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眠れる竜の寓話  作者: みえさん。
第六章 安寧の足もと
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7

 リトの役目。

 それを真実理解出来たのは、アスカと共に‘王の役割’を果たした時だった。自分の中に流れ込む‘それ’の禍々しさに嫌悪し、自分が成竜するまでの間、王が一人でやってきたことに目眩がした。

 リトは贄のようなもの、とアスカは言った。

 谷で竜王候補達を殺し合わせ、力を得た王は、谷のためにその力を使い続ける。統治の役割よりも、その役割の方が重要なのだとアスカは笑って話した。笑うような事じゃない、自分に与えられた運命をもっと憎んでもいい人なのに、ただ冗談めかして笑って言う。

「こんなどうしようもない世界でも、一度愛してしまえば見捨てるなど出来ぬよ。わしの王としての才覚は‘お人好し’じゃったのかもしれん」

 その王の為にあり続けるものがリトなのだとしたら贄のようなものだと、彼は嘆いた。

 いつから世界がこんなにも歪んだのか誰も知らない。

 最初はほんの僅かな歪みだったのかもしれない。しかしそれは次第に大きくなり、世界に深刻な影響を与えている。

 竜だけではなく、魔族も精霊族もその歪みの存在を知り、出来うる限りの修復を試みている。無知な人間達の大多数は歪んでいる事実すら知らない。それどころか、魔族や竜族を脅威の対象と見て弓を引く。

 だからシェンリィスは人間が嫌いだ。知ろうともしない愚かな生き物。

 ラスティーラのサラスレイノ女王のように、自ら知ろうとし、歪みを正し、竜族との無益な争いを避ける為に自らを犠牲にした者もいるが、そんなのは僅かでしかない。

 竜族も例外ではない。

 王が統治するだけの王と思っている者の多さに辟易する。竜王を殺せば自分が竜王になれると勘違いをし、竜王を殺そうとする者、治世が気に入らないと武器を取る者、ただ名を挙げるために勝負を挑む者。

 アスカ王はその全てを受け入れている。他人が無知であることを責めない。人間も竜になれないだけで竜と変わらないのだと思っている。

 優しすぎる人だから、悲しくなる。

「リトは」

 シェンリィスはぽつりと口にする。

 王の仕事をするために祭壇へと向かっていたアスカは不思議そうな顔でシェンリィスを振り返る

 王の役割は歪みを取り込み浄化し、禍底と呼ばれる世界の底へと力を還すこと。それは普通の竜には出来ない。沢山の竜を殺し、その力を喰らってきた竜王の力があればこそ出来ることだ。

 リトはその王のために産まれた王のための道具。魔力の増幅器であり、禍底へ繋がる扉を開く者。王と強い繋がりを持ち、その命さえも王に支配される。リトのいない王が短命であるのは、全てを王一人で行わなければならないからだ。「歪みを浄化する」と、言葉にすれば簡単なことだが、魔力も精神も激しく摩耗する。デイギア種が滅びて久しく、アスカ王はデイギア種の力を得ていないために、その負担は大きい。その負担を軽くするためにいるのがリトなのだ。

 嫌だと思ったことは一度もない。この人のために役に立てるのは嬉しいし、この王になら道具として雑に扱われても嫌ではない。そうしていいとすら思っている。

 ただ、この人はリトである自分が味わう苦痛を悲しんでいる。少しでもシェンリィスの負担を軽くしようとしてくれる。それだけが嫌だと思っている事。

「リトという言葉は、古代言語で扉という意味があります。でも正しくは鏡なんじゃないかな、って僕は思うんです」

「いきなりどうしたのかね、シェンリィス?」

「僕は相手の能力を写し取る事が出来る。僕自身の許容量があるから完全な形ではないけれど、写し取り、相手に戻すことを繰り返して相手の力を何倍にも膨れあがらせる。だから、王はリトを得れば最小限の力で歪みを正すことが出来る」

 心配そうにアスカが自分を覗き込んでいるのが分かる。

 シェンリィスは彼を見ない。

「それじゃあ、心はどうですか? 僕の心は矛盾している。それは僕自身と、鏡に映った貴方の心が僕の中に存在するからではないのですか?」

 心の中でごめんなさい、と呟く。

 もっと良い方法があったはずだ。でも、自分にはこれしかできない。これ以外に思いつかなかった。

 アスカが近づいてくる。優しい温かい手が、自分の頬に触れる。

「このところ何やらアグラムと真剣に話をしているようじゃったが、あの子に何か言われたのかね?」

「アグラムは関係ありません。ただ、もし僕の心に貴方の心が映っていたとしたら、こんな事をさせたのはあなたの心だ」

「……っ!」

 無意識だっただろうか。

 アスカは大きく飛び退き、武器を具現化させる。

 シェンリィスは剣を構え、小さく舌打ちをした。油断をしていたはずだ。自分からの攻撃があるわけがないと、そして完全にシェンリィスの間合いに入っていたはずだ。

 けれど歴戦の王は最初の攻撃を見事に交わした。

 その一撃を期待していただけに落胆する気持ちが大きくなるが、ここで止める訳にもいかない。シェンリィスは大地を蹴りアスカに向かって突っ込んでいく。

「これ、やめないか、御主とて疲れておるじゃろ? 訓練をするのであれば……」

「あの攻撃で訓練だと?」

「っ!」

 アスカは防御の態勢を取りながら何とかシェンリィスと間合いを取ろうと後方へ後方へと動いていく。

「終わりにしましょうよ、陛下。貴方ももう、お疲れのはず」

「何を言うておるのかね」

「王として力を行使する限界が近いって言っているんです」

「……」

 アスカは軽く顔を顰め、シェンリィスを押しのけるために二人の間で魔力を爆発させる。

 反射的にシェンリィスは飛び退いた。

 間合いを取り、踏み込む隙を探す。さすがに常勝王と呼ばれるだけのことはあって、その構えに隙は見いだせない。彼と打ち合いをすることもあるが、自分がどれだけ加減をされていたのか分かるほどに理想的な戦士の立ち姿だった。

「もう限界ですよ。あなたを映す鏡である僕が言うのだから間違いがないはずだ」

「さて、わしは限界など感じておらぬがのう?」

「なら、どうして僕は今貴方に剣を向けているのですか? 心の底でこうして欲しいと望まなかったと言えますか?」

「さぁ? わしには到底分からぬことじゃよ」

 あくまで冷静に竜王は答える。

 シェンリィスは弱くはない。戦士として指折り数えられ、恐れられもするアグラムと対等にやり合えるのだからただの自負ではないと思っている。けれど、アスカ王の方が確実に強い。

 訓練で追い抜けそうと感じる事はあっても、追い抜いたと実感することはない。自分の実力が上がったと実感出来ても、その差が縮まらない。だからこの王の真の強さというものを知らない。

 分かることは相打ち覚悟で殺すつもりで行かなければ勝てないということ。

「剣を収めなさい、シェンリィス。何を思い至ってこうなったのかは知らぬが、わしを殺せば御主も死ぬよ」

「知ってます。でも、方法はないとは思えません。繋がりが深い分、僕は貴方の力に最も近い存在です」

 言いたいことが分かったのか、アスカは険しい表情を浮かべる。

「リトが王と成り代わった事例はないよ」

「誰も試せなかっただけです。でも、僕は出来る」

 本来リトはその力に目覚めたらシェンリィスのようにはっきりと物事を考えられる状態では無くなるらしい。全く何も考えられない訳ではないようだが、記録に残る限りのリトは意識が薄弱になり命令通りに動く人形のようになるという。アスカはシェンリィスを特別だからと言ったが、リトとして不完全なのだろう。それでアスカが心を痛めるのが苦しくてたまらない。

 けれど、それがこのためにあったのなら、リトとして不完全であるのが嬉しい。

 王の仕事はいつでも二人だけで行う。コラル王城からもここは少し離れており、戦いの気配を感じて他の竜が来るまでにもう少し時間がかかるだろう。二人きりになれる時を待っていた。

 アグラムとノアからアスカが隠していた真実を聞いてからずっと。

 彼らはこんな事をさせるために教えた訳じゃないと怒るだろう。自分を許さないだろう。

 それでいい。

「陛下」

 シェンリィスは剣を構える。

「どうか、お覚悟を」


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