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 やけに死んだ目だ。そんなことを思っていたら、ふと男の腕に異様な物体を発見した。

 ぎらぎらと輝くモノ。

 

 ナイフ、だった。


 これはやばい、このナイフどう考えても、人を殺す仕様になっている。

 

 しかしそれ以上に恐怖を煽るのは、もう一方の手に髪を掴まれた女子中学生らしき少女がいたことだった。ハニーブラウンの髪は男に鷲掴みにされていた、鼻や目は涙と鼻水でグチャグチャで泣きそうに歪められていた。

 雰囲気で、普通の子かそうじゃないか分かる。私の周りの彼ら彼女らを伊達に見てきたわけじゃない。変なやつには、それ相応の雰囲気がある。

 だから、この少女は普通の子だ。

 普通に学校に通って、笑って、泣いて、恋愛する子だ。


「そこのやつ!! 警察に連絡しろ!! 榊製薬の岡田 英康(おかだ ひでやす)っていう男を連れてこないと、この女を殺すってなあ!!!」


 ひどく現実味のない現実の中で、私は逃げ出そうと目を瞑った。


「ううっやっっ……うう、っヤダぁぁ」

 泣いている。女子中学生の鳴きそうな声が聞こえた。男に指示された人間が、警察に何か話しているのが聞こえた。


 足が震えた。でも私は男を見つめた。女の子がかわいそうだった。愛されているのに、こんなところでトラウマを植えつけられ、一生それを背負っていかなくてはいけない。


 男はおそらく彼女を殺すつもりはない。

 ありがちな話だ。何かしらの仕事の恨みだろう、目立つような事件にして、恨みを晴らそうと考えている。


 私はそんな風に思って、女子中学生を眺めた。

 涙で膜が張った目で、助けを求めるように、辺りを見回している。

 まず男子高校生たち、そしてギャル、老人、大学生、主婦、最後には子供にも彼女は視線を向けた。

 誰一人として動かない。ただ恐怖に怯え、過ぎ去ってほしいと懇願している。その目には女子中学生など眼中にはない。自分のことでいっぱいいっぱい。

 信じられないとも言いたげな顔を彼女はした。助けてくれるとも思っていなかったのだろうが、(なお)信じられないという視線だった。

 正確に彼女の顔に写った感情は読みきれなかった。


 ふと、こちらを向いた。隠れるように、もたれ掛っていた私に気づかなかったのだろう。

 黒くて綺麗な瞳だ。桜の目に似ている。


 電撃が走ったようなショックだった。この子は心底恐怖している。


 私はどこかこの状況を遠くで見つめていた。

 

 学校で、起こることに、される嫌がらせに何も感じない振りをするために、私は自分を他人としてみていた。

 胸に問いかける、私は今恐怖を感じていない、なら変わってあげればいいじゃないかと。


 目が合う。私はゆっくり頷いて、微笑んだ。彼女の目が見開かれる。


 一歩。


 一歩。


 一歩。


 足を踏み出してみる。浮ついたようなそんな気分だった。やっぱり怖いんだ、と自覚してみるが、足は止まらない。止められない。


 自分のこと明日ぐらいからは、優しい人間だと思えるかもしれないな。


「その子を離してあげてください」


 そう男に話しかける。目の細い男がこちらを見やる。明らかに死んだ目だ。そしてナイフ。

 つばを飲み込み、言う。


「知り合いなんです。私が人質になります」

 一瞬揺れた目。それに私は言う。


「大切な人の妹なんです。その子」


 男は、暗く澱んだ目をその少女に向け、そして私を見た。


 そして、無造作にその子の髪を投げ捨てたあと、私の手首を引き寄せた。首筋にナイフがあてがわれ、初めて死の恐怖というものを味わった。


 ふと少女を見下ろした。床に這いつくばったまま、恐怖の目でこちらを眺めていたが、ハッとしたように逃げようと四つんばいで動き出す。チラリとこちらを見た彼女の目は、先ほどまで彼女に向けられていた目で。

 少しだけ、後悔した。彼女に同情したが、結局彼女も、同じだった。


「いいのか」

 低い声で問いかけられた。男を見ると、じっとこちらを観察している。

「いいんですよこれで」

「大切なやつって?」

 ひどく好奇心が強いのだなと思いながら、自棄になり笑う。

「嘘です。赤の他人です」

 その言葉に驚愕したかのように「嘘だろ……?」と呟く男。

 私だってそう思う。いい人過ぎだろと。でもちょっと違う。


「そういうことじゃないんですよ」


 その言葉を聞こえたのか、聞こえなかったのか突如男は発狂した。


「あっあああああああああ!! そんなやついねぇよ!! みんな俺のこと見捨てやがった! 誰一人として、俺のことを、守ってくれるやつなんていなかった!! 俺が世話した後輩だって、俺のこと冷たい目で見てきてっ!! たった一回の失敗だろ?? なあ?? そう思うよな、だろ……?」

 私を凝視しし、肩を掴み揺らしてくる。

「なあ酷くないか」

 共感を求めてくる声、私にすがる彼ら彼女らの声に似ていた。



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