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眠れる竜の寓話  作者: みえさん。
第一章 記憶の綴り
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 どの程度長い時間眠っていただろうか。

 何かの気配を敏感に感じ取ったアグラムの意識は急激に戻ってきた。身体が酷く怠く動くのが辛い。目を開こうとして、片目が開けないことに気づいた。顔に指を這わせるとそこに深い傷跡があることが分かった。

 既に塞がっていたが跡に残ったと言うことは、深く抉られたのだろう。アグラムの身体は傷を塞ぐよりも自分の生命を維持することを最優先にしたようだった。よほど消耗が激しかったのだろう。自分の身体に傷を残したのはこれで二度目だった。竜というのはそもそも快復力の高い生き物だ。怪我であろうが病気であろうが、その血が自らを癒し、よほどで無い限り傷は残らない。まして、生命を維持するために深い眠りに落ちるなどそうそうある話ではない。相当な時間を眠っていたのだろう。記憶の中で微かに雨に打たれていたことを記憶しているが、身体が濡れている感覚はない。体温が酷く落ちているのを感じる。

(……くそ、どうなった?)

 アグラムは半身を起こし傷の残った目を乱暴に擦る。

 固化していた血がぼろりと落ち、僅かながら光が見える。

 どうやら眼球まで持って行かれた訳ではないようだ。

「……あいつは」

 どこに行ったのだろうか。

 腹部に攻撃を加えたのは覚えている。確かに自分の手はシェンリィスの腹部を抉っていた。だが、あれが致命傷になったとはとても思えなかった。

 あの程度で‘奴’が死ぬとは到底思えない。

(……視界が狭いな)

 アグラムは舌打ちをする。

 戦闘にどれだけの影響が出るだろうか。人の姿ではどの程度、竜の姿ではどの程度の支障がでるだろうか。

「戦ってみねぇと、分からねぇな」

 言った瞬間アグラムは地面に手を突き腕の力だけで高く舞い上がった。

 刹那、無数の魔法の矢が地面へと突きたたった。

 避けることも想定していたのだろう。矢は、空中にいるアグラムの心臓も的確に狙ってくる。瞬時に爪を竜の本来の姿に戻し、鋭くなった先でそれをたたき落とすとアグラムはにやりと笑みを浮かべた。

 狙いは的確だった。

 アグラムの反応が遅ければ魔法の矢は的確に急所に突き刺さり弱った彼の身体に致命傷を負わしていただろう。

 気質は氷。

 焔の気質を持つアグラムとはけしていいとは言えない相性の相手だ。

「怪我人を宣戦布告も無しに襲ってくるたぁいい度胸してやがる」

 地面に軽い身のこなしで降りたアグラムは魔法の矢が飛んできた方を見ながら笑う。

「……が、その程度の奇襲で俺の首が取れるとでも思ってるのかよ?」

「さすがは元西方将軍と言ったところだな。だが、そんな弱った体でまともに戦えるとは思えないな」

 空から降り立ったのは銀髪の男。

 背は高く細い。髪は長く後ろで編み込まれていた。服装からミレイルの竜だと分かるが見覚えはない。

 だが、気配でそれが竜王候補の者だとわかる。

「俺が万全の時に、正々堂々と戦う気はねぇようだな。そんな気弱な竜が、竜王候補とは落ちたものだ」

「何とでも言え。勝ち残った者が竜王となる。それがこの谷の定め。だが、貴様のような悪夢のような男を竜王にする訳にはいかない。今のうちに狩る」

 自らの力を剣の形に造り替えた男はアグラムに向かって構える。

 アグラムは獰猛に笑った。

「……てめぇの神に祈りな」

 それが合図だった。

 男はアグラムに向かって斬りかかる。

 その素早い動きに感心して口笛を鳴らした。

「いい動きだ」

 眼前を男の剣が通過する。

 避けながらアグラムも自らの力で剣を作り出す。

「力も申し分ねぇ……っと、アブねぇ」

 剣を剣で弾きながらアグラムは口の端を大きく歪めた。

 男は的確に急所を狙ってくる。

 竜王候補と言うだけあって力は強い。強さだけで候補に選ばれるわけではないが、それだけで武器になる。技術も申し分ない。万全でないというのはいい訳にならないが、いつもより鈍い動きのせいで気圧されている感覚が新鮮だった。万全の状態のアグラムともそれなりに戦えたのだろう。

 惜しいな、とアグラムは思う。

 この男がもう少し経験を積んでいたのなら、アグラムはもっと楽しめただろう。

 だが、駄目だ。

 この男は、アグラムを理解していない。

 経験が圧倒的に足りない。

 アソニアの竜を、理解していない。

「無様だな。悪夢とさえ呼ばれた貴様が、抵抗も出来ず圧され通しではないか!」

「……」

「レミアスの竜と相打ちになれば好都合だったが、今ならば行ける。大人しく死ぬがいい、アソニアの!」

 攻撃が激化した。

 アグラムは男を見据えたまま攻撃を受け止め続ける。

 ふわりと感じる戦の匂い。

(……くる)

 戦いの感覚で、この匂いで、感覚が研ぎ澄まされていく。内が熱くなり、身体が急激に体温を取り戻した。

 幾度も味わった、あの感覚。

 アグラムは視線を鋭くさせる。

「逝きな……」

「っ!」

 無意識だったのだろう。

 男は攻撃する手を止め防御の態勢を取ったまま後ろに大きく飛び退いた。アグラムの剣がそれを追う。

「ぐっ」

 男がうめき声を上げた。

 アグラムは舌打ちをする。

「ちっ、鈍ってんな」

 いつもなら一撃喰らわせることが出来た距離だ。だが、アグラムの攻撃は男に受け止められる。その防御を崩すことも出来なかった。

 予想外に自分の身体が消耗している。

 だが、視界の狭さは特別苦にはならない。少し間合いが分かりにくいが、視覚よりも身体が感覚を覚えている。

「人の身では殺れぬか!」

 判断は間違っていなかっただろう。

 男は自らの力を解放し、竜の形態を取る。鬣を持った白銀の竜はヘビのように長い身体を持つ。ミレイルの竜は強い魔力を有し、自らの身体を巻き付けることで敵の息の根を止める。

 強い竜だ。

 だが、やはり男はアソニアの竜を、……アグラムを理解していなかった。

『どうした! 成らぬのであれば人の姿のまま絞め殺すぞ!』

 竜が叫ぶ。

 彼の持つ冷気が少しずつ辺りを凍り付かせていく。

 それを笑い、アグラムは低く言う。

「お前が失敗した事が二つある」

『……!?』

「一つ、俺がシェンリィスとやり合った事を知っているならば奴がまだ生きていることを知っているはずだ。にもかかわらず、俺を優先させた」

『あの大人しい竜が何だと言うのだ!』

「だから失敗なんだよ。あいつの価値も分からない。あいつを喰らえば、お前、俺に勝てたぞ」

『何を馬鹿な。あの程度の竜を喰らったところで、足しにはならん。手追いのうちに叩かねば成らぬのはお前の方だろう!』

 くっ、とアグラムの口から笑いが漏れる。

「それが二つ目だ。お前は俺が‘悪夢’と呼ばれる理由をただ強いだけと思いこんでいる」

『何を……っ!』

「じっくり味わえよ、悪夢の味をよぉ……」

 静かにアグラムの翼が広がった。



 それが、男にとっての‘悪夢’の始まりだった。






                                   第一章 了


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