表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/32

2章 勇者の姉、襲撃される-2

 夕食の後、伊織はようやく一人きりになった。

 これからはもう眠るだけだ。何の用事もない。服も昼間よりは簡素な寝間着に替えてもらった。


 女官達は着替えなどの用が済むと部屋から退出し、伊織は残ったルヴィーサとしばし歓談した。

 彼女はお茶を入れながら、様々な話をしてくれた。

 ルヴィーサが悠樹の世話係をしていたこと。小さな頃の悠樹は、広い城の中で何度も道に迷い、その度にルヴィーサが探し回ったらしい。成長すると、二番目の王子と度々城外へ脱走しては、お目付け役のフレイに叱られるようになったという。


 自分の世界にいるころと、あまり変わらない悠樹の日々を聞き、伊織はほっとする。

 そうか。あの子は一人でもちゃんとやれてたんだ、と。

 悠樹の送ってくる手紙でしか状況を知りようもなかったので、無理をしているんじゃないかと、どこか心配していたのだ。もちろん、我慢しなくちゃいけない事も沢山あっただろう。けれど勇者になると決めたのは、あの子自身だ。

 悠樹はその決意を貫いて、この世界に一生懸命に溶け込んだのだろう。


「あと、今でも思い出すのは、悠樹様の母君のことですね」


 ルヴィーサは、懐かしむように言葉を続けた。


「本当におだやかな方で。最初は異世界へ迷い込まれ、そこで暮らしていた方ときいて、私達のように城で働いている者はみんな、どんな豪傑かと想像していたんですよ」


 故郷へ帰った母親の話に、伊織は目を見開いた。

 悠樹について行った母は、その一ヶ月後に災害にあって亡くなってしまった。親族の家を訪れる途中、崖崩れで土砂の下敷きとなったのだ。

そのため短い間しか王宮に滞在していなかったので、誰も母のことを覚えていないだろうと思っていたのだ。


「それでは、ごゆっくりとお休みなさいませ」


 お茶を飲み終えるのを待って、ルヴィーサは退室した。

 思わずほっと息をついてしまう。どれだけ気遣ってもらえても、初めての場所や人と接するのに慣れるまで、緊張してしまう。

 伊織は肩をぐるぐる回しながら、なにげなく窓に近寄った。


 既に日は暮れて、窓の外は真っ暗で何も見えない――わけでもない。

 カーテンをちょっとめくって外を見て、伊織は「これがそうなんだ」と呟く。

 王宮の庭に生えているだろう木々のシルエットの向こうに、煌く宝石のような輝きがちらちらと見える。十字の先端に飾りをほどこしたような光の並び。悠樹が手紙で教えてくれた通りの、トレド王都の夜景だった。


 そこでふっと思い出したのは、アルヴィンの名前を聞いたことがある理由だ。

 確か悠樹が、王宮の人について手紙に書いてくれていた。その中に、アルという名前があったはず。三兄弟の末っ子で、悠樹と同い年の王子がアルだった。


「……ってことは、わたしより歳下?」


 なぜか微妙にショックだった。

 まぁいい。それより何度も読み返したはずなのに、記憶がおぼろげになってる方が問題だった。

 特にここ半年は、悠樹が勇者業に忙しくて手紙はもらえなくなっていた上、受験だなんだと伊織の方も手紙から遠ざかっていたので仕方ない。


 異世界からの手紙は、満月の夜、決まった場所に忽然と現れる。

 魔法が使える人間しかできないのだと、弟が最初の頃に書いてくれていた。異世界にものを送る魔法は結構大変だけれど、家族と離れて移住してくれた悠樹のためにと、王様が定期的に出す許可をくれているのだ。


 そんなわけで、弟の背丈が今どれくらいなのかも、伊織には文面から察することしかできなかった。その上こちらがどんな様子かも手紙に書くしかない。文章では限界がある。


「結局今回も、あの子が戻ってくるわけにもいかないし、会えないよね」


 寂しい思いをさせていた弟になにかしてやりたかった。助けられなかった母の代わりに。


「今度こそ……と思ったんだけど」


 母や弟が異世界へ旅立つ前の日、伊織は夜中にうなされた。

 土砂が降り注いで、重たくて、痛くて、何度も泣きながら目覚めた。

 朝になって母に話そうと思った。だけど、妙にリアルで怖くて詳しい事は話せなかった。それを見た母は、寂しがって泣いたんだろうと、笑っていたのだ。

 伊織もそう思うことにした。一ヶ月後に、母が土砂に埋まってなくなったと、異世界からの手紙で知らされるまでは。

 何度知らせればよかったと後悔しただろう。悠樹にも、何度もごめんと書いて送った。


「結局あれはなんだったんだろ」


 今でもよくわからない。その後は一度もそんな事は起きなかった。

 とりあえず、悠樹に関する悪い夢は見たくない。

 そう思いながら伊織は広すぎるベッドの中にもぐりこんで……夢を見た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ