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眠れる竜の寓話  作者: みえさん。
第五章 悪夢の記憶
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 一瞬思考が止まった。

 身体の奥底に冷たいものが流れる。

 同時に感じる熱は、燃えさかる激しい炎のように勢いよく全身を駆けめぐる。

「……っっ!」

 激しい頭痛を感じシェンリィスは頭部を押さえた。

「シェン!」

 遠くでクウルの声が聞こえたが、反応が出来なかった。

 身体が震えるほど寒い。けれど、身体は燃え上がるような熱を帯びている。

(あぐ……ら……む)

 その名前を知っている。

 忘れてはいけないはずの名前だ。

 標だ。

(そう……標……僕が、僕であるための………標)

 脳裏に浮かぶのは激しい炎の色。

 楽しそうに笑って自分に手を差し伸べてくる少年。

 強い憎悪の混じった瞳。

 あれはいつのことだろうか。

 お互いにお互いの剣に誓った。

 約束をした。

(な、に……を?)

 思い出そうとすると酷く頭が痛む。

 自分は大切な事を忘れている。思い出さなければいけないはずなのに、思い出すなと頭の中で何かが警告する。

 思い出してはいけないのだ。

 だから、自分は記憶の全部を放棄したのだ。

(……怖い)

 そう思い出そうとして浮かぶのは恐怖の色。

 鮮烈な赤だ。

 それは炎の色ではない。

 炎よりももっと鮮明な、血の色。

 ばちん、と鋭い音が立つ。

 瞬間頭の中の赤い色が黄金の色に塗り替えられる。

 目の前にいるのは、

「……クー」

 赤ではない、どこか懐かしい金色の瞳がシェンリィスを見つめている。彼の手はシェンリィスの両頬に触れている。

 じんわりと、両方の頬が痛いことに気付く。

「シェン、大丈夫か?」

「………」

「ごめん、苦しめるつもりはなくて……ぉわっ! また泣くし! 悪い、強く叩きすぎたか?」

「違う……違うんだ」

 シェンリィスは首を左右に振って両手で顔を覆った。

 苦しかった。

 苦しくて涙が止まらない。

 必死に堪えようとしても、痛くて止めることが出来なかった。

「僕……怖いんだ」

 吐き出すと、声が震えているのが分かった。

「怖いよ、クー。……僕は自分が誰なのか思い出すのが怖い。何をしてきたのか知るのが怖い」

 記憶がない。

 それは辛いことだった。心の真ん中に大きな穴を抱えているような不安を抱えて、恐ろしくない訳がない。

 けれど、自分がどんな事をしてきたのかを思い出す方が怖かった。

「僕はきっとたくさんの竜を殺してきたんだ。僕は、竜の殺し方を知ってる」

 あの竜が町で暴れた時、早く殺してあげなければと思った瞬間、自分は殺し方を知っていると思った。それは本能的なものもあっただろうが、どうすれば相手が効率よく壊れるのかシェンリィスは知っていた。

「竜王様殺したって言うなら、本当だと………思う。クーは優しいから、ああいってくれたけど、多分……多分僕はそんないい人じゃない。沢山殺して、沢山恨まれた悪魔なんだ。そのくせ、そう言う記憶消し去りたくて、僕は記憶を放棄したんだ。残忍な上に卑怯者なんだ」

 戦っている時のシェンリィスは誰よりも冷静だったと思う。

 冷静に相手を倒すことだけを考えていた。

 そして血の味に興奮し、相手をいたぶり切り裂きたい衝動に駆られていた。

 殺したくないと思っていたのに、そんな相手にすら残酷な感情を向けてしまいそうになっていた。

「……僕は……誰かに好かれるような竜じゃない。酷い竜なんだ。思い出さなきゃいけないのに……思い出すことが怖い……」

 あの名前の人物を思い出すことは、シェンリィスが自分自身を思い出す鍵になる。

 自分の名前を認識するよりも、あの名前を認識する方がよほど強く自分を感じる。

 だから彼を思い出すのが怖い。

「俺だってこえーよ」

 言われ、顔を上げると、クウルは遠くを眺めていた。

「竜になれないって前に言っただろ? 本当にいつか竜になれんのかとか、子供出来るのかとか、本当は竜じゃないんじゃないかとか、すっげー不安」

「でも……クーは角もあるし、竜の気配もするから……」

「それはみんな言うことだけどさ、実は人間で、竜と契約しただけでした。人間の気配がねぇのはすっげー強い竜と契約してみんな騙くらかせるくらいの能力だったからって言われても、ああそうかって納得できんだよ」

 彼は息を吐き、屋根瓦を撫でるように足先を動かした。

「だからすっげーこえーよ。でも、キイスは俺が竜になれなくったって、仮に人間だったとしたって弟って事にはかわりねぇって言うんだ。だからさ」

 クウルは振り向いてシェンリィスに手を伸ばした。

「シェンがどんな嫌な奴でも、俺ら友達だよ。シェンが嫌だって言わない限り、俺は友達だと思うから。だから安心して‘シェンリィス’やってろよ」

「……」

 シェンリィスは無意識に彼に手を伸ばした。

 彼の指先が触れると、彼の手が一気にシェンリィスの手を握った。小さいけれど力強く暖かい手だ。

 彼は手を握ったままふわりと舞い上がる。

 魔法の気配が彼にまとわりつくようにして遊んでいるのが分かる。まるで精霊が踊るかのような不思議な印象だった。それはシェンリィスの身体も包み、ふわりと舞い上がらせる。

「な、シェン、行こうぜ」

「行くって……どこへ?」

「気晴らし」

 にっ、と彼は顔全体で笑った。

「俺の友達、紹介してやるよ。キイスにはナイショで」


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