六
眠たいな、やけに。
ここはどこだろう? いやというか、目がなくないか。私の目。
体の感覚ないし。ああそうかやっぱり死んだんだ。
うそ、まじか。庇うなんて、何であんなこと。やばい落ち込んできた。
まあでも仕方ないか、あの時は桜のことで鬱みたいになってたから、変な行動してもおかしくない。
仕方ないな、死んだのは。
フワリフワリ、ふと体の周りに軽やかな熱気を感じた。うん? そう思っているときだった。
車輪の、音が聞こえる。車輪だとはわかるのだけど、何故かその音はカタカタカタと機械のような音色を奏であげる。カタカタカタカタ近づいてくるのが分かる。その音は豪快なんだけども、そうとしか例えられない音だ。
熱気と冷気が体のない私に直に触れた。
怨恨の音が聞こえる。
唸るような獣のような、うぎゃうぎゃとそういう声があふれてくる。背筋から這い上がるような、絶望。さすような怨恨。
ギシリ、横で音を立てて車輪は止まった。これは。
これは。
嫌な予感。違う。胸が苦しくなる予感ではなく確信、これは火車だ。
私を地獄に連れて行くための、火の車だ。体が焼ける、違う、魂が焼けている。
恐怖。生半可な恐怖ではない。
なんで私が、と思う。良いことはしてないが、別に悪いことをした覚えはない。
意味不明だ。分けが分からない。
逃げ出そうとするが、魂だけの逃げ方が分からない。
うん、どうしようか。
地獄に思いを馳せつつ、絶望に心を震わせていると、自分の魂が浮くのが分かった。
今までいたところが無色の空間とするなら、黒い空間に放り出される。
摘まれるような感覚があった。やばい、今火車の中にいる。
地獄への道。文字通り私はそれを現実で経験しているらしい。
私が好きな小説でもなんでもなく、現実。
何が何でも逃げなくては。
しかし、それは当たり前のように叶えられない。
もみくちゃにされる。回りには大量の魂が詰まっていて、ギシリと軋みをあげそうなくらい、ギチギチだ。
そして周りに触れる感覚とともに、嫌な感じ、どことなく侵食されていっている感じがする。
その嫌悪感で思考が定まらない。ただ、ここで意識を失えば、終わりだということは分かる。
確実に、終わる。
自分を保て。桜と暮らしていたときのストレスに比べればなんでもない。
そして、周りに意識を集中させる。こちらから侵食していく、少し自分に意識を集中すれば意外と出来ないこともなかった。
そうして、安定状態になったものの、これからどうすれば良いのか、どうなるのかいまいちよく分からない。
そうして、私は突然意識を失った。
『お前の名前は、大月 ヒカルであっているか』
中世的な声が聞こえる。どちらかというと男の声に聞こえる。しかし、そう思った瞬間には女の声に聞こえる。本当に中間のような声だった。
そうですけど。
『……ふうん、自我があるのか、やはり相当だな』
あります。すみません私は、地獄へ行かなければ行けないんですか?
『無論。当たり前だろ、もしかして罪の意識すらないのか?』
ないですよ。というか私はあまり悪いことをした記憶はないんですけど。
『そうだろうな。まあいい。お前は今からお前が言う地獄へやらと送られる』
ちょっと待ってください。納得できません。説明してくれないんですか?
『思い上がりが甚だしいな人間』
思い上がりとかではありません。普通の話です。
『運命だよ、大月 ヒカル。お前は規定を犯した。重要のをな』
規定?
『お前がいた世界は比較的自由だが、分岐点の人間に関しては非常に狭量なんだよ。その人間にいたるまでの多くの道筋は必ず干渉が入っている。
まあいい。説明してやろう。
お前はこの世界の人間の上位者の運命を捻じ曲げた。7もの数を。
まず妹の大月 桜とその夫になるはずだった御堂 透。この二人自体もかなりの重要人物なんだが、問題は……二人の子供だ』
子供? 結婚するんだ?
複雑な心境でそう質問すると、向こうで苦虫を噛み潰したような気配を感じた。目の前の人? はやけに人間らしい。
貴方って閻魔、様なんですか。
『関係ないだろう。黙れ。余計な質問はするな。この子供は間違いなく傑物に、この世界の救世主になるはずだった。人を殺す、ただ効率的に、しかしその上で平和を目指すそういう人間が生まれるはずだった。だがお前のせいで、この男は生まれず、お前は間接的にだが救われるはずだった10億にも及ぶ人間を殺した』
その人凄すぎだろ。十億人……。私はどうやら無意識にジェノサイドをしていたらしい。
我ながら、酷い。でもまあワザとじゃないから仕方ないか。
『……最低だな。それに、お前の友人二人が自殺したことも響いた』
……そんな! ちょっと、ちょっと待って、その二人って誰ですか?
『イイヅカとムロサキだ』
ああっ、そっかやっぱりその二人が一番先にダメになっちゃうね。そっか、苦しまずに死ねました?
『イイヅカは首吊りが何度か失敗したから、苦しかったんじゃないか』
頭悪かったから。本当に可哀相に。こんなことなら、犯人のこと見捨ていれば、いやあの中学生を見捨てるべきだった。
悲しいな。でも。
やりようがない。私は彼らのことが好きだった。大好きだった。彼らが駄目駄目で、私のことををただ『話を聞いてくれる人』だって無意識に思っていたのを認識してたけど、大好きだったから、一緒にいてもいいなんて思っていて。過去は変えられない。桜が来る前に戻れたらと何度願っても戻れなかったように。
『……これで分かっただろう? そろそろ時間だ。連れて行け』
気配を感じる。誰か私の魂を摘み上げた。自我ともお別れになりそうだ。
しかし、その時不思議名ほどの安らぎが私を包んだ。そして、気がついたら、私は自分の『身体』で立っていた。
美しい新緑の草原だ。風が吹くたび、草の一本一本が光で輝きながら同じ方向にたなびく。何もなかった。あるのは美しい草原と光り輝く空。黄金色の雲が雄大に輝いている。うっすらとした水色の空をちらりと見て、私はゆっくり目の前の少女に顔を向けた。