではないかっ! そんな……。
そんな攻撃を食らえば……、儂の体は消滅して、魂だけは残るが、また新たな体を探して何百年もさまよい続けなければならなくなるではないか!
正直ここまで育つのにはえらく時間がかかるのじゃぞ!
散り散りになった部下たちを組織するのも面倒じゃし、魔王城だってそれだけの年数が経てば、経年劣化で補習も大変なのじゃぞ?
いやまあ、そういう苦労を繰り返して、相も変わらずまた、勇者がやってきて……。
もう嫌じゃ! もう儂はいやじゃ!
世界征服が望み! そのためにはまずは魔界の制覇が望み!
それが儂の使命。
じゃが……、どうしてこうも頭の固い勇者ばかりなのじゃ!
一緒に君臨してもよかろう?
いや、待て! 早まるな!
わかった、勇者よ、話し合おう!
話し合おうではないかっ!」
身の危険を感じてわめき散らす魔王だったが、
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
と、突然ヒーロー度を増した勇者が、必殺の一撃の準備態勢に入った。
あたりは閃光と轟音で埋め尽くされ、ここに今次の勇者対魔王の戦いの終止符が打たれようとしていた。
■■■過去回想シーン4~おわり■■■
「840円、いや……はっぴゃくよんじゅうごえん……、夜の22時以降は25%アップで、どうじゃ? 休日シフトは……」
絵里紗は転寝中だった。もちろん今は授業中。
寛大な間宮先生の温情処置によって、そっと寝かされ続けている。それは絵里紗が本日の課題を早々に片づけたからでもあるのだが。
だが、薫は違う。彼の優しさである。
機嫌よく寝ているなら起こさない。だが、うなされている。明らかに。
寝言の中身と口調、表情からそれがわかる。
だから、薫は隣の席でうんうん唸りながら涎を垂らして悪夢に憑りつかれている絵里紗の脇腹に手刀をねじこんだ。
薫の指先は光速度に迫った。
たまらず、
「うげぼぉ……」
と小さく悲鳴を挙げる絵里紗。
しばらく苦痛に悶絶していた絵里紗だったが、
「何をするっ! 薫! 五臓六腑に染み渡るところではないかっ!
儂の儚い心臓が鼓動を止めそうになったではないかっ!
危うく吐血すべきところじゃったではないかっ!」
「俺が突いたのは脾臓だけだ!
心臓になんてダメージは伝わらないように加減した!
吐血はお前の専売特許だろう! 何をいまさら……。
いや、うなされてたからさ……。
いつもの夢か?」
薫は、的確に2,3のボケに対応してから、絵里紗に問いかけた。
「うむ、いつもの夢である。
時系列に見ておるのである。もはやわが命尽きようとしているクライマックスだったのである」
「お前も大変だなあ。甦るたびに……」
薫の台詞の語尾に省略されているのは、蘇るたびに、いちいち勇者が降臨して倒される魔王の理不尽な命運への同情的感情。
「それが魔王たる儂の存在意義であるからな。
しかし、儂の脳は偉大で記憶力抜群じゃが、夢にみるのは直近の勇者に討たれたエピソードぐらいじゃ。
それぐらいならまだなんとか耐えられよう。なにせ、今までの人生で何千、何万という勇者に負け続けておるのじゃから。
あと、儂の心臓はお前が想っておるよりも虚弱じゃぞ?
こないだなんか、バリウムが喉に詰まったショックで停止しかけたわい」
「造影検査も命がけか……」
薫が気の毒そうに呟いた。薫はバリウムが好物なので、レントゲンは大好きだ。
絵里紗が、検査のたびに死の淵に片足を懸けながらバリウムを飲むのと対照的だ。
「で、何のようなのじゃ? わからんところでもあったのか?
ほれ見せてみい、儂が教えてやる」
「お前に教えて貰うほど落ちぶれてねえよ」
そういうことである。絵里紗は本来中3。だが、去年一年は勉強どころの病状ではなかったため、今現在ハイスピードで中2のカリキュラムを消化していっている最中であった。
院内学級に参加できなくても地道に病室でプリントをこなして、さっさと本来の中3の課題に追いつこうと努力している。
おそらくテストなどをすれば良い点を残すのであろうが、いかんせん習ってもいない中3以降の内容は歯が立たない。
人生経験は豊富な絵里紗であるが、人間界の学習指導要領――文部科学省が告示する教育課程の基準――に触れるのはこれが初めてなので仕方ない。
でもって、薫は前にも述べたが、天才児なのである。しかも努力型なのである。国立大学――それも難関の――に合格するぐらいの学力は備わっている。中2である。絵里紗より年下だったのである。一学年。
薫は42度の熱までなら、赤本――大学の学部別の過去の入試問題集の通称――は離さないで、コツコツ過去問を解くぐらいの頑張り屋さんだ。
熱が42度を超えるとさすがに問題を解くことはできなくなるというか意識というか命が危ないが、それでも赤本を離さないことでも有名だ。
熱にうなされながらもキャラづくりのための、エロい言動が目立つが、本当に命に係わるときには、歴史の年号の暗誦や、数学的公式なんかを口走るぐらいのいかした奴だ。
とにかく、学力的には超エリート。病院から出ることが叶わないため、進学については白紙だが。
「ほら、絵里紗。薫くんの邪魔しないであげて」
間宮先生から軽い注意が入った。間宮先生は銃砲刀剣類所持等取締法違反ぎりぎりの刃渡りを持つアーミーナイフの刀身をお日様の光にかざして輝きを楽しみながらの指摘である。
こうして、当たり障りのない二時間目がなんのストーリー展開も見せぬまま過ぎて行った。
なお、今回のサブタイトルは「ひきつづき授業風景」でした。




