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眠れる竜の寓話  作者: みえさん。
第四章 韜晦
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 攻撃されると思った。

 だが、男は何も仕掛けて来なかった。代わりに間延びした声が響く。

「あのさぁ、ここって、女の人を連れ込むにはちょっと色気がないと思うよ」

 シェンリィスの指にもたれ掛かるようにして青年が顔を覗かせる。灰色の巻き毛と、琥珀色の瞳が印象的な青年だった。

 アグラムのような恐ろしい印象はないが、弱い印象はまるでなかった。

 にこにこと笑いながらこちらを見ていた。

 苛立ったようにアグラムが噛み付く。

「うるせぇ、ハイノ」

「君だって安静にしてろって陛下に言われたんじゃないの? それなのに何で女の子ナンパしてきてんの?」

「ナンパじゃねぇよ」

「アグラムの仏頂面で落ちる女の子も趣味どうかと思うんだけど……おわっ、危ないなぁ、俺はいいけど、シェンリィス傷つけたらどうするのさ」

 アグラムによって投げつけられたナイフを受け止めて、彼が抗議の声を上げる。

「はっ、そいつはそんなヤワじゃねぇよ」

「知ってるけどさぁ」

 とんとん、と跳ねるように青年がレシエに近づいてくる。背の高い男だった。顔や表情は軟らかい印象を受けるが、威圧感を覚えてしまうほどの長身であり、立派な体躯もしている。一目でフェリアルトの竜であることが分かるほどの恵まれた体格の男だった。

「……君、レシエだよね? シェンリィスの婚約者だっていう」

「元、婚約者だ。……あんたは」

 青年はにこりと笑う。

「俺はフェリアルトのハイノ。シェンリィスの同僚で、現在右と左と両軍管理している隊長さんです」

 どうぞよろしくと彼はますます笑みを深くした。おおよそ毒というものを感じられない男だった。

 だがその言葉だけで彼がどれだけの実力者かを示しているかのようだった。少なくとも竜王に認められるほどの実力を持った竜なのだ。

「おい、隊長って言っても俺はすぐに復帰……」

「させないって陛下が言ってた。やせ我慢もほどほどにだってさ」

「………っのジジイっ、分かったように言いやがって」

「実際そうだよね。結構消耗しているでしょ。……レシエ、どうせ彼何の説明もせずに連れてきたんでしょ? 本当は後で親書贈って来て貰う予定だったけど………ま、いいか」

 勝手に自分で納得して頷いて彼は続ける。

「俺が代わりに大雑把に説明するよ。見ての通りシェンリィスの指はちぎれている」

 レシエは頷く。

 先刻は彼の指がなくなっていることに気付かなかったが、これは紛れもなく竜としてのシェンリィスのものだった。

「アグラムが引きちぎったんだけど、それがシェンリィスの為だったって理解して欲しい」

「……シェンリィスの為? 喰いちぎることが?」

「これに関しては詳しい説明は出来ないんだけど、アグラムが判断誤ってたらシェンリィスはもういなかったと思う。結果的に指一本で済んだってだけ」

「それは……シェンリィスが‘リト’であることと関係があるのだろうか」

 ハイノは驚いたように目を丸くした。

 アグラムはますます目つきを鋭くさせた。

「それ、誰から聞いたの?」

「シェンリィス本人から。竜王の為に生まれ、竜王の為に死ぬのが‘リト’だと。それ以上は教えられないと言われた」

 ハイノはホッとしたように息を吐く。

「なるほど……うん、そう、それが関係している。あんまり人に言っちゃ駄目な事だよ。……お願いだから‘リト’って何、とか聞かないでね。四方将軍くらいの地位がないとさすがに教える事できない事柄だから」

 レシエは頷く。

 身分が低ければ明かせないこともあることをレシエだって理解は出来た。ただ、何故それがシェンリィスと関わるのかまるで分からない。不穏なものが溜まっていくように、胃の奥が痛む。妙に嫌な予感がした。

「まぁ、とにかく、こうしてちぎられちゃった以上、元に戻す事は出来ない。かといってシェンリィスほどの竜の一部を簡単に捨てるのもどうかしてるだろ? 身体から離れてもこれはシェンリィスだから」

 ハイノは言ってシェンリィスの指を見る。

 指だけでも随分と巨大だった。これが、シェンリィスの本来の姿の一部分。レシエよりも大きな美しい竜。

「剣を作ろうと思うんだ」

「……貴方が、か?」

「さすがに俺一人じゃ無理だけど、陛下に招いて貰うまではフェリアルトの職人通りにいたからね。知り合いがいる。レシエには仕上げを頼みたいんだ」

「仕上げ?」

「名封じ、分かるよね?」

「分かる……けど」

 竜の身体の一部で作る剣は特別なものだ。他の鋼や鉱石で作るものとは違う。作られた刀身に強い力を持つのだ。そしてそれを収める鞘も強い力を持つものでなくてはならない。銘を入れることが剣に魂を入れ不変の‘形’にする事であれば、鞘に施す名封じはそれを支え、全ての調和の要となるべきもの。剣の形と、持ち主の‘形’をきちんと分かっている人でなければ出来ない事だ。

 自分でいいのだろうかと少し戸惑う。

「もちろん、補佐する人は付けるよ。本当は何度もシェンリィスとやりあって戦い方を熟知してるアグラムがやる予定だったんだけど……」

 ハイノはちらりと彼を見る。

 仏頂面の男は不機嫌そうにあさっての方向を向いた。

「……お前のが、適任だろ」

「……って、訳で、白羽の矢が立ったって訳。俺も君の方が適任だと思っている。俺たちの知らない彼を知っているから」

「だが、私は今のシェンリィスを殆ど知らない」

 口にして少し嫌な気分になる。

 自分が自分の言葉に傷付いた事に気付き、少しおかしくなった。

「知らないからこそ、だよ。ま、根本的にここに来たばっかりの時とあんまり変わらないと思うんだけど……」

「……彼は知ってるのか? その、私がこれを行うことを」

「いや、俺がこれを使うつもりってのも知らないと思う。そもそもアグラムが食べちゃったとか思ってるんじゃないのかな、やりそうだし」

 アグラムはハイノを睨め付ける。

「人を勝手に考え無しにすんじゃねぇよ」

「実際よく考えた上で、そう言うことやるでしょ。無駄にするくらいならその方がいいし、何よりシェンリィスの力の一端を手に入れることが出来る」

 レシエは眉を顰めた。

 力の一端を手に入れる。

 竜は死んだ竜の一部を喰らうことで相手の力を手に入れることが出来ると言われている。真実どの程度の力を得られるのかは知らないが、若くして死んだ戦士を弔う際、骨噛みや骨を飾りにする事は頻繁に行われている。そう言った意味で、戦士が戦い傷付き切断された際、その肉を他の竜が喰らった所で咎められることも無いだろうし、そうすることで相手の無念を晴らすことにも成り得る。

 非難されることは無いはずだが、それにしてはハイノの言葉が微妙な意味を孕んでいるように聞こえてならなかった。

「一つ、条件を言ってもいいだろうか」

 レシエが言うと、ハイノもアグラムも視線を向けてくる。

 相変わらずアグラムは厳しい表情を変えなかったが、出会った直後のような恐怖感は不思議と感じなかった。

「何? 俺の力の及ぶ範囲だったら、何でもしてあげるけど……」

「シェンリィスには私が関わったことは伏せて欲しい」

「伏せても、多分分かると思うんだけど……」

 レシエは頷く。

 当然だ。

 自分の使う武器に関わった人が、見知った人であればその気配は嫌でも分かるものだ。気配に敏感なシェンリィスが分からない訳がない。

「それでも、伏せて欲しい。私が直接伝えたいんだ」

 ハイノが瞬いた。

「……ひょっとして‘ここ’まで昇って来るつもり?」

 レシエは笑ってみせる。

 それが、答えだった。


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