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「そうか、よく分かった」
クウルの状況説明を聞き終えるとキイスはふうと溜息をついて椅子にもたれ掛かった。
「結局その‘アソニアのアグラム’の事に関してはよく分かんねぇってことが良く分かった」
「んー、でも、分かったこともあるぜ?」
クウルは少し身を乗り出して兄を見る。
キイスは興味深そうに見返してくる。
「シェンに対してすっげー執着してるってこと」
「それは候補同士なら当然のことだろ」
クウルは首を左右に振る。
「同じ王侯補だから、とかそう言う問題じゃねーの。竜の性分っていうかさ、もともとアソニアの竜って戦うの大好きなの多い訳だろ? あいつもさ、俺やセイムが反撃した時‘そうこなくっちゃ’みてーに、すっげー楽しそうに笑うんだけどさ、むしろこうパサパサした感じなんだよ」
「パサパサ?」
「うん、目の前に居るのが何だっていい感じなんだ。自分に刃向かえば反応返すし、楽しそうなんだけど、それ以上にも以下にも思ってない感じ」
あの退紅色の髪の男は血や暴力を楽しむ男だろう。シェンリィスに近づかせないために黙秘を貫こうと彼を睨めば睨む程、楽しげに、攻撃的な面を見せた。セイムが攻撃を仕掛けてからはもっと楽しげに、戦えないクウルではなく戦えるセイムだけを見ていた。恐らく男は一方的で圧倒的な暴力よりも相手が噛み付いてくる方が楽しめる性質を持っているのだ。
だが、彼のセイムに対する態度はたくさんある遊び道具のうちの一つという程度の認識に見えた。もしセイムがあの場を放棄して逃げ出しても、追い掛けて留めを差すような事もしなかっただろう。クウルを庇ってセイムが自分の腕を諦めた時、男は急激に興味を失ったように見えた。駆け付けたカリアを見て呆れたような苦笑いを浮かべあっさりと退いた。本当に何かに執着しているようには見えなかった。
だが、シェンリィスの話をした時の彼の態度は違う。
「強い執着心ってーの? 俺を見てるのに、俺を見てネェ感じでシェンのこと話すんだ。記憶無くす前も、多分シェンってあんなんだったんだろうな。知り合いの俺に何かあったらシェンが動くっての分かっていて、それで俺に危害を加えようとしたんだ」
キイスは眉を顰めた。
「……? ちょっとまて、じゃあ、そのアグラムは子竜殺しの犯人じゃねぇってことにならないか?」
「なるよ。俺は確かに襲われたんだけど、前の子襲ったのあいつじゃない」
クウルが襲われたのはシェンリィスの匂いがしたからだ。本人も匂いがするから、と言ったのだ。だから、クウルが大人しく自分の寝室で寝てシェンリィスの匂いを付けていなければ襲われなかったということになる。
餌にするつもりだったのだろう。
アグラムはシェンリィスがこの領都のどこかに居ることは分かっているようだった。シェンリィスに助けを求めてクウルが彼を呼びに行けば何もされなかっただろう。でも、クウルはそれを拒んだ。だから、痛めつけて明らかに誰かに襲われたという痕跡を残すことでシェンリィスに自分が居ることを知らせようとしたのだろう。
男は、クウルが痛めつけられればシェンリィスが出てくることを知っていたように思えた。
「いきなり俺みたいなチビ襲うとか、町中で平気で戦闘するとか、戦士の腕を平気で切り落とすとか、すっげー頭おかしい奴だって思うんだよ。暴力で興奮して、あぶねー奴とも思うんだ。でも、子供殺して楽しむような奴に見えなかった。心当たりないってなら、多分それが本当なんだ」
襲われた時、子竜殺しの話を思い出したのは事実だった。
実際あの場で殺されると思った。
でも、セイムに庇われながら男を見て、冷静になった今振り返れば、何か違和感を覚えるのだ。前に殺された子供が、彼にとって殺さなければならないような事情があったならまだしも、意味もなく襲って楽しんだようには思えない。
狂ったように見えて、男は至極冷静だったように思える。
「あいつの目的はシェンだけだよ」
「……二人とも候補で生き残ってんなら、いつかは戦わなければいけねぇ相手だが、お前を使ってまで無理に呼び出す必要性ってのがあったのか?」
「だから、執着してんだって。候補とか多分関係ないんだ。シェンの残り香に反応するとかどんな変態なんだよって域で」
「確かにまぁ、それは執着しすぎだな。どう考えても」
キイスは困ったように頭を掻く。
「だが、だとすれば、近いうちに同じような事が起きる可能性もあるな」
「んー、どうだろ」
クウルは言葉を切って、少し考え込む。
セイムの腕を切断した後、カリアを見て呆れたような苦笑いを浮かべた彼を思い出すと再び城下で同じ事を起こすとは思えなかった。
「……なぁ、キイス」
「お兄様と呼べ」
「キイスさ、カリアってどんな人か知ってる?」
「どんなって、カリアはカリアだろ」
「母さんの友人で、俺の恩人で、うちの女官長ってのは知ってる。ルネールの竜ってのも見れば分かるから知ってる。でもさ、あいつ、カリア見た時に言ったんだ。何かに呆れたような変な苦笑してさ小声だったけど‘おい、冗談じゃねぇぞ’って」
「………冗談じゃねぇ?」
「そ、変だろ? 援軍が山ほどきたり、劣勢になったりすんなら分かるけど、来たのはカリア一人。女の人に手をあげない主義の人とかいるけどさ、あいつ中央で強くて偉い竜だったわけだろ? だから俺としては女の人だろうが子供だろうが、必要なら排除してきたタイプの竜だって思うんだ」
「そうだな。俺もそう思う」
「でもカリア見て、冗談じゃねぇって言ったんだ。怯えているとか、そう言うのとは違うけど……そうだな、‘何でコイツがこんな所にいるんだよ’って感じだった」
「………」
「少なくともカリアはあいつにそんな風に言われる竜なんだ。セイムの斬られた腕だってくっつけちゃうし……」
キイスは肩を竦める。
「カリアは会ったことあるって言ってたが……俺たちが思っている以上にカリアが中央じゃ有名な教師だった可能性はあるな。優秀ってのは確かだし、そんな中央にいてもおかしくないような人が、領都とはいえフェリアルトにいるってのが不思議だっただけじゃねぇのか?」
「そんなもんかな」
「そんなもんだろ」
言い切ったキイスに違和感を覚え、クウルは怪訝そうに眉を顰めた。
とってつけたような説明が彼らしくない気がした。
「……キイス俺に何か隠し事してねぇ?」
「んぁ? してるように見えるか?」
「見えるからきいてんの。俺に聞かせられねぇようなコト?」
秘密をもたれるのは気持ちの良いことではないが、聞いてはいけない類のことがあるのは承知している。だが、その秘密がキイスを苦しめたり、危険にさらされるようなものだったらクウルは知らないでいたことを後悔するだろう。
キイスは笑ってクウルの頭を撫でる。
「ばーか、そんなんじゃねぇよ。ミユルナとも話してたんだが、俺ら身内として一緒に居る奴のこと何も知らな過ぎるって思ってな」
「ら、ってトランタのことも?」
「そうだ。あいつもカリアもここに来る前のことはあんましゃべりたがらねぇし、俺らも必要ないから聞かなかった。……身内だからこそ、ちゃんと聞いとかねぇとまずいこともあんだよな」
「あれこれ想像して物事言うより、カリア達に直接聞いた方が速ぇーってこと?」
「まぁ、そう言うことだ。……取りあえず、俺はトランタの所に行ってくるつもりだ。お前はどうする?」
トランタの話も興味はあった。
だが、クウルは首を左右に振った。
「俺、シェンのそばにいるよ」