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 人が一人死ぬ。これがそこまで重いことだと、裕也は初めて知った。


 学校の帰り、部活の友だちと騒ぎながら電車に乗った。


「から揚げ君食べてー」

「お前っから揚げ好きすぎだろ!? 普通に怖ええ」

「黙れ、豚」

「俺も食料!?」

「ニクスキ」

「突如としてロボット言語になるな!」

「騒ぎすぎ、静かにしろよ、また負けただろうがスライムに」

「いやいや弱すぎだろ、てか関係ねえ。バトルもんに操作関係ねえ!! てか普通に戦うで勝てるだろ!!」

「いや逃げる連発してたら」

「スライム相手に逃げんな!! てか逃げられないとかゲーム壊れてるだろ!!」

 5人。仲の良い五人だ。伝統的に変人ばかり集まるバスケ部の五人だった。


 裕也は笑いながら、話に加わって、ほんとこいつら馬鹿だって呆れ果てて。

 そう、こいつらならどんなことだって笑いに変えられると思っていた。

 

 たぶん、そうだったろう。あの少女に会いさえしなければ。






「大月さんのお葬式、家族しかいけないんだって」

 暗い顔で喋る友人から裕也は目をそらした。

 友人の後ろの窓から夕日が当たっていて、友人の表情が陰になっている。

「警察に聞いたのか?」

「ああ、でも無理だってっ!! なあ聞いたか。大月さん苛められてたんだってさ学校で」

 死ねばいいんだ、あの人をあんな人を苛めたやつらなんて。

 陽気な友人は暗い目で呟く。

 裕也は目をそらした。見たくなかった。友人が泥沼に入っていくところを。


 大月 ヒカル。今、一番話題にされてる少女だ。友人たちは憤る。彼女を娯楽のネタにされていることを。


 一週間前、友人たちと俺は電車に乗って、事件に関わった。

 そして4日間眠れなかった。

 毎日夢に見るのだ。

 ある少女が殺される場面を。何度も何度も壊れたテープのように。


「なあ大月さん暴力も振るわれてたんだってさ。信じられるか? 教師も見てみぬふりとか信じられねぇ。


 なあ裕也、大月さんどんな気持ちだったと思う? 色んなやつから裏切られて、それでも信じて、毎日毎日暴力振るわれても、何も言わなくてさ。それで、あんな事件に関わって女子中学生庇って、あのときのあの女の顔を見たか? 全然大月さんに感謝とかしてねぇ目でさ。俺らもそういう一人だったんだよ。あの人幻滅したよ、俺たちに。みんなに。きっとさ、自分以外の人間がそういうものなんだって諦めてた。俺には分かんだよ」


「そんなことないよ」

 搾り出すように言う。友人の目ははるかに遠い。どこに行く気だお前。そう言いそうになる。

 お前『も』自殺でもするきか。


「そうかもな」

 友人は淡く笑う。


「そうかもな、もしかしたら最後までみんな無事でよかったとか思ってるのかもな」

 やめろ、大月、その人と話したことないだろお前。やめろよ、おかしいぞお前。元に戻れよ、なあ。


「今、あの事件に遭遇したら、きっと守れるのに」

 切なそうな泣きそうな顔で唇を歪める。

 無理に決まってんだろ。

 俺らはあの時、動けなかった。何度やろうと俺らは動かない。あのときの俺らは心底怖かったのだ。

 今考えると出来そうだと思うかもしれない。だけどな、無理だよ。

 ナイフと狂人、それに立ち向かう勇気はなかった。


「最低だよな、大月さんの元友達。自殺するくらいなら、やめろよ」

 大月 ヒカル。彼女の話題が長引いたのにはわけがある。


 そりゃ、ショッキングな事件だっていうのは概要を聞いただけでも分かる。

 ある狂人が、電車に乗り込み、ナイフでいたいけな女子中学生を人質に、元上司に恨みを晴らそうとした。そこで現れた女子高校生が、その子の代わりに人質になり、犯人を一生懸命説得して、だけど警察の判断ミスで犯人を混乱させて、それで『事故』で女子高校生は殺された。


 だけどその話は、一時の話題で忘れ去られるはずだった。その女子高校生はすげえ正義感が強くて、自分より年下の子が人質になっているのが可哀相で助けて、殺された。

 きっと友達も多くて、すげえ子なんだなって。

 何も知らないコメンテータが勇気とか意味不明なことを叫んでいた。

 それが一日目。


 彼女が犯人と話していた声、あれがマスコミに流れた。流したのは大学生。

『分からないけど、これはすごく大切なことだと思う。これ流したら警察に捕まったりするのかな?

 でもいいよ。これを伝えなきゃ、ダメだって気いした。

 オレさくずみたいな大学生だよ。馬鹿みたいに生きてた。食事とかさ、そんなことして学校行って。

 なあ聞いてくれよ。こんな事件に遭遇してさ、オレさ初めてすげえなんか圧倒されるような感情に出会った。感情って熱い。わけもなく叫びだしたくなるような。

 ありがとう、ほんとありがとう。

 -----20××年7月19日に起こったあるすげぇ話について-----』

 ある動画サイトに乗せられたそれ。その前文の情熱に引かれた何人かが聞き、呆然とした状態で、広まっていった。


 『もしかしてこれって、あの事件の』と。そして大月さんの声。どことなく想像と違う、それに惹かれた傍観者たち。

 マスコミは敏感にその好奇心を嗅ぎ取った。

 それが3日目。


 衝撃的事実が判明したのは、彼女の学校生活についてだった。

 彼女は酷い苛めにあっていた。肉体的な暴力も受けていた。

 マスコミが学校周辺をうろつき回って、情報収集をした。


 5日目ぐらいだろうか、テレビに絶叫する大月さんの元友人が現れた。それが何人もいた。そいつらは精神的におかしいやつで、テレビごしにでも分かった。

 『私達のせいなのに!! ごめんヒカル、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい』

 あやふやな状況、いくつもの断片的な情報。

 数々の推測が流れた。だけど、誰一人として彼女が本当はどういう人間で、なぜあの時、犯人を助けようと身を挺したのか、皆分かっていなかった。


 そして、今。ある程度事情が明るみに出た。

 彼女の友人たちが、虐めをしていた。それを彼女は止めようとしたが、暴走して手に負えなく、そして最終的に彼女は自分が虐めの主犯格だと仄めかし、友人たちの暴走を止めた、その上で責任を取った。

 彼女は学校では良く分からない存在だと見られていたらしい。

 そりゃそうだ、精神的に不安定なやつらばかり集めて、それで成績も学年で十に入るほどよくて、顔も綺麗で。何したいんだよって思っただろう。


 理解できなかったんだろうな。悲しいことに彼女は誰からも理解されなかった。

 俺だって、すごく切ない。

 友人の気持ちだってわかる。

 この人は最後まで救われなくて、理解されなくて、どんだけ辛かったんだよって。でも、恨まなかったんだろうなって。あんな最低な犯人でも、大月さんは優しくて、最後はたった数十分前に会った犯罪者にまでも、命投げ打った。


 彼女は、本当に『人は大抵酷いですよ』、そう思っていたのだろうか。


 もしそうなら、このセリフを言ったとき、どんな気持ちだったのだろうか。


 

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