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4章 勇者の姉の意地-1

 翌朝、伊織は頭痛に苛まれていた。

「飲みすぎた……」

 なんとか起き上がって着替えたものの、朝食もあまり喉を通らない。

「あの不良王子、酒強すぎ」

 アルヴィン秘蔵の薬とはワインだった。

 最初は伊織も断ったのだ。まだ未成年だから。だけどアルヴィンに「この世界の成人は十五だ。ユーキだって飲むのに、お前酒に弱いのか?」と煽られて、つい口にしてしまった。

 あげく「そんなんで酔うのか」と喧嘩を売られて更に杯を重ね、いつの間にか寝入った上、気づけば朝日が目に刺さる時間になっていた。

 負けず嫌いな己の性格を、今日ほど恨めしく思ったことはない。

 不快感に唸っていると、ルヴィーサが二日酔の薬を渡してくれた。

「今日は馬車にお乗りになるのですから、直しておきませんと」

 今朝、急に王太子使いがやってきて、母の墓参りの許可が出たのだ。伊織としても、せっかくの日に二日酔で馬車に揺られて吐いたりしたくない。

 酷い事にならないだろうかと心配したが、薬のおかげで一時間後に頭痛は治まった。その間に外出着に着替えさせられる。

 準備を万全に整えて城のエントランスへ。

 そこは、伊織の目には充分広くて大きくて、白い床石も磨きぬかれて綺麗な玄関だったが、実は裏口の一つなんだという。勇者の姉がいることは一応秘密だ。なので、おおっぴらに正面玄関を使うことは避けたのだとか。

 でもこれじゃ意味が無いんじゃないだろうかと伊織は思う。それとも王子という人種は、この立派な柱に支えられた屋根がある玄関前の車宿りに、馬車と人馬がごったがえしていても、目立たないと思えるのだろうか。

 まず、黒馬車が二台。この世界に漆があるのかは知らないが、そんな感じのものをむら無く塗ったように滑らかな黒だ。角や窓枠は金で、あきらかに金持ちの香りがした。御者台には臙脂色のジャケットに白ズボンの男性が座っていた。

 そして燦々と降り注ぐ日の光を浴びて馬車を囲む人馬の群れ。二十人ぐらいはいるだろう。

「思い切って正面玄関使えばいいのに、無駄な抵抗っぽい……」

 ため息をつきつつも、伊織の心は浮き立っていた。

 召喚されてからこっち、ずっと城の中で過ごして庭にすら出ていなかったのだ。部屋が自分の家より広かったので狭苦しい感じはしなかったが、少し外の風に当たりたいとは思っていた。

 ルヴィーサに手を引かれて、伊織はエントランスの階段を降りていった。

 護衛の騎士達が一斉にこちらを向いた気配がして、身がすくみそうだった。きっと、こんな「ちまい」のが本当に悠樹の姉かと、驚かれたのだろう。

 馬車の前にはシーグ王太子と、付き従うようにフレイがいた。

 シーグは今日もかわらず、あの裏がありそうな笑みを浮かべている。

「本日は、母の墓前に参ることをご許可いただいてありがとうございます」

 とりあえず挨拶はしておく。

「いえ。せっかくご滞在されているのですから、お母上にご挨拶されたいというのは当然でしょう。責任を持って護衛をさせますよ。どうぞこちらの馬車へ」

 差し出されたフレイの手を借りて、伊織は人生初の馬車に乗る。

 中はけっこう広い。そしてなぜか果物篭が置いてある。公共の乗り物の中で飲食はダメという慣習に慣れた伊織には、他人と乗り合わせる馬車に堂々と果物が置いてあると、変に思えた。とりあえず着席する。シーグは来ないようだ。正直助かった。彼といるとすごい気疲れするのだ。

 向かいの席にルヴィーサさんが座る。扉を閉めてくれたのはフレイだ。

 やがて馬車の外で出発の合図が叫ばれた。

 馬車がゆっくりと動き始める。速度は伊織的に表現すると、自転車を頑張って漕いだぐらいだろうか。

 道が舗装されてるせいか、あまり震動は伝わらない。

 馬車の中も物珍しく、伊織はひととおり首をめぐらせて見回した。

 内張りはベルベットみたいな布。天井には「必要か?」と思うような小さなシャンデリアがつるされている。中心にランプがあって、夜はそれで馬車の中を明るく保つようだ。

「何かお召し上がりになりたいようでしたら、お申し付け下さい」

 ルヴィーサに言われて、彼女の横に置かれていた果物篭がイミテーションじゃないことを知る。きっと皿もナイフも、その辺に収納されてるのだろう。

 馬車の座席にはクッションもあり、寝転がれる広さもある。

 伊織は試しにころがってみた。クッションが柔らかくて気持ちいい。

「おい」

 すぐ近くから声をかけられ、伊織は慌てて起き上がった。馬車の扉についた窓から、アルヴィンがのぞいている。

「くつろぐならカーテン閉めろ。怠惰な様子を人に晒すな」

「あ、そかカーテンカーテン」

 伊織は起き上がってアルヴィンの顔が見える方を閉めてやった。もう一方は既にルヴィーサが閉めてくれている。レースなので、外の光が透けて見えるが、外からは見えにくくなったはずだ。

 ややしばらくしてから、伊織はもう一度カーテンを少し開けた。

 憮然とした表情で、アルヴィンが前を見て馬を進めている。

 王子様だけど白馬じゃないんだなと思いながら、その様子をながめた。褐色の馬は近くでみるととても綺麗だった。筋肉の動きが躍動感に溢れている。

 乗っている人間は大きく上下にゆさぶられているが、アルヴィンはとくに具合が悪そうでもない。伊織は舌打ちしたくなった。こいつは二日酔になってなさそうだ。

 視線を他に移す。

 アルヴィンの後にはフレイがいた。左右には騎士たちが轡を並べている。おそろいの深緑の上着に黒い外套。わりと若い人ばかりだなと思って見ていると、二人ぐらいこちらに気づいて、微笑んでくれた。

 うん、いい人達だ。

 伊織も返事代わりに手を振って応える。

 その向こうに広がる緑。家なんて一軒も見えない道が延々と続いていた。

 やがて石積みの壁が見え始め、敬礼する衛兵さん達の前をよぎり、堀を渡る。

 さぁようやく城を出たと思ったが、その後も延々と森が続くばかり。最初の頃こそ、緑が綺麗だなと思っていたのだが、だんだん伊織は退屈してきた。目に優しいばかりではなく、脳にも優しいのかちょっとずつ眠くなってくる。

 そのまま扉近くにもたれて、伊織は眠ってしまったらしい。

 ルヴィーサに起こされて、はっと我に返った。

「イオリ様、もう到着いたしますよ」

「あ、ありがとうございます」

 いそいそと起き出した伊織は、馬車のカーテンを開けて外を眺めた。

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