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眠れる竜の寓話  作者: みえさん。
第八章 絶息の翼
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 ミレイルのオルフはその外見でフェリアルト種と間違われるほど恵まれた体格をしている。ミレイル種の竜はルネール種に次いで小柄な竜が多く、体格に恵まれない分魔力の強い種族でもあった。

 オルフは腕力と魔力、どちらの力にも恵まれていたと言える。

 異界より戻ったばかりで右も左も分からなかったアスカを助け、彼が新たなる竜王として立つことに尽力した人物の一人として語られる。即位後数年の間は西方将軍オーガスタス・グラントとして働き治世を支えたが、竜王の身代わりとなってうけた呪いが進行し戦士として戦えなくなり現役を退いた。退いていたものの、竜王の妻である赤妃の兄と言うこともあり、以降も時折竜王城を訪れるなど竜王夫妻と親交があった。

 竜王に近しい者ならば竜王が彼のことを親友と呼んでいるのを聞いたことがあるだろう。

 その彼が竜王アスカから用があると文を受け取ったのは二日前のことになる。竜王からこういった形で呼び出されるのは初めてのことである。レミアスで文を呼んだ彼は急いで支度をするとレミアスを発った。

 身体に障りがない程度に翼を羽ばたかせ、コラルに辿り着いたのは今し方のことだった。竜の姿のままで竜王城の上空に遠慮することなく進入すると、そのまま王の庭へと降り立った。

 本来ならば咎められてもおかしくない行為だったが、竜王により事前に知らされていたのだろう。警備の竜達は武器を手に彼を捕縛に向かう代わりにその場で頭を垂れて彼を出迎えた。竜将軍を退いてもなお、その威厳は衰えていなかったのかもしれない。

 中庭で彼を出迎えた竜王も急な呼び出しを詫びるように軽く頭を下げる。本来ならば身分のある竜が頭を下げるということはしないのだが、これは彼独特の癖、ニホンのオジギという文化らしい。

「どうしたんだ? こんな呼び方珍しい」

 人の姿になりながらオルフが問うと竜王は小さく息を吐いた。

「すまんの、オルフ。実は御主に相談事があるのじゃよ」

 竜の盛りと言えるほどの若々しい外見。

 それに不釣り合いな老人のような口調は、彼にこの世界の言葉を教えた人の影響があるのだろう。こちらに来たばかりの頃は言葉に不自由をしていたがすっかり板に付いた様子である。気を付ければ訛りの強い口調を改める事が出来るほど流暢に話が出来たが、彼は面白がって独特な言い回しを使っている。

 飆風の如く短い間に竜王に上り詰めたアスカはそういう男だった。

「相談? 俺に? アリア殿ではなく?」

 珍しいと目を剥くと竜王は身振りで奥に行こうと促す。

 わざわざ呼び出してまでする相談だ。立ち話では出来ない込み入った事情があるのだろう。人に聞かれる可能性を排除しておきたかったのかも知れない。

 竜王は肩を竦める。

「アリアにも相談したいところじゃが、ここ暫く行方を眩ませておる」

「んー? 後進を育てるとか何とか言ってなかったか? 自分の後継者たるものがどうだとか言ってた記憶があるけど」

「娘御殿が代わりに来ておるよ」

 怪訝そうにオルフは眉を顰めた。

「また、アリア殿みたいにアホみたいに若い外見してないよな?」

 実年齢こそ知らないが、口ぶりからはアリアの年齢は千に近いところにある。けれど、その外見はまだ若々しく、言葉を交わすまでは年下だとばかり思っていた位だ。

 いくつの時に生んだ娘か知らないがオルフより遙かに年上の竜なのだろう。それがまたアリアのような外見をしていたらどうにもやりにくい。

「そうじゃのぅ、年齢よりは些か若く見えるだろうが綺麗な壮竜じゃよ。心が若い故に老竜の印象はないが、それに近い年と言っておったよ」

「ってことは娘さんは普通なんだな。ちょっとホッとするなぁ」

「前から思うてはいたが、オルフはアリアが苦手じゃのう」

 オルフは口をへの字に曲げた。

「怒ると怖いだろ? 俺、何度鼻をつままれたか……」

 その光景を見たことのあるアスカは声を立てて笑う。

 アリアはアスカにこちらの言語を教えた竜だ。戦士でこそないけれど知識のある竜である故に、若輩の竜に対して容赦はない。純粋な身体の力であれば組み伏せることも容易いだろうがどうにも勝てる気のしない竜だ。年長者に対する畏敬の念がない、素行が悪いとオルフは何度も怒られている。地味に痛い鼻をつまむというおまけ付きで。

 そう言えばアスカに対してはそう言った叱り方をしていた覚えがない。不公平だとアスカを少し睨むがアスカは微かに首を傾げただけだった。

「んで? ホントどうしたんだ? そんな世間話の為に呼んだ訳じゃないだろ?」

「ああ」

 アスカは頷く。

「見て貰った方が早いと思うてのぅ」

「何を?」

「先だってわしの命を狙いに来た、ちまっこい戦士を」

 命を狙う、と不穏な言葉を口にしていたが、それほど緊迫した様子は見られなかった。少しだけ心配するような声音だ。

 アスカの強さを知っているオルフは彼のことを心配はしなかった。相手が子どもの竜であればなお心配することがない。あるとすれば子ども好きな彼が子どもを傷つけてしまったと悔やむ事くらいだろうか。傷つけず捕らえるだけの技量を持っているだけにその心配も少ない。

「子どもがお前を狙いにってまた何で」

「アソニアで争乱があったじゃろう。あの時の首謀者の身内のようじゃ」

「なるほどねぇ、身内を殺されて恨んで来たか」

「本人はあの時子どもじゃからとわしが相手にしなかった事が不服だったのだと言っておる」

「矜持の高い子どもだなぁ」

 それが本当であったとしても方便であったとしても。

 戦士として育てたらいい竜になるだろうとオルフは心の中で思う。

「今は、説得をしてわしが保護をしておる。その子どもに関して少々気になる事があってのう」

「それを‘見た方が早い’?」

「そうじゃ」

 アスカのことだ。適当な理由を付けてその子どもを自分の所で保護しているのだろう。どんな説得をしたのか知らないが、自分の命を狙ってきた竜まで赦して側に置くのは実にアスカらしい事だ。

 彼の案内でオルフは寝所に入った。

 その子どもはベッドに腰掛けてぼんやりとどこかを見つめていた。想像よりも幼い雄竜だった。人の形を保てるようになって間もないくらいだろう。浅黒い肌に、少しくすんだような桃色の髪を持つ少年だ。気質は焔、衣服はアソニアのもの、尖った長い耳が特徴的に見えた。

「ん? アソニアの希少種じゃないか、こいつ」

 オルフが声を上げると彼はほんの僅かオルフを見るが、どこか朦朧とした目つきで視線が交わらなかった。

「……? なんだ? 随分ぼーっとしてるな」

「ああ、今はわしの力で封じておるからじゃろう」

「封……っ」

 オルフは手刀でアスカの額を叩く。

 アスカは小さくうめき声を上げた。

「お・ま・え・な! さらっと何言ってんだよっ! 幼いとはいえ竜一匹封印するがどんだけ危険だと思ってんだ」

「酷いのぅ……竜王に手をあげるとは反逆罪……」

「避けもせずに何言ってんだよ。……んで、お前がこういうコトするのには理由あるんだろ?」

「ああ。……アグラム、少々翼に触れるよ」

 アスカが声をかけると朦朧とした様子の少年が素直に頷く。

「……ん」

 意識は希薄だったが、完全に分からなくなっている様子ではない。少年の身体にアスカが触れると少年はアスカに身を預けるように胸に顔を埋める。少し濃い、竜の匂いを感じると同時に少年の翼が広がる。

 成竜でない彼の翼はまだ小さい。けれど、しなやかで強靱な印象のあるいい翼だった。焔の気質を纏う美しい赤の翼。その先の方が錆びた鉄のような色になっている。

「……翼が濁ってるな」

「これでも随分と綺麗にはなってきた方じゃよ。そろそろ封印を外しても暴れぬかもしれん。歪みに当てられたように暴れる故封印しておったのじゃ」

 オルフは眉を顰める。

「ちょっとまて、歪みが原因じゃないのか?」

「要因の一つかも知れぬが、一番の理由は違うじゃろう。……アグラム角を見せてくれるね?」

 少年は頷いたのか首を振ったのか分からないような身じろぎをした。抵抗しないところを見れば肯定の意味だったのだろう。

 もたれ掛かったままの少年の頭部からバンダナを外す。

 髪を掻き上げるようにすると小さな角が現れる。

「おー、二本角か。格好良いな。……が、こりゃ随分厄介な事になってんな。なるほど、専門家として俺を呼んだ訳か」

「分かるか?」

 オルフは口元を押さえ、頭の中にある知識から答えを探し出す。

 少年の角の周りには何かに反応するかのように赤い模様が浮かび上がっている。形状から嫌な感じがした。

「……これは片側だけか?」

「いや、両側に」

「浮かび上がったのは、お前が強制的に封印してからか?」

「ああ。心当たりがあるのじゃな?」

 アスカは真剣な眼でオルフを見る。

 頷いて答える。

「ああ、俺の知識に間違いが無ければこれは‘悪夢’だ」


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