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「人は大抵酷いですよ」

 心底本音が出た。彼ら彼女らに私はもう付き合いたくなかった。いつもなら大変だったね、などと嘯くのだが。


「えっ……?」

 キョトンとした声。子供のようだと思った、私よりも3倍ほど生きているにもかかわらず。

 可愛そうに。


「だけど、優しいときがあります。彼らが酷いのは彼らのせいではないんです。自分のことを大切にしようと思うと、酷くなってしまうものなんですよ。

 分かるでしょう。今貴方がしていることがそうです」


 なぜ、刺激しているのだろうか。たけど心がだんだんすっきりしてくる。言いたいこと言うのって気持ちいい。


「貴方にも経験があると思います、自分を投げ打って、人のことを考えた行為をしたことが。たとえば、バスで席を譲るとか」

「それは……」

 凝視してくる黒の目。

「ないですか」

 笑うと、彼の目が揺れた。

「それとか道を譲るとか」

「……ある……」


「そういうことなんです、小さいことでも、大切なことってあります。人を思いやるっていうことは、なかなか出来ないです。だから偶々起こるそれはすごく素敵なことだと思いませんか。

 今のはたとえ話なんですよ。私が言いたいのは小さなことがどれだけ重要かということなんです。そういうことが積み重なって、人は人を好きになるんだと思います。

 そしてその好意によって、たくさんのことがおきます。

 貴方はきっと小さいことを積み重ねてきたと思います。好意を持っている人は多くいますよ。さっきの話、後輩の世話を焼いたんですね。なかなか出来ません、残業とか増えるでしょうから。

 分かってください。あまり大きなことに注意を取られないでください。ちゃんと小さなことに目を向けましょう」


 わざとこういうしゃべり方を選んだ。説教か、と自身にツッコンだが。


 彼の目からは涙がこぼれていた。別に私の話で感動したわけじゃないだろう。感情が高ぶっているのかもしれない。


 心配になる。ふと彼の目を見つめた。依っている、この男私に依存しかけている。なんでだろう、意味が分からない。なんでいつも私は不安定な人を引き寄せるのだろうか。


 感情が麻痺し始めていた私は、少しだけ恐怖を怯えた。殺されるわけがないと思っていても。


「なあなあ、俺はどうすりゃ良かったんだよ、もう後戻りできねぇ」


「私が言います。そうですね貴方が精神的におかしかったから、しょうがなかったって。ナイフには全然殺意がこめられてなかったとか」


「会えるか、お前に。刑務所でたら」


 おい!! 心の中で盛大に突っ込んだ。さすがに犯罪者は取り巻きにしませんよ?? とか。

 落ち着け。ゆっくり目を見る。


 しかし、轟く声。途中の線路で止まっていたこの電車、この車両の周りを囲むように立つ、警察。


「警察だ!! 犯人落ち着きなさい!」

 警察だ、の第一声に密かに感動しつつ、ふと、まだ夕方だったんだなと思った。

 橙色の夕日が、警察たちの影を作っていた。

 窓から外を眺めた。暗くなりかけた私の街だ。


「落ち着いてますよね」

 私が笑いかけると、男は頷く。

 微妙な気持ちになりながら、私は主婦に目を向けた。

「警察のかたがたに落ち着いてるって、伝えてください」

 なぜ自分で言わないかといわれたら、恐らく緊張で舌が回らなさそうだったからだ。

「はっはい」

 主婦は先ほどまでのやり取りをじっと聞いていた。意外と大きな声で話していたのだ。


 そして窓を開けようとした途端、


「私だ!! 八木君!! すまなかった!! 許してくれ」


 拡声器からやけに媚びるような声が聞こえた。主婦の手が止まった。


「岡田……」

 後ろからポツリとした呟きが聞こえた。


「君には悪いことをした!! 悪かった!! だけどな、そうするしか、なかったんだよ!」

「君が入社したときのこと、覚えてる!! あのときの君は……」


 やけに長い。延々と続く言葉の羅列。私は意外とこの人、演説向きだと思いながら、聞いていた。

 ふとナイフから震えを感じた。後ろを振り返る、やばい。


 なんだか、様子がおかしい、瞬きひとつせず、じっと宙を見つめてる。

 岡田さんの話が終盤に差し掛かったときだった。彼は震えた。


「最後まで……最後まで……やつは! 逃げおおす気だ。最低だ、ホントウに」


 偽善者が、血を吐くような言葉だった。私もですよ、と心の中で呟きつつ、恐怖に駆られ、彼のナイフを奪おうと思ったときだった。


 ナイフが私から離れ、彼は自分の首筋にそれをあてがった。

 

 そのとき初めて、彼は最初から死ぬつもりだったのだと思い当たった。

 強固な意志で。なぜ私の陳腐な演説に心惹かれ、その意志を曲げたのかは分からない。


 ただ彼は岡田さんを破滅させるつもりで、あの電車に乗り込んだ、切れ味のいいナイフを持って。


 音声がやんだ。どこからか警察が彼の異変を察知したらしい。突入でもするのか? それじゃあこの男は死ぬ。


 私の背に冷や汗が流れた。目の前で人が死ぬ怖い。


 私が彼に関わったのは、なぜだろう。人助けのため? 違う。分からない。私には分からない。もっと私が成長しなければ分からない。矛盾してるが、それで正解だ。


 この男は間違いなく非道だ。

 だけど、見捨てられない。


「……やめろ」


 警察が突入の用意をしている。なぜだか雰囲気で分かる。

 私は彼を見つめた。


「会うんでしょう? 刑務所を出た後。裁判でも会うかもしれません」


「なんでだよ!!」


 絶叫、そして音の洪水。なだれ込んでくる男たち。

 彼の首にナイフが。


「そんな」


 衝動だった。引き離そうと、彼の手をとった。しかし、もみ合った挙句、倒れそうになる。嫌な予感が、頭をよぎる。


 そんな私が死ぬわけない。

 そんな。

 そんな。

 そんな。

 馬鹿な。


 どこからか悲鳴が上がる。主婦だった。口に手を当て、絶望しきったような、信じられないものを見る目でこちらを凝視していた。

 老人が、泣きそうに。子供が泣く。男子高校生たちは、今にも「嘘だろ……」と言い出しそうだ。


 腹部を見る。亀裂が走っていた。


 あったかい。血がめちゃくちゃあったかい。上に覆いかぶさる、男を見た。


 なんていう目をするんだろう。


 こういう表情もあるんだなと、抜けきった顔を見ながら、考える。


 この人、私が死んだらきっと可哀相なことになる。


「すみません。私は……」


 口から血が沸いてきた。倒れたとき舌をかんだ。

 警察が男を引き離し、私に何か話しかける。

 話せないって、苦しいし。


「今のは」

 咳をした突端、血が口から出た。

「事故です」

 言い切った。しかしもし死ぬなら、私の最後の言葉はこれになるだろう。

 嫌だなあ。若干素でそう思いながら、仕方ないなと諦めて目を瞑った。


 英雄になれるかなと、期待しつつ無理だろうなと笑う。だって、結局死んでしまったから。

 最後の言葉も「今のは事故です」だし。分かってるつうの、と突込みがきそうだ。

 

 耳元で叫ばれるうるさい。布が傷口に、当てられている。よく考えてみれば、男がナイフを持っているのは分かっていたことだ。


 そしたら、きっと、救護班的なものが来てるんじゃないだろうか。

 助かるかも、少しだけ気楽になって力を抜く。


 うん。大丈夫。


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