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7章 彼女に謳う天上の青-5

 イオリが耳慣れた歌詞を口にした後、意識を失った。

「イオリ!」

 叫んでも瞼が開くことはない。

 アルヴィンは愕然とした。

 助けるために召喚したはずだった。こんな風に死なせるためじゃなかった。

 悔しさに歯噛みしながら、アルヴィンはイオリの手を握り締めた。まだこんなに暖かい。それなのに死んだというのだろうか。

「起きろよ、イオリ」

 囁く度、息をする度に、自分の中にも暗いものが溜まっていく。それはアルヴィンの心の中にあった希望を急速に蝕んだ。

 ユーキも間に合わなかったのだ。

 もうイオリは動かない。自分には何もできなかった。守るって約束したのに。

「まだ何も言ってないんだ、俺は……」

 ずっとシャシンを持っていた相手を、こんな風に失うとは思わなかった。

 ユーキにもらったイオリの姿絵。自分より幼そうなのに年上だと聞いて驚き、そしてユーキの理想を並べられて、どんな人だろうと期待して憧れた。いろんな事を話そうと思っていた。

 実際に会って驚いたけれど、それでも時間が経つにつれて、ユーキは嘘をついてなかったのだと確信していった。

 彼女は、確かに優しい人だった。

 だから犠牲者が出る度に傷ついた。囮なら自分がなると怒った。

「なぁ、目を開けてくれよイオリ。もうすぐユーキが来る。会いたかったんだろ? 俺も、会わせてやりたいんだ」

 ユーキがいれば、もうイオリが泣くことはないはずだった。もっと素直にイオリも笑えるようになる。そうなることを願っていたのに。

 目を閉じたままのイオリの頬に、水滴が落ちる。

 アルヴィンは自分がこぼした涙を拭い、濡れた頬に口付けた。

 怒ってもいい。それで起きてくれるならずっと怒られ続けてもいいと、一カケラだけ残った願いを込めて。


 ――ふと、魔術の気配を感じた。


 顔を上げたアルヴィンの目の前で、地面から小さな青い光が沸きあがる。光はイオリを取り巻き、そして螺旋のような軌跡を描きながら広がっていく。

 まるで魔法陣を描くように、うねり、円を描き、直線の軌跡がそれを繋いでいく。

 一瞬で光の珠は洞窟の向こうへと消え去って行った。

 その様子を見送ったアルヴィンは、光から感じた純粋な力の気配に首を傾げる。

「あれは、精霊か?」

 そしてイオリを再び見下ろす。光の残滓で、さっきよりも辺りが明るい。だけど彼女には何の変化もないように見えた。

「いや、これは……」

 イオリの傷口、裂けた皮膚と肉から血が溢れてこない。柔らかなゼリーのように盛り上がったまま、流れ出すことがなくなっていた。

 フレイを振り返った。

 先ほどから黙ったままのフレイもまた、目を閉じて動かない。切り傷のある腕を指先でぬぐっても、傷口から血が新たに滲み出すことはなかった。

「血が止まってる? いや違う」

 イオリを中心とした魔法は、この洞窟を満たしている。

 そしてアルヴィンは自分の呼吸が楽になっていることに気づいた。口の中に生暖かい臭気が入り込むような、不快感がない。

 上を見上げると、岩盤の中の掘り出されていないエンブリア・イメルが反応するように、時折瞬く。

 時計にも使われる、青い水の元でもある石。

「まさか……魔の時を止めたのか?」

 誰も答える者はいない。

 それでもアルヴィンは確信していた。イオリが何らかの手を使って、エンブリア・イメルの時に干渉する力を使ったのだ。

 それはすぐ後に、別な者によって証言される。


「アルヴィン、聞こえるか?」

 アルヴィンは弾かれたように自分の手を見た。

 通信用の指輪の石が赤く染まっている。石が震動して、再び声を吐き出した。

「アルヴィン、生きてるのか?」

「ユーキ、か?」

 連絡してから、まだそれほど経っていない。

 驚きが声に滲んでいたのだろう、ユーキはアルヴィンの疑問を察したようだ。

「途中まで鳥が迎えに来たんだ。姉貴がいなくなったってんで。そこから城まで飛んだところでアルヴィンの連絡が入って、すぐ別な鳥でここまで来た」

 シーグは先に打てる手を全て打ったようだ。その迅速さに救われた。きっとこの時間を止める方法も、それほど長くは持たないから。

「ところでこれ何だ? 魔が広がらないのはいいんだけど、誰が固定させたんだ? アルヴィン……じゃないよな?」

 魔法は効かないはずなのに、エンブリア・イメルの魔法ぽいってヴィクトールが言うんだけど。そう続けるユーキにアルヴィンは告げた。

「イオリだ」

 すぐに応答は返ってこなかった。

「どうしてなのかはわからない。でも、イオリなんだ」

 繰り返すと、ため息が聞こえた。

「……なんで姉貴がそんな術を使えるのかは置いとく。本人は?」

 ユーキの言葉は、ひどく緊張しているようだった。

「意識がない。それでなくても出血が酷くて、魔に取り込まれてるから魔法で回復もできなかった。でもそれも今は止まってる。すぐ近くにフレイが転がってるが、そっちもだ」

「くそ姉貴……」

 指輪を通して、ユーキの嘆息が聞こえる。その向こうで、複数の人間が何かを話す声が聞こえた。それからユーキが再び語りかけてきた。

「いいか、よく聞いてくれアルヴィン」

 それまでどこか軽い調子だったユーキの声は、固い岩のように重たい響きに変わっていた。

「この魔を滅ぼさないと、お前たちを助けられない。というか魔が壁になって、今目の前でも出られずにもがいてる人間がいるんだ」

 だけど、とユーキが前置きする。

「姉貴の術が、魔の時間も止めてる。てことは、魔を滅ぼすと術が崩れて……方向性を失った魔力が術者に返る可能性がある」

 アルヴィンにも、ユーキの危惧するところが理解できた。このまま魔を滅ぼせば、術者のイオリにもダメージがくる。

「イオリが自分で術を解くのはムリだ。でもこのままでは、いずれ術が持たなくなる」

 その時には、イオリ自身も限界になっているだろう。術が消えた時が、イオリの命が尽きる瞬間にもなりかねない。

「どっちもダメか……」

 苦渋に満ちたユーキの呟きを、アルヴィンは「いや」と否定した。

 肝心なのは魔術が使えるようになることだ。魔さえいなければ傷を癒せる。それを同時にできればいいのではないか? けれど時機を選ばなければ。

「返ってくる魔力の量を減らすため、術が衰えるのを待ってみよう。その瞬間にユーキが魔を滅ぼせ」

「だけど、それでも姉貴が!」

「魔の解除と同時に、俺が回復させる」

 体さえ復調したなら、耐えられる可能性が上がる。

 けれどユーキはなかなか答えなかった。ユーキの返事を待ちながら、イオリを地面に寝かせたアルヴィンは、黙々とできる限りの準備を始める。

 剣を使って地面に魔方陣を描いた。内側はイオリを守るためのもの。そして周囲に、行き場を失った力がイオリに向わないように、帰還の門を作る。

 描き終わり、アルヴィンは持っている限りの媒介の石を周囲にばら撒く。

 その時イオリの術がたわんだ。空気が歪むような感覚に、アルヴィンはユーキに呼びかける。

「ユーキ、もう時間がない。帰還門も作った。今のうちだ」

 舌打ちと共にユーキが応じてきた。

「わかった。術の発動を合わせる。同時に行こう。……効くかわからないけど、一緒に連れてきた魔術師もいくらかこちらで力を引き受けてくれる」

 力の向きが違うから、効果は薄いかもしれない。それでも紙一重の差が結果を左右することもある。

「感謝する。ユーキ」

「なんだ?」

「お前の姉さん、守れなくてごめん」

 頼まれていたのに。そう言うと、ようやくユーキが少し笑い声を漏らした。

「守るのはこれからだよアルヴィン。始めるよ。5・4・3……」

 ユーキは呪文を使わない。このカウントはアルヴィンと協力している魔術師のためのものだ。ユーキが魔を解除するより先に発動させては意味がない。魔に阻まれてしまうから。

 ゆっくりと、時に早口でアルヴィンは精霊に願った。

 イオリを助けてくれ。代わりに自分が痛みを引き受ける。だから……。

「2……」

 呪文も終わっていない、そしてユーキはまだ魔を滅ぼしてはいない。

 けれど空気中に金の光の珠が現れ始めた。遠い町の明のような、暖かな色。本来ならあり得ないことなのに、アルヴィンは疑いもしなかった。これは大地の精霊が呼びかけに答え始めた証だと。

 励まされるように、アルヴィンは呪文を終えた。

「ゼロ」

 ユーキの宣言と同時に空気が震え、突風となってアルヴィンへ、イオリへと押し寄せてきた。


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