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眠れる竜の寓話  作者: みえさん。
第一章 記憶の綴り
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「ぅ……ん……」

 小さく呻いて彼は身じろぎをした。

 体力の回復の為に眠りについてどれくらいの時間が経っただろうか。部屋の中は暖かく、どこからか微かに花の香りが混じる。

 うっすらと目を開くと陽の差し込む窓際に真っ白な花が活けられている。

(……槍雫の花……)

 ぼんやりと彼はそれを見つめた。

 ‘ソウダ’と呼ばれるその花は、飛翔王アスカの出身地でもあるアソニアに生息する。一説には人間の国ラスティーラ最後の女王サラスレイノを貫いた槍から落ちた雫が芽生えさせた花とも言われている。サラスレイノは自らの命と引き替えに竜と人間の双方を守り、互いに歩み寄ることを拒んでいた竜族と人間の間に協定を結んだと言われている。その花には傷付いた竜の身体を癒す効果があると言われている。

(そう言えば‘あの時’も……)

 それは自分がまだ子供だった時。

 窓から顔を覗かせ、ボロボロになりながらも勝ち誇ったような笑顔を浮かべ自分に槍雫の花を差し出し

「……いっ」

 その顔を思い出そうとした瞬間激しい頭痛に襲われる。

 思い出してはいけないと、身体が警告しているかのようだった。それなのに、何故か、思い出さなければいけない気がする。

 大切な約束を忘れている。

 遠い昔‘誰か’と交わした大切な約束。

「……誰と……何を?」

 呟き彼は頭を抱える。

 思い出せない。思い出したいのに、思い出したくない何か。目から涙がこぼれた。視界が涙のせいで揺らいだ。

 意識がぼんやりとするにつれ、頭痛が治まっていくのを感じる。

 微かに息をつき、彼は身を丸める。

「……あ……れ?」

 足下に何か違和感を覚え、彼は布団を捲った。

「え……?」

 足下にまるまるように眠っているのは小さな少年の姿。

 すやすやと寝息を立てる少年は無防備な姿でいる。布団を奪われ寒くなったのか、少年はシェンの足を抱きしめるように自分の方に寄せた。

「ええっーー!?」

 彼は溜まらず悲鳴を上げた。

 その悲鳴に驚いたように少年が身を動かす。目元を擦りながら上半身を起こす。

「んー? 何だ、朝ぁ?」

「き、君、何で……!」

「一緒に寝た方が暖かいだろ?」

「そ、そう言うことじゃないくて」

「シェンってばぐっすりだったよなー。俺が入っても気付かないんだもん」

 彼は顔を赤くした。

 ばん、と激しい音がしてドアが開かれる。入ってきたのはキイスという青年だった。彼は怒った様子でクウルの襟首を掴んでシェンから引きはがした。

「おーまーえーはー」

「お、キイス、おっは」

「おっは、じゃねーよ、馬鹿弟! どこで寝てるかと思ったら、こんなトコにいやがって!」

「ん? あれー? キイスってば、俺が一緒に寝てやらなかったから寂しがってんの?」

「ちげーよ! お前、昨日俺が言ったこと、理解してねぇのか!」

「シェンの出身地っぽい所じゃ、夜一緒に寝るのは夫婦か親子だけっての? 理解してるよん」

「理解していてお前は……!」

「いけねぇ事なの? だったら俺とシェンが結婚すれば何の問題もないじゃん」

「問題だらけだっ!」

 噛み付くように言われても、少年のほうはけらけらと笑っている。

「えー、なんでだよ。雄同志結婚しちゃいけない訳じゃないだろー?」

「そう言う法はないが、雌雄一対じゃなければ婚約出来ない! 大体お前は……」

 一瞬少年がむっとしたのが分かる。青年の方もはっとして口元を覆った。

 瞬間だった。

 身を動かした少年の足が青年の頭部を捕らえる。

「いっ……」

 青年が少年から手を離すと少年は軽い身のこなしで着地した。

「キイスのばーか! ボクネンジーン」

「……っ」

「そういう顔するんじゃネーよ、ばーかばーか。お前なんかカリアに鼻つままれて痛がればいいんだ! ……行こう、シェン、こんな奴相手にするだけ時間の無駄!」

「え? えっ!?」

 急に引っ張られ、シェンは戸惑う。

 寝ている時の姿のままだったために、衣服も中途半端にしか着ていない。だが、クウルの手を振り払うことも出来ず、彼はそのまま廊下へと連れ出される。

 戸口の方を振り返って見たが、青年が難しそうな顔をしてこちらを見ているだけだった。

「ちょっと、まって……!」

「……」

「あの、えっと、クウル君!」

 名前を呼ぶと、ぴたりとクウルが足を止めた。

「……キイスのばか」

「クウル君……」

「あいつ、自分で言ったこと後悔してんだぜ。後悔するくらいなら言わなきゃいいのに」

 唇を尖らせて言う少年は泣き出しそうに見えた。

 シェンは彼の傍らに膝を付く。下から覗き込むように見ると彼は少し肩を竦めて困ったように笑った。

「俺さ、竜の形になれないんだ」

「え……?」

「母さん死んだ時さ、こっちの形のまんまだったんだ。俺さ、お腹ん中にいて、仕方ないって、カリアが母さんのお腹割いて俺助けてくれたみたいなんだけど、俺、人の姿で生まれたんだ」

「それは……」

 あり得ない事だ。

 竜族は普通竜の形で生まれてくる。生まれて三十年くらいは幼い竜の形のままで生活をする。人の形を覚え初め、安定して人の形を維持出来るようになるのは五十を超えてくらいからだ。成竜になるのはそれから更に五十年ほどかかる。人間であれば死んでしまっている年だが、竜というのはそう穏やかに成長していく生き物なのだ。その竜族が人の形で生まれるなど聞いたことがないし、ましてそんな風に生まれれば竜の谷の気候に適応出来ず死んでしまうとさえ言われている。

 彼は嘘を言っているようには見えなかった。

 ただ、少し辛そうに笑っている。

「だから俺竜になれないの。……キイスはさ、それがあいつのせいじゃないってのに、自分のせいみたいに気にしてるの。ついでに言うと、俺は竜になれないから、子供出来るかどうかもわかんないってーの」

「でも、竜になれない竜族なんていないし……もう少し大きくなれば竜になる術を覚えるかも知れないよ」

 言葉を探しながらシェンは言う。

 そんなの、嫌というほど聞かされてきただろう。慰めにも励ましにもならない。

「その……竜と人の姿と、順序が違っただけで……」

「カリアもそう言ってたよ」

「……ごめん」

 クウルは首を振る。

「俺はさ、別に竜になれなくたっていいんだよ。でもさ、あいつが気にするの、嫌なんだ」

「……お兄さんが大切なんだね」

「うーん、そうなんだけど、何て言うかな、あいつが俺のこと気にするの、何か可哀想なんだよ」

「可哀想?」

 ふるふると彼は激しく頭を振った。

「わかんねーの、何て言っていいか。だからやめ。この話やーめ。それよりお前さ、なんで俺のこと‘くん’なんて言うんだよ」

「くん?」

「クウル君って。何かそれすっごくやーだ」

 年下にごねられて、シェンは戸惑う。

「えっと……じゃあ何て呼べばいいの?」

「んー、んー、じゃあ、クーちゃん?」

「クーちゃん?」

「あれ、何か変だな。んー、ああ、クーでいいよ、クー。クウルかクーじゃないと俺返事しないかんな?」

 びし、と言われ、シェンは破顔する。

「うん、じゃあ今度からクーって呼ぶね?」

「うんうん、そうして!」

 嬉しそうに頷く彼を見て、何故か懐かしい気持ちになる。

 何故かずっと昔から一緒に居たような気がしたのだ。そんなはずはないのに、シェンは彼のことを知っている気がした。



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