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愛しの都市伝説

ナースコール

作者: だんぞう

 ……あれ? 俺……なんで?

 最初に視界に入ったのは白くて無機質な天井。蛍光灯、吊りカーテン……は閉じられていて……俺が寝ているのはどうやらベッド……ここって病室? ってことは入院?

 確か大学時代の悪友たちとスキーに出かけて……そこからは記憶が曖昧だ。頭もなんだか締め付けられるように痛いし。

 とにかく携帯はどこだ?

 起き上がろうとして……体がほとんど動かないことに気づく。マジかよ。首から上と、右腕しか自由にならない。他の部位はズッシリと上から押さえつけられているみたいに痺れて力が入らない。

 全身麻痺。怖い単語が脳裏を過ぎる。いやそれは勘弁だ。ほんと洒落になんねーって。なんとか頭を持ち上げて自分の体を確認しようとして。

「ヒッ」

 思わず上ずった声が出る。

 俺の足元に誰か居た。

 怖くて一瞬で目をそらしたが看護士さんではなかったのは確か。しかもなんか俺の脚をさすっていた……触られている感覚は全くしないのだけれど……え、まさか、この体が重いのって。

 見間違いだよなってもう一度だけと頭を起こした自分の判断力に力いっぱいダメ出ししたい。

 居るよ。

 やっぱり居るんだよ、白髪を振り乱した老婆が。

 今にも折れそうなほど細い腕は骨に薄く皮が張り付いている程度。そいつが俺の脚をゆっくりと嬉しそうにさすってやがる。いや、間隔はないから変な感じなんだけど……首を悪寒で締められたみたいに苦しくなる。

 しかも婆さんの眼がおかしい。黄色く濁っている。普通の黒目や白目の上を薄い黄色い膜が覆っている感じ。

 やばいやばいやばい。これ絶対、生きた人間じゃないだろ。俺は唯一動く右腕で、何かを探した。

 そう何か。わからない。こんなものから身を守れる何かがあるとは到底思えなかったけれど、とにかく何かを探して。何もしないでいるなんて無理。少しでも目の前の恐怖から目をそらしたくて。

 そして闇雲に漁っていた俺の手に何かコードのようなものが絡んだ。

 怖い時ってのはもう何もかもが怖くなるもんだ。また新しいやつか! なんて慌てて振りほどこうとする俺の頭にコンッとその何かが当たる……ナースコールボタン!

 これで助かったと俺は必死にボタンを連打した。

「……はい……」

 耳元のスピーカーから声が流れる。ぷつぷつと雑音が混ざっていて聞きづらいが、人の声が嬉しい。よかった。助け……

「!」

 声が出ない!

 慌てている俺はもう一度ナースコールを押す。

「……いま、うかがいます……」

 察してくれてのか、その声のあとコツコツコツと廊下を歩く音が響きはじめた。例の老婆は相変わらず俺の脚をなでているけれど……ときどき俺のほうをチラ見しているようにも感じる。今はまだ脚のところに居るが、上半身の方まで来たら……俺はどうなってしまうんだろう。自然と涙がにじんでくる。

 どうして俺が……看護士さん早く来てくれよ!

 つい、ボタンをまた押してしまう。

「……はい……いま、向かっています」

 コツ、コツ、コツ……あれ、何か違和感を感じる。コツ、コツ、コツ……この音……え、ちょっと待って。

 なんで、こっちに向かっているのに、ずっと会話できているんだ?

「だってずっと通じているから」

 通じている? なんだよ、どういうことだよ。お前、看護士じゃないのかよっ!

 ずっと同じリズム、同じ大きさで聞こえ続ける足音と共に、温もりのない声が流れた。

「わたし、メリーさん。いま、あなたの居る階に到着」

 メリーさん? え、ちょっと待て。メリーさんってナニソレ、ホンモノかよ?

「わたし、メリーさん。いま、食堂を通過」

 食堂? 食堂ってどこだ? 食堂? ……あれ……なんか今、あんまり思い出したくないものをぼんやりと……

「わたし、メリーさん。いま、エレベーターの前」

 壊れたエレベーター……なんで俺はそんなこと知っているんだ……エレベーター……その錆びた入り口がわずかに開き、奈落へとつながっているはずの向こう側の暗闇を懐中電灯で照らした光景……なんで俺は覚えている?

「わたし、メリーさん。いま、トイレの前の角を曲がったわ」

 そう、トイレの前の角……その向こうに、病室があった……病室!

 わー! わー! わー! わー! わー!

 病室!

 ここじゃんか!

 ひょっとしてここじゃんか!

 おい待てよ。なんで俺が! ちょっと待って、ねぇ、助けてメリーさん!

「わたし、メリーさん。いま、あなたの病室の前」

 足音は全く休むことなく響き続ける。映画とかに出てくる時限爆弾のカウンターみたいに無慈悲な音。

 とにかく逃げたい。体動け! 動け、動け、動け!

 わずかに動く右腕でベッドの柵をつかみ、なんとか体を動かそうとした。体を揺すりながら反動を次第に大きく。

「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!」

 ベッドが大きくガタンと揺れる……倒れるまではいかなかったが、体が動くようになったのと同時に声が出た。

 ……金縛りだった?

 いやそんなん考えてる余裕ねぇ。足もとに居た老婆を蹴り剥がそうと足をバタバタと激しく動かす。老婆は……ひらりと俺の蹴りを避ける……器用に肘で跳んで。

 一瞬、蹴りが止まる。その老婆の下半身がなかったから。

 蹴るって……そもそも触っていいものなのか。呪われるんじゃねぇのか。ってもう呪われてるのか。老婆は天井から下げられたカーテンレールにぶら下がり、本来ならば腹があるあたりの場所からのぞく白い背骨と赤いナニカの内臓をぶるんと揺らしている。

「わたし、メリーさん。いま、あなたのベッドの前」

 このベッドを囲んでいるカーテンのすぐ向こうに居るってことか?

 っつーかやべぇ、婆ぁだけじゃなくこっちも居るんだよ。

 ベッドの前って言うとやっぱ入り口側だよな。声はずっと枕元のスピーカーからだし……ただ、カーテンの向こうに影は見えず……逃げられるのか?

 必死にベッドから身を乗り出し、病室の入り口とは反対側の吊りカーテンをバッと開いた。そこに居ようが居まいが床に決死のダイブをするつもりで。

 だがそこにはイスがあり、スキー旅行に一緒に来た悪友の一人ヤマジが座ったまま深く舟をこいでいた。のんきに居眠りかよ!

「おい! ヤマジ! 起きろ! 助けてくれ! ヤマジこのボケ!」

 ヤマジはびくっと体を震わしてからゆっくりと顔を上げた。

「あんたの探しているヤマジってこんな顔かい?」

 悪友の見慣れた顔を想像していた俺の目の前に居るそいつは、顔があるべき部分に何もなかった。皮膚と同じ色で塗りつぶしたみたいに、のっぺりと何も……え?

「わたし、メリーさん。いまあなたの枕元」

 俺の耳のすぐ後で、嬉しそうな、でも冷たい声。

「おやおや、汚いのぅ、ぼうや」

 老婆がカーテンレールを伝い、俺のすぐ近くまで移動してきていた。そして俺を見下ろしながら言った言葉。

 ……汚い?

 あ。

 下半身が妙に温かい。ああ、俺、もらしてるよ。

 どう足掻いても自分が助からないんだということが分かった時、人間って妙に冷静になれるもんだな。コツコツババァにメリーさんにのっぺらぼう。俺、なんかお前らに悪いことしたか?

「わたし、メリーさん……えんがちょ」

 ちょ、えんがちょって!

 イスに座ったのっぺらぼうがクスクス笑い出した。ナニ? どういうこと? 馬鹿な俺にもわかりやすいように説明してくれよ。

 その時だった。

 隣の病室からだろうか、廊下に絶叫が響いた。

「キレイキレイキレイ! ポマードポマードポマード!」

 ヤマジの声だ。すぐ後を追うように、別の雄叫びも。

「くくくくく首がのびた! 猫がしゃべった!」

「マントはいりません! どっちもいりません!」

 俺の悪友たちだった。

 そう。

 俺たちはスキー旅行の帰りに近道のつもりで入った道が行き止まってて、でも怪しい建物を見つけたからって興味本意で覗きに来たんだっけ。実際かなり眠くなってきていたし、眠気覚ましにいーんじゃねぇ? みたいな軽い気持ちで。

 かつては立派な門だったと思われる場所に、わずかに残る看板の名残。近くに落ちていた朽ちた木片に残っていた文字からは「院」という字は判別できた。廃病院なのだろうか。

 車に積んであった強力な懐中電灯で照らす光の円の中に時折現れる割れた注射器や点滴をぶら下げる台などが、この場所の以前の姿を偲ばせる。

 ちょっと歩き回ってみて、かなり散らかっている印象を受けた。ロッカーや机なんかも散乱していて、簡単に進めそうなところは階段しかなかったからそこを進んだんだ。本当に軽い気持ちで。

 そして食堂の前を通り、エレベーターの前を通り、便所はスルーしてこの病室まで……今考えたら、ガラクタを置くことでルートを制限して誘導していたのかも?

「ここはね、病院なのよ」

 カーテンの向こう、病室の窓側の壁の隅に、縦に妙に細長い女がいつの間にか立っていた。足が床についているのに腰の位置は窓より高い。壁や天井に沿って逆L字型に体を折り曲げている……うわこの人の名前なんだっけ。

「病院なの、私たちの。ありがとうね。あなたたちの反応、わたしたちのとっても良いおクスリになるのよ」

 その女の顔は長い髪で隠れてよく見えなかったが、唇がぎゅっと歪んだのを覚えている。それが最後の記憶。

 

 次に目が覚めた時、俺たちは廃病院のロビーに居た。待合室によくあるタイプのソファーに四人そろって座っていた。

 最初に口を開いたのはヤマジだった。

「臭っ! ももも、もらしてんなよ!」

 何どもってんだよとツッコもうとして急に涙が出てきた。俺たちが生きているってことに。

 全員でダッシュで車まで戻ると……俺だけ急いでスキーウェアを取り出す。もらした服の上から着て、速攻でそこから逃げた。あの近くに立ち止まっているのは嫌だった。服を着替える時間も惜しかったから。

 悪友のユースケとささやんをそれぞれの家まで送ったあと、ヤマジは俺のとこに泊めてくれと言いだした。

「あいつら親とか彼女とか居るからいいけどよ。オレたちは一人暮らしじゃん……なんかさ……」

 ヤマジが珍しく弱気になっている。だが、俺にとってもそれは嬉しい申し出だ。

 途中コンビニで酒を買いこみ、その夜はとにかく二人して飲んだ。飲みまくった。だが結局どれだけ飲んでも眠れない。始発が走る音が遠くに聞こえ空が白みはじめてから、ヤマジは帰っていった。

「もう大丈夫だよな」

 と、疲れた顔で力なく笑うヤマジに、俺は何の根拠もない「大丈夫」を3回も繰り返した。

 見送った後、俺は疲れと安心感からかそのままコタツで寝てしまったっぽい。

 気がついた時には、辺りはうっすらと暗く……え?

 携帯を手にとって見るともう16時……やべぇ。会社に休むって連絡してないよな俺……着信件数が7件って。課長ものすご怒ってるな、と履歴をチェックしてみると最初の2件は確かに会社からだが、あとは全部ヤマジからだった。

 これはまずは会社から連絡だよなぁ、と、アドレス帳を開こうとしたタイミングで電話がかかってきた。

 あんなことがあったすぐ後だったからメリーさんを警戒していたが、着信画面に表示されていた名前はヤマジだった。

「はい、もしもし」

「お、おい! アレ、お前か?」

 すごい剣幕だった。

「え、ちょ、ちょちょちょ。アレって何だよ?」

「ユースケもささやんも違うって言ったんだ。お前しか考えられない」

「お、おい。落ち着け。まずはそれからだ!」

 

 電話を切った後、そのまま携帯でブラウザを立ち上げる。2chに昨日の廃病院での出来事がアップされているというのだ。

 問題のスレはすぐに見つかった。けっこうコメントも伸びている。

『……あれ? 俺……なんで?

最初に視界に入ったのは白くて無機質な天井。』

 そんな出だし。

 ……それを読んだ瞬間、急に寒さを感じはじめた。なんだろう。服とか着込んでも全く意味がない寒さ。なんかこう、魂を剥かれているような……

 そのスレには、俺視点でのあの病院で起きたことが全て書かれていた。もらしたことまで!

 って、これ、消せないのか?

 そう思った瞬間だった。

 携帯を握り締めている俺の手が硬直した。ピクリとも動かない。

 なのに。

 なのに、俺の指は勝手に動いている。

 目の前で俺の指はそのスレに書き込み始めたのだ。

『気がついた時には、辺りはうっすらと暗く……え?

携帯を手にとって見るともう16時……やべぇ。』

 書き込んではリロードまで勝手にする俺の指。

 「続きキター」の類の書き込みがあっという間にいくつも付く。話はどんどん進んでゆく。

『なのに、俺の指は勝手に動いている。

目の前で俺の指はそのスレに書き込み始めたのだ。』

 え?

 動揺していた俺はそこでようやく気付いた。これ現在進行形……この指が書いていることが、だけじゃなく……この書かれている内容自体も。

『……この書かれている自体も。

え、しかも俺の未来まで?』

 え、しかも俺の未来まで?

『ちょっと待てよ、未来って……おい!

嫌な汗が頬から首に流れ、その冷たさに首をすくめた。』

 ちょっと待てよ、未来って……おい!

 嫌な汗が頬から首に流れ、その冷たさに首をすくめた。

『それでも俺の指は止まらない。

というかこれから起きること?』

 それでも俺の指は止まらない。

 というかこれから起きること?

『俺はドキドキしながら部屋を見回した。

居る……居る居る! ベッドの下に鎌を持った』

「うぅぅぅおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 俺の額が壁を強打する。なんかこう金縛りを解くコツ身に付けられたのか? なんて言ってる場合じゃねぇ。俺はベッドの下を見ないようにそのままダッシュで部屋を出た。

 無我夢中に走り続け……ようやく人が多い場所まで来て……携帯を確認した自分の判断力に力いっぱいダメ出ししたい。

 俺の指はリロードボタンを押していた。ちょうどあの廃病院のだいたいの場所を書き込んだ直後のようだった。

 ……画面に表示されていたのはそれだけじゃなかった。

 どうやらさっきから誰かが必死に否定のコメントを入れているようだ。

『こいつ、俺のダチ。昨日酔っ払って一緒に作ったネタでした。すいません』

 これ、ヤマジか?

 俺の指が、ちょっと止まってからまたリロードした。ヤマジと見られる書き込みはしつこくしつこく否定していた。

 「ウザイ」の類の書き込みの後、興味を失った感じのコメントがいくつか付きはじめている。

「馬鹿だな」

 不意に背後から聞こえたその声はかなりの低音で、背中が震えるほどの迫力があった。

「宣伝の邪魔するメリットなんてお前らにないだろ?」

 俺は……本当は嫌だったけれど振り返った。

 怖くはあったけれど、不思議と安心感のある声だったのだ。

 するとそこに居たのは真っ白い犬……顔の部分だけ不自然に人間の顔を貼り付けたような……人面犬か!

「警告は皆にした。ただし一度だけだ」

 それだけ言い残すと人面犬は去っていった。俺は呆然と後ろ姿を見守るだけだった。

 俺は携帯をじっと見つめた。

『俺は呆然と後ろ姿を見守るだけだった。

 俺は携帯をじっと見つめた。』

 ふいにあることを思いついた俺はそれを口にした。

「こっくりさん。こっくりさん。お帰り下さい」

 俺の指は『はい』と書き込むと、そのあと急に腕全体が軽くなった。

 全身に疲労感がミシミシと戻ってくる。でもそれは、自分の体をちゃんと取り戻せたみたいで妙に嬉しかった。

 

 部屋へと戻る。

 鍵は開けっ放し。当然だよな。

「すいませんでした。ちゃんと宣伝しときます」

 そう言ってから入った部屋には誰も居なかった。もちろんベッドの下にも。

 だけど話はそれで終わらなかったんだ。

 

 

 

 その夜、ユースケから電話があった。

 ヤマジが失踪したそうだ。

 俺がこの話をここに書いているのはそういう理由。

 みんな、行ってあげて。

 

 

 

 

 

(終わり)


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