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5章 勇者の姉、説得-1

「囮の本分は潜入捜査だと思いません? どうせなら、正々堂々とわたしを誘拐してもらえば、他の人を巻き込まずに簡単に済むと思うのですが」

「断じて許可できません」

 言い切ったのは、シーグだった。

 昨晩は伊織が睡魔に勝てなかったので、アルヴィンに部屋まで運ばれた上、結果的にシーグ王太子の訪問はお断りすることになった。

 やっかいになってる身で本当はこんな事するべきじゃないと伊織も思わなくもないのだが、何も言わず生命の危機に突き落とした人間相手に、遠慮する必要はない。

 そんなわけで朝も早くから訪れたシーグ王太子に対して、伊織の態度はLサイズになっていた。

 それでも件の事では怒らずに、自ら囮になろうと申し出ているのだから、彼にとってこれほど渡りに船な話はないと思うのだが、なぜ了承しないのか。

「王太子殿下の許可はとる必要はないですよね? 昨日みたいにわたしが勝手に雲隠れしてしまえばいいわけですし」

 言い返してやったが、シーグもそう簡単に引いてはくれない。

「それで? 脱出できたとして、その後はするんですか? 私どもの支援なくしてここまで戻ってこられると?」

「ふうん。脱出の心配じゃなくて、帰路が問題なんですか。敵が国外とか遠方の人間だって程度には予想がついているって事ですよね? わたしには教えてくださらないのに」

 揚げ足とりをすると、さすがのシーグも目が釣り上がる。

 ――なんだ図星ですか。

 そう心の中でつぶやくのも、伊織が多少ながら相手を怖いと思っているからだ。こんな真正面から喧嘩売るなんて初めてだ。しかも相手は自分より年上の男性。怒鳴られたりしたら、きっと竦んでしまうだろう。

 でも、死ぬほど怖いわけじゃない。誰かが目の前で怪我をする事ほど怖くない。

 しばらくにらみ合っていると、シーグは大人の余裕を思い出してか、椅子に背をもたれてこれみよがしにため息をついてみせる。

「イオリ殿のおっしゃる通り、捕らえた者の口からモルドグレス王国の名前が出ております。魔法を使っての城内への潜入の件を考えても、未だ魔に侵食されていないこの王国ならば、財力や人材の面から考えても納得できます。だが、不審な点も多々あるのです」

 シーグは真摯そうな眼差しを向けてくる。

「転移を使った人間は自害までしたのに、今回捉えた者はあっさりと口を割った。しかも吐いたのは、雇われた傭兵です。あまりに信憑性が薄い」

「モルドグレスに罪をなすりつけようとしてる、と考えてるわけですか」

 乗ってみせると、シーグは心持ち口の端を上げる。

「ですからモルドグレスに正攻法で圧力をかけるわけにもいきません。地道に証拠を揃えて、それから外交で……」

「その地道な証拠を、わたしが耳を揃えて提出しようって言ってるんじゃないですか」

 あっさりと話を断ち切れば、シーグは渋い表情になる。指先が、彼の苛々具合をあらわすかのようにせわしなく膝を叩いている。

 その隣に座っているアルヴィンは、最初から眉間に皺を寄せて一切言葉を口にしない。アルヴィンには反対され済みだった。しかしシーグより善良な彼は、後ろめたさのあまりにこの話し合いでは静観することを約束してくれた。

 兄弟の後ろに立っているフレイは無表情なままだ。

 部屋の隅で話を聞いているルヴィーサは、手をもみながら泣きそうな表情をしている。子供が急に反抗期になって、戸惑っているお母さんのようだと伊織は思う。

 今にも「うちの娘がご迷惑をおかけしまして……」と言い出しかねない。

「先ほどお話しした時には、王太子殿下も『人質にする以上、勇者の親族の命は保証されるだろう』と仰ってました。なら、他の人がわざわざ危ない真似をしてモルドグレスに潜入するより、ずっと効率が良いと思うのですが。しかも現行犯ですし」

 シーグが反論しようと口を開きかけたが、遮るようにすかさず話を続ける。

「あとそうですね。昨日みたいに無駄な被害が出ることも防げます。囮だとわかっているので、わたしも心の準備ができますし」

 自分でもイヤミっぽい口調で言うと、それを聞いていたフレイとアルヴィンが深々とため息をついた。

 シーグは反省してそうな表情をつくってるけど、目が笑っていない。

 全く反省などしていないだろう。むしろ伊織が気づかなかったら、自分の思い通りに話が進むのにとか思ってるに違いない。

「昨日の件は、確かにあなたにも相談しておくべきでした」

 殊勝な態度もいまいち信用できない。

「けれどイオリ殿、命があっても様々な方法であなたの意志を奪うことは可能です。アルヴィンからあなたの先見の能力については聞きました。でも先に起こることがわかっていても、戦う術のないあなたでは、万が一の時に抵抗できないでしょう。そうなれば、私達はユーキ殿に顔向けできません。ですからもう一度よく……」

 シーグの台詞を、意図的に伊織は奪った。

「もう一度良くお考え下さい。三日間だけ待ちます。それまでに良いお返事がいただけることを祈っております」


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