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余命-1

作者は決して病人様、患者様等を貶める意図を持って書いていませんが、不快に感じる方がおられるであろうことは十分に理解しているつもりです。

その辺りをご理解いただける方のみお読みくださることを願います。



「闇の巣窟そうくつつどいし、我が眷属けんぞくよ!

 今こそ、ここに、世界を! この世界を我の手中に収めんとし……」


 冒頭から、台詞は大仰おおぎょうだが、それを口にしている当の本人は寝間着姿。パジャマでベッドに横たわる――上半身はかろうじて起こしているが……――薄倖の美少女。

 彼女の名は、襟巻えりまき絵里紗えりざ。本人曰く、この日本という東方の島国に転生した異世界の魔王である。

 魔王としての風格は……、一切ない。長く伸びたストレートの黒髪と日本人としては整った顔立ち。切れ長で眼光鋭いと言えなくもない目つきと高く整った鼻筋は、美しさを醸し出しているが、少しコケ気味の頬と、目の下に出来かけているくまが、病弱さを前面に押し出してしまっている。


「いやいや……、闇の巣窟でも何でもねえしっ! 俺はお前の眷属でもなんでもねえしっ! 我が手中に収めようなんて言いながら、完全に病人だしっ!」


 と突っ込みを入れたのは、相方あいかた小比券巻こひるいまきかおる。男子中学生である。ごく普通の外見であるので説明は省略。絵里紗と同じくパジャマ姿の病人であるということだけは記載しておく。あと、点滴まみれだ。

 年齢的には中二――厨二ともいう――の真っただ中に位置する彼ではあるが、内面的には成熟し、精神年齢は成人並み。それでいて、愛想よく、絵里紗のボケにわざわざコメントを差し挟むのは彼の大人びた心づかいの現れ、発露の結果なのである。




 ここはとある地方都市、末矢代まつやしろ市。どこの県かはあえて触れない。とにかく地方の一市町村のひとつ。そこにある市民病院的なところの、小児病棟しょうにびょうとう。そこの一室。


 部屋の住人は二名。絵里紗と薫。男女同室ではあるが、仕切りのカーテンもあることだし、病棟に中学生は二名。いろいろな事情と都合が相まっての部屋割りなのであった。




「何をっ! 我は、魔王ぞ! 混沌こんとんの申し子であるぞっ! 世界征服の第一歩。手始めにこの病室を我が居城として陥落させたのじゃっ! 次なる野望は院内学級の中学部であるが、それももはや目前っ! 風前のともしびである。なれば、徐々にステップアップし、院内学級の小学部を我が軍門に下らせた後、一気に世界を手にするために……」

 

 絵里紗が熱弁を振るうが、可読性的な問題の観点から省略しているのだが、実はこの長台詞、途中で何度も咳き込みながら、詰まりながらの演説なのである。

 絵里紗は気管支に問題を抱えている。否、気管支だけの問題ではなく、風前之灯であるのは彼女の命のほうなのだが……。


 ちなみに、先ほどの彼女の発言をできる限り正確に文字に書き起こすと、


「ゴホっ! ゴホっ! 何を……、ゴホ……ゲホッ! 我は……ケホケホッ ま、ゴホ、ゲボォ! 魔王ぞ! 混沌の申し……ゲホゲホッ! 子であるぞっ! …………」


 となって非常に読みにくい上に無駄に字数を消費するのである。なので気管支の問題から来る彼女のむせっぷりについては省略しております故、ご理解いただきたく。



「段取りが滅茶苦茶だぞ! それに俺はお前の軍門に下った覚えは無い! お前の領土は、この病室のきっかり半分、そっからそこまでのエリアだけだ。後は俺のプライベート空間なんだからな!」


「一昨日譲ってやったデザートのプリンの一件、忘れたわけではなかろう?」


 絵里紗が持ち出したのは夕食――気管支に問題を抱えた彼女であるが、食事制限は受けていないので一般的な病院食――で出たプリンについて。


「儂は、今日はプリンを食する気分ではない、薫さえよければ譲ってやるが?」


 と絵里紗が持ちかけ、薫が、


「そんならありがたく貰っとくけど……」


 というやり取りがあって、薫がすっかりプリンを平らげた後に、


「言い忘れておったが、そのプリン、闇の契約のプリンぞ! それをそなたに譲る代わりに、おぬしは我に、この魔王エリザに忠誠を誓い、君主としてあがめ奉るのじゃぞ!」

 

「食ってから言うんじゃねえ! そんな条件があるなら貰ってない! 契約不履行だ!」

「現に、薫はプリンを食したではないか? 今さらそれはなかろう」


「聞いてなかったからだ!」


「しかし、契約は契約だ。手始めにこの病室は全て我が領土とする。まあ、我の軍門に下るのであれば、領土の半分、すなわちお前のベッドが置かれている側は、薫に使用権を貸与してやってもよいがな」


「看護師さ~ん! 婦長さ~ん! ちょっと同室の病人が横暴なんですけど~!!」


「ああ、薫~、ナースを呼ぶのは卑怯であるぞ! あまつさえ婦長さんなどと……、やめろ! ナースコールに手をかけるではない! そんな! こんな些末なことでナースをコールしてしまえば、いざというときに、301号室の病人は気軽にナースを呼びつけやがる! あいつらのナースコールは緊急性に乏しいと認定され、いざというときにナース様が駆けつけてくれなくなるではないか!!」


「知るか! お前がそんな横柄な態度を取るなら俺は、断じてこのナースコールを押す! 余命幾ばくもない俺に出来る唯一の行動! それは勇気をもって看護師さんを呼びつけることだけだ! ブレーキなんて壊れてるんだ!」


 とかなんとかいうやり取りがあって、結局話はうやむやになったのだが――薫は結局ナースコールは押さなかった。なぜなら、それをすると絵里紗ともども薫も看護師さんに、運が悪ければ怖い婦長さんにこっぴどく叱られるからだ。看護師さんは忙しいのだ――、それ以来、絵里紗は薫を配下に治め、病室に君臨しているという態度を取っているのだった。


 尚、時勢を踏まえて、看護婦という言葉を使用せずに、看護師と表記させていただいておりますが、実際に病棟で勤務しているのは全て女性です。あと婦長っていうのは、正確には看護師長というのが正式名称で略称は師長らしいのですが、そうすると雰囲気が出ないので今後、婦長という言葉を使用させていただくことのご理解とご協力を要請いたします。


 なんだかんだで仲良く――そして楽しげに――やっている二人、絵里紗と薫ですが、ともに不治の病に侵されております。努々(ゆめゆめ)お忘れなきよう……。

なお、今回のサブタイトルは「魔王の居る夕べ」でした。

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