7章 彼女に謳う天上の青-3
割れ鐘を叩くような音が、百も千にも重なって鳴り響く。
耳をふさいでも防げない。
薄く開けた目に、細かく震動しながら消えていく霧が見えた。それがなぜか絶叫しているミュルダールの身体に吸い込まれていく。
「おのれぇっ」
ミュルダールは、血走った目で剣を振り回し始めた。見えない敵を、打ち払うように。
そしてふと気づいたように、足下の伊織に向けて剣が振り下ろされる。
伊織は目を閉じた。せめて自分が死ぬ瞬間は見たくない。そう思ったのに、火花が散りそうな金属音が響き、伊織に剣は突き刺さらなかった。
重たい瞼を開くと、肩で息をするアルヴィンがいた。
アルヴィンは伊織を背後に庇って、ミュルダールを押し返し、その間に襲いかかってきた最後の兵士を切り倒す。
「やめろミュルダール! 全てお前の仕業だと、モルドグレスは全部吐いた!」
モルドグレス……確か、誘拐の首謀者だと言われていた国だ。ミュルダールがモルドグレスに罪をなすりつけたのではなかったのか?
驚きのあまり、少しだけ伊織の意識がはっきりする。だけどミュルダールは剣をふるい続けた。
「なぁにが、モルドグレスだっ」
「城にも連絡をとった。ここは既に包囲されつつある。もうよせ!」
ミュルダールの攻撃はやまない。アルヴィンの背の向こうに見えた彼は、目を虚空に向け、口は笑みの形に開いたままだ。
……狂ってるのか?
それでもアルヴィンは説得しようとしていた。
「お前の目的は何だ!? さらなる権力か。それともエンブリア・イメル上納の優先権か?」
ミュルダールは何がおかしいのか、笑い出す。
なおも言いつのろうとしたアルヴィンだったが、再び魔方陣から湧き出した黒い影が細く伸びて彼の足を捕らえた。アルヴィンはその場に縫いとめられたように動けなくなる。
「くそっ」
アルヴィンは剣を持ち直し、一気に攻勢をかけた。
振り下ろされる刃を強く弾き返し、ミュルダールが体勢を崩したところで突き出す。
アルヴィンの剣は、まっすぐにミュルダールの腹に刺さった。
終わった、と伊織は思った。アルヴィンでさえそうだったのだろう。
アルヴィンが、思い切って剣を引き抜こうとした。
その時伊織の首筋に悪寒が走る。
「アル……っ!」
悪い予感に押されて、彼を制止しようとした。けれど剣が引き抜かれる前に、仰向けに倒れていくミュルダールの腹から黒い霧が噴き出した。
目の前が真っ暗になる。
「イオリ!」
自分の名を呼ぶ声。そして庇うように覆いかぶさる誰か。
だめ、逃げてアルヴィン。
また腐臭がする。これはただの煙じゃない。霧じゃない。魔法でもない。
この黒い空気そのものが、きっと魔なのだ。
理解したけれどもう遅い。アルヴィンに声を届けようにも何かが口から侵入してきそうで、必死に閉じていることしかできなかった。