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2章 勇者の姉、襲撃される -1

 彼の手の中には、一枚の紙があった。

 城内からこぼれてくる光と上天に昇る月明かりに照らされた紙には、どういう技術でなされたのかわからないほど精巧に、少女の姿が描かれている。


 夜空のように黒く長い髪。繊細で大人しげな顔立ちと、恥ずかしそうな笑み。

 この国の人々から比べると、幼い少女にしか見えない。


 だからアルヴィンは、ずっと妹みたいに思っていた。

この絵をもらった時、ちゃんと『姉』だと教えてもらったのだが、やはり外見から受けるイメージは払拭しがたかったのだ。


 噴水の端に座って絵を見つめていたアルヴィンは、ふっとため息をつく。

 悩むべきことは沢山あるはずだった。最近手伝い始めた国政に関してとか、警備計画とか、他国からの侵入者に対する捜索についてなど。


「なにやってんだろ、俺……」


 送られてきた姿絵と、実際の本人が全く違ったという話はよく聞く事だ。一度も会ったことのない人間が、想像していた性格と違うのは当然だろう。

 育ってきた環境についても、想像もつかない。

 今まで突然つかみかかってきた女性などいなかったし、真正面から「うるさい」と怒るなど論外だ。王子である自分にそんな暴言を吐けるのは、兄か父だけだ。

 相手は異世界で育った人間なんだから、理解できなくて当たり前だ。そんな風に割り切りたいのに、踏ん切りがつかないのはなぜだろう。


 もういちどため息をつきかけたその時、土を踏みしめる音に気づいた。

 顔を上げると、庭へ続く小道の先からやってくるフレイがいた。フレイはこちらを見て、口元に笑みを浮かべる。

 全て見透かされているような気がして、アルヴィンは思わずうつむいてしまった。


「何をそんなに拗ねているんです?」


 近づいてきたフレイが尋ねてきた。


「そういうわけじゃない」


 返事をしたが、自分でもどこかいじけた声になっていると思い、なんだか悔しい。


「イオリ様が想像と違って、落胆されたのですか」


 やっぱりだ、とアルヴィンは思った。フレイは全部お見通しらしい。

 仕方ないとは思う。イオリと会う時は、ずっとフレイと一緒だったのだ。


「まぁ、あなたの心酔ぶりはユーキ様にも聞いておりましたけどね」

「なっ……あいつ!」


 言うなって約束したのに!

 驚いてフレイを見上げると、先ほどよりもずっと楽しそうな表情だった。

 むかつく。全部知ってて、俺が動揺するのを観察してたのだ。そんな事をするのは長兄のシーグだけで十分だっていうのに。


「ユーキの奴、俺を騙したんだな? あれのどこが清楚で可憐でか弱いんだよ」

「まぁ、清楚ではいらっしゃるでしょう」


 化粧がきついわけでもなく、浮ついた様子も見られない。だから清楚と言って良いとフレイに言われて、アルヴィンもうなずかざるをえなかった。

王宮に出入りする貴族の娘達は、いつも唇を目立つように赤く塗り、花から花へと飛び移る蝶のように男に声を掛けては思わせぶりな視線を投げてよこすのだ。

 たしかにイオリはそういう娘とは違う。

 認めてから、アルヴィンはほんの少しほっとした。


「可憐でか弱いといえば、本当に骨格からして華奢な方ですね。それにユーキ殿のご家族が住んでいる世界は穏やかだということで、剣など見たこともないでしょう」

「確かに小ささは言われたとおりだったが……。か弱いは違うだろ? あの女、ユーキからもらった写真を取り返そうと、掴みかかってきたんだぞ?」


 華奢な体格に関しては、文句の言いようもなかった。もう骨格からして違うのだろう。だからなおさら、あの行動が信じられなかったのだ。


「だいたい、お前はイオリについて何て聞いてたんだよ」


 あの凶暴さを見ておきながら、フレイはすぐにイオリ本人だと認めたのだ。しかも彼女を落ち着かせたのはフレイで、なんだかそれも気にくわない。

 だから理由を尋ねると、フレイは自分の知っていることを率直に語った。


「そうですね。得意なのは木登りとか。勉強はまぁ人並み。姉弟げんかをすると、容赦なく凶器を持ち出してくるとか」

「全然違うじゃないか」


 アルヴィンはがっくりと再び項垂れる。

 それを聞いていれば、ここまで落差に悩まなくても済んだものを……。


「俺は裁縫が趣味だと聞いてたんだぞ。いつも静かに本を読んでいて、ユーキが何か教えを請えば優しく教えてくれると」

「別に、ユーキ殿は嘘をついていたわけではないと思いますが」

「あれのどこがだ!」


 フレイは肩をすくめてみせる。


「たとえば殿下。さきほどイオリ殿の足元を気遣っていらしたのも殿下ですが、今こうして彼女への文句を連ねているのも、間違いなく殿下その方です。人は、一面のみしか持たないわけではありません。イオリ殿もそうでしょう。木登りを好むのもイオリ殿ですし、彼女は裁縫もするのでしょう。そういった別の面も持っているというだけですよ」

「それはわかるが、なんでユーキは俺には黙って……」


 フレイには話したのか。なんだかそこがすごく気にくわない。


「仕方ないですよ。知らなかったのはアルヴィン殿下だけですから」

「……は?」


 なんでまたそんなことを?

 目を見開くアルヴィンに、フレイが教えてくれた。

 ユーキはアルヴィン以外の全員に『真実は話すな』と口止めして歩いたのだ。

一生会わないかもしれない相手だけど、世界中で一人ぐらいは姉のことを『清楚で可憐』だと思ってくれたらいいなと、そんな世迷い事も言っていたらしい。

 そして犠牲者に選ばれたアルヴィンは、みごとユーキの策略にひっかかったのだ。


「なんでまたそんな事を」


 勇者として旅立った友人の考えが、理解できない。


「姉思いということでしょうか。シーグ王太子殿下も、アルヴィン殿下がもらった写真を熱心に見ている様子が可愛くて、その策略に乗ってしまったようですね。一度こっそり殿下にも教えて差し上げようかと思ったのですが、止められましたから」


 てことは何だ? 俺の様子をみんなで笑って見てたってことか?

 アルヴィンは唸るしかなかった。


「とりあえず、イオリ殿をお守りすることだけは手を抜かないで下さい」


 フレイに言われて、アルヴィンは渋々答えた。


「わかってるさ。ユーキのためだ」


 手近にいたら、だましていたことを問い詰めたい相手だが、窮地に陥らせたいわけではない。

 それにしても腹立たしい。

 だからアルヴィンは、これ以上何か言われないようにフレイをそこから追い出そうとした。


「ところでお前、兄上に報告に行く時間じゃないのか?」


 フレイ自身は王太子である兄シーグの直属だ。イオリの警備に関してもシーグの管轄なので、一日の行動が終わったら報告をするよう求められていたはずだ。

 それなのに、なんで庭をうろついているのやら。


「ああ、もうそんな時間でしたか。それでは御前失礼いたします、殿下」


 王宮内へと去っていくフレイの後ろ姿を見送りながら、アルヴィンはふと思った。

 フレイが庭に行くとしたら、見回りの兵の様子を見に行くためだろう。けれど今はイオリの部屋の前で見張りをする予定だったはずだ。本来なら庭へ行くような時間ではない。


 用心を重ねるつもりで、見回りをしたのか?

 そう考えたアルヴィンは、腰かけていた噴水から立ち上がった。

 襲撃があるとすれば夜中になるだろう。見通しが悪く、気をつけていても隙ができる。なら、自分も見張りを手伝った方がいいだろう。

 なにせイオリが攫われたら、ユーキの活動に支障が出るのだから。

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