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眠れる竜の寓話  作者: みえさん。
第一章 記憶の綴り
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「竜撃槍を準備しろ!」

 叫ぶと同時に一つの人影が城壁の上から飛び降りる。

 微かに白藍色に見える銀の髪を持つ竜人だった。年はまだ若く、成竜となってそれほど経っていないように見えた。容姿は美しく、精悍な顔立ちから青年のようにも見えたが、他の竜人達はそれが娘であることを知っていた。

 彼女は魔力を身に纏い、間近まで迫った錆びた青い竜に向かって飛ぶ。

 青い竜はフェリアルトの竜に比べ小柄だったが、竜の纏う気配は強く、歴戦を駆け抜けてきた戦士であるように見えた。間近で目にした彼女はそれが老竜であることに気付く。色の薄い瞳は、視力を失って久しいように見えた。

「ご老体! ここから先はフェリアルト領主の直轄地になる。竜体での進入は禁止されている。どうか戻られよ!」

 彼女の叫びはその老竜には聞こえていないようだった。

 辺りを確認しながら彼女は続ける。

「ご老体! これ以上進まれると侵攻と見なされる。どうか、人の姿に……っ!」

 言い差した瞬間だった。

 老竜が断末魔のような激しい叫び声を上げる。老竜は激しく暴れるように身を躍らせた。まるで彼女を追い払おうかとしていかのようだった。

 彼女は竜の爪から逃れるように下方に逃げたが、背後から迫っていた尾にたたき落とされる。

「隊長!」

 叫び声が聞こえたが答える余裕は無かった。

 彼女の身体は激しく飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 激しい力で叩きつけられた為、轟音と共に彼女の身体は地面にめり込んだ。

「ミユルナ様!」

 心配そうな声に向かってミユルナは叫ぶ。

「大事ない!  セイム、ラン、イレ、四方より網をかける。配置へ付け!」

 はい、と三人の声が聞こえる。

 ミユルナはそのまま高く飛び、竜の目の前で魔力を集中させた。時を待たずして三方向から魔力で出来た縄が戸届く。彼女はそれを一気に編み上げた。

「捕縛する」

 青い竜が加速するように魔力の網に向かって突っ込んでくる。強行突破をするつもりだとすぐに分かる。

 ミユルナはそれを引き留めるために強くきつく網を締め上げた。他の三人も同様に締め上げ始める。

 逃れる為か、或いは苦痛からか老竜は大きく身をよじらせた。

「ラン、それでは弱い! もっと気合いを入れろ!」

「は、はい!」

「ご老体! これ以上無茶をされるな! 御身が保たない! あなたは名のある戦士とお見受けする! このようにされる方ではないはずだ!」

『………』

 一瞬、竜の瞳がミユルナを見た。

 抵抗する力が少し弱まる。

 ほんの僅かの間、竜の目に光が宿ったように見えた。

『………殺セ』

「!」

 老竜が言った瞬間だった。

 再び目の光が失われ、老竜が激しく暴れる。

「っ!」

 ミユルナは反射的に一気に網を狭めた。

 引きちぎられるかもしれないという感覚があった。それほど激しい力が老竜にはあった。傷つけない為に加減をしていればこちらがやられてしまうだろう。

 迷っている暇などなかった。

 ミユルナは叫ぶ。

「竜撃槍っ!」

 声に反応し、城壁の上から竜を殺すための巨大な槍が放たれる。

 それは網にくるまれた青い竜を真っ直ぐ貫いた。老竜が激しく悲鳴を上げる。だが、暴れることはしなかった。いや、抵抗する力は最早残っていなかったのだろう。貫かれ、縛られた竜はそのまま地面へと墜落をした。

 ミユルナはそれを追い掛け下へと急ぐ。

 ずん、と重たい音が聞こえ、土煙が立ち上る。

 竜は苦しげに声を上げ、唸っていたが、ミユルナの気配を感じたのかうっすらとだけ目を開いて見せた。

『若キ戦士ヨ……ドウカ……慈悲ヲ。……我ガ我デアルウチニ、ドウカ』

「……」

 ミユルナは無言で自らの手を本来の形に戻す。

 人ではなく竜の腕が現れる。

『……』

 老竜はゆっくり目を閉じた。

 ミユルナの手が老竜の身体を貫き、心臓を握りつぶした。悲鳴を上げることもなく老竜は静かに息を引き取った。

 その顔は酷く穏やかなものだった。

「………この人、もしかして」

 ミユルナを追って来たセイムという青年が死んだばかりの竜を見つめて呟いた。

「知っているのか?」

「飛翔王の時代の北方将軍じゃありませんか? 俺も伝承でしか知りませんけど。ほら、ここの十字傷、話で聞いた覚えがあります」

「………」

 ミユルナは見ていられずにくるりと背を向けた。

「丁重に。私はキイス様に報告に向かう」

「はい」

 北方将軍ソウマ・シイの号を一度は持った竜だとすれば、よほどの実力を持った竜だったのだろう。それが何故こんな風になってしまったのかミユルナはその理由を嫌と言うほど知っている。

 竜の谷は常に安定を欠いている状態にある。竜王が要となり、各領主がそれを支えることで不安定な状態を回避することが出来るのだ。竜王は星見達に選定された者達が戦い、最後に生き残った者が玉座に座る。

 現在の竜王赤妃はその戦いをせずに選ばれた竜王だ。故に彼女を竜王と認めない者も多く、混乱を招く結果になった。数多くの竜が死に、その予定されていない大量の死により竜の谷の歪みが加速した。

 歪みは竜の精神に影響を及ぼし、そして狂わせる。

 竜王がいるのであればその狂いも緩和したのだろう。だが、赤妃は深い眠りに就いてしまった。今の竜の谷には要となる者がいないのだ。

 あの老竜はその狂気に精神を狂わされていたのだろう。

 あれだけの戦士すら狂うのだ。

 それだけこの谷は危機に瀕していると言うことだ。

(……竜王選定の戦いはまだ終わらない)

 戦いにどれくらいの年月がかかるのか誰にも分からない。時に百年以上かかることもあれば、数年で決着が付くこともあるという。あと、どれだけの時間がかかるのだろうか。

 少なくともこの短期間でこれだけ歪みが加速された前例は無いだろう。

 一刻も早く竜王には玉座に座って貰わねばならない。

 だが、

「……谷に何かが起きているのは確か。それでもそれを支えられる竜王が現れなければ谷は人の世界を巻き込んで滅びの道を歩む」

 呟いて彼女は息を吐き自嘲気味に笑った。

「古竜の血を引いていても、使いこなせなければ何の意味もないな……」




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