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眠れる竜の寓話  作者: みえさん。
第五章 悪夢の記憶
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「そう、やっぱり気付いていたの」

 女はそう言って優しげな笑みを浮かべた。

 彼女の肩を抱いて男もまた微笑んだ。

「これだけ長い間共にあって気付かぬほど鈍感ではないのじゃよ。……のお、アグラム」

「………」

 話を振られてアグラムは黙り込み俯いた。

 恐らく彼女も彼も、アグラムに気付かせるためにそうしていたのだろうと思う。秘密を共有してアスカに何かがあった時、彼女を守らせるためにわざと気づかせたのだ。

 思惑通りになるだろう。

 だから腹立たしくあるが、彼の考えている事が分かるだけに、責めることは出来ない。

「てめぇの死んだ後のことを考えるなんて、ジジイらしくねぇだろ」

「わしは恐らく死ぬことはない。ただ、ここにいられなくなる事があるじゃろう。むしろそれは確定的な未来として存在しておる。だからのう、アグラム、御主にはシイナとわしらの子を守って欲しいのじゃよ」

「………」

 アスカは少し屈み、アグラムの瞳を覗き込んでくる。穏やかそうな優しい笑みを浮かべていた。

「御主がここにきてどれほど経つ? 御主はわしらにとって子供同然じゃ。だからこそ御主にしか頼めぬ」

「……もっと適任な奴がいるだろ」

 自分は人を守る力など無い。

 アグラムの力は強い。強すぎる力は壊して傷つけるだけだ。それならもっと適任の者がいるはずなのだ。

「わしは御主が最も適任と思うがのう?」

「なんでだよ」

「御主が優しい子だからじゃよ」

「……ある訳ねぇだろ」

 アスカはますます笑みを深くして言う。


「アグラムは優しい子じゃよ。わしが保証する」



   ※  ※  ※  ※


 小川に手を入れると付着していた血が溶け出すように広がった。

 嫌な感情が残っている。殺してしまえば良かったと一瞬思ったが、あの男を殺したとしてもこんな感覚が残っただろう。自分の兄と同じ目をした男に興味がある訳ではない。ただ、苛立ちだけが激しく残っていた。手に残る血の匂いがそれを増長させていた。

 血の匂いが嫌いではない。この世の有りとあらゆる事象の中で‘戦い’というものが何よりもアグラムを興奮させた。その戦場の匂いを思い出させる腥い匂いは一種の興奮剤のような作用がある。自分の奥底に眠るものを呼び覚まし、熱くさせるのだ。だが、嫌悪を覚えた匂いは悪臭と感じる。

 こういった匂いは感覚を鈍らせ、判断力を見失う。だから早く洗い流してしまいたかったのだ。

 ぼとり、と背後で何かが落ちた気配がする。

「……」

 舌打ちをしたい気分を押さえ、アグラムは立ち上がる。何かの気配がしたが、音の正体を確かめる方が先だろう。

 木に近づけば真下に小さなものがもがくように動いていた。

 卵から孵ったばかりの小さな鳥だった。身体もまだ乾ききっておらず、眼も見えていない。苦しむようにもがき掠れるような声で鳴いていた。

「……」

 アグラムは冷ややかな目で見下ろし、小鳥に向かって爪の先を伸ばした。

 ほんの一瞬だった。

 小鳥の首が、ぱきっと小さな音を立てた。その小さな音は、生まれたばかりの小さな鳥の一生が終わった音だった。

 あっけないほど簡単に終わった音だった。

 がさり、と茂みで音がしてアグラムは微かに笑みを浮かべる。

 記憶に新しい気配だった。顔を向けずとも何者であるかは分かったが、アグラムは首を擡げて挑発するように視線を向けた。

 立っていたのは先刻痛めつけたばかりの少年だった。

 何が起こったのか分からないと言う表情でこちらを見つめている。だが、みるみる表情が変化していった。

「お前」

 少年が低く唸る。

「今、何をした!?」

 明らかにそれと分かる激しい憎悪だった。こういった感情をぶつけられることには慣れている。分かりやすく真っ直ぐで、嫌いではない。

「別に、何も」

「殺しただろっ! 今、生まれたばかりだった子を!」

「ああ、この鳥の事か? 殺したから何だ?」

 更に挑発するようにアグラムはせせら笑う。

 竜に野生の動物が懐く訳がない。それでも何か思い入れでもあったのだろう。少年は激しくアグラムのことを睨み付けている。

「生まれたばっかりだったんだぞ! この間の嵐にも耐えて、ようやく、生まれたっていうのに……っ!」

 少年の両目から涙がこぼれる。

 それでも少年はアグラムを睨むのを止めなかった。

「今、生きてたんだっ! それを、お前がっ……」

「だからなんだって言うんだ? 俺が殺さなくてもこんな弱い鳥、死んでただろ」

「謝れ!」

 予想外の言葉を叫ばれアグラムは瞬いた。

「せめてトリ子さんに謝れっ!」

「……トリ………………何だ、それは」

「トリ子さんは一生懸命暖めて守ってたんだっ! せめて……謝れ」

 少年は涙でぐちゃぐちゃになった顔を手の甲で拭った。

 恐らく雛の母親のことなのだろう。謝って何になると言うのだろうか。謝ったところで雛は生き返ることはない。そう嘲笑おうかと思ったが、止めた。

 アグラムは声を立てて笑う。

「なら、謝らせてみろよ」

 先刻までの気分がすっかり晴れていた。

(面白い)

 先刻もこの少年と出くわした時にも思ったが、この少年は面白い。圧倒的な力を見せつけてやったというのにも関わらず、食らいついてくる精神が面白かった。

(それに……)

 この少年が一瞬垣間見せた‘あれ’にも興味がある。

 ほんの僅かの間であっても自分をあれだけ警戒させたあの力が。

「俺に勝てたら鳥にでも何でも謝ってやる」

 挑発するように指先を動かして見せる。

「……来いよ、ちび。俺を楽しませてみせろよ」


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