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眠れる竜の寓話  作者: みえさん。
第四章 韜晦
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 部屋を出て、レシエは息を吐いた。

 拒絶はされなかった。けれど、実質的に自分は失恋をしたのだろう。涙を拭うと目の奥が痛かった。

(もう、いい、帰ろう)

 シェンリィスの言葉通りレミアスへ帰ろう。彼のことを忘れることは出来ないけれど、もう十分な気分だった。

 これでいい。

 最初から無理な話だったのだ。

「おい、女」

 突然呼ばれ振り返り見た光景にぞくりとした。

 男が立っていた。退紅色の髪を持つ男だった。瞳は血を含んだような色をしており、鋭い光を帯びている。

 全身が強ばったように動かない。

(怖い)

 レシエは唾を飲み込んだ。

 攻撃を仕掛けられている訳ではない。けれど、死の瞬間に直面してしまったかのように、全身の血が一気に引いてしまったかのように身体が動かない。

 この男が、怖い。

「来い」

 男の手がレシエの手首を掴んだ。

「な、何だお前は! 離せっ」

 ようやく言葉が漏れた。

「……いいから来い」

 男は低く唸るように言う。

 逆らえば殺す。

 そう言わんばかりの勢いだった。手を乱暴に引っ張られ、レシエはうめき声を上げる。

「痛っ……」

 男はちらりとだけレシエを見たが何も言わずにぐいぐいと引っ張っていく。有無を言わさない説明すらしない行動に、不意に怒りが湧き出した。

 レシエは乱暴に男の手を振り解いた。

「いいかげんにしろ! 何なんだお前はっ!」

 男が振り返り静かな目でレシエを見た。怒りや苛立ちが浮かんでいるわけでもないのに、何故か射抜かれたような気がして、全身が粟立つのを感じた。

 彼は短く言う。

「アソニアのアグラム」

 名を聞いて驚く。

「左の翼……」

 退紅色の気性の荒い竜だと聞いていた。目の前の男はすぐさま暴れ出すような様子ではなかったが、表情の中に押し込めた激しさは分かる。この人をおいて、他に‘アグラム’を名乗れる者はないだろう。

 だが、彼もシェンリィスと同様に伏せっているのでは無かったのだろうか。

 大喧嘩をして怪我を負ったのだと聞いている。ノアの言葉を信じるのであればシェンリィスの不調はその怪我が原因ではないらしいが、シェンリィスがあれほど弱った状況で、この男が平然としている理由が分からない。

 それほど強い力を持っているとでもいうのだろうか。

 レシエは彼を睨む。

「私はレミアスのレシエだ。私を、何の理由で、どこへ連れて行こうとしている」

「説明よりも見た方が早い」

「……どういうことだ?」

「シェンリィスの力になりたいなら来い」

 男はそれきり黙って先へと進んでいく。

 レシエは少し躊躇った。シェンリィスとアグラムは啀み合っているような仲ではないが、度々衝突していると聞く。今回のことも彼が引き金になった可能性を否定出来ない以上。従っていいものか悩んだ。

 だが、悩んでいる暇などほとんど無いのが分かる。アグラムを見失えば確認することも、彼の言うように‘シェンリィスの力になる’事も出来ない。

 意を決しレシエは彼の後に付いた。

 彼は竜王の庭を通る渡り廊下を通過し、奥の建物へと歩いていく。始終無言のままであり、途中であった竜達も、彼の姿を見るなり軽く頭を下げて道を譲った。レシエは戸惑いながらも彼の背を追い掛ける。

 やがて行き止まりへと辿り着く。

 何もない白い壁の前に立つと彼は壁に向かって手をかざした。

 それを合図とするように、青白く輝くいくつもの円と線が壁一面を覆い尽くす。円は魔法陣を描き線はそれを繋ぐ小径となった。形を変え、意味を変えながら次々と魔法が解かれていくのが分かった。

(……呪力封印?)

 レシエは眉を顰めた。

 呪力封印は魔法の力でものを封じる魔術だ。解き方を知る者、若しくは解くための‘鍵’を持つ者でなければ開くことは出来ない。

 それが施されていると言うことは、ここには他人には見られたくない、若しくは触れられたくないものがあるということだ。

 やがて封印は解き放たれ、壁に入り口が出現をする。

「入れよ」

 強引に押し込まれ、レシエは小さく声を上げた。

 背後で、再び入り口が魔法によって隠される気配を感じた。

「何を……っ」

 抗議の声を上げようした瞬間レシエの瞳に大きな塊が映る。

 横たわったレシエを三人並べても余るほどの大きな塊。

 シェンリィスの髪と同じ色の、塊。

「これは……」

 レシエは数歩それに近づきじっくりと見据える。

「これは、指先……?」

 何かによって引きちぎられたような不自然な形で切り取られている。

「あいつのだ」

 アグラムは短く言う。

 レシエは彼を睨んだ。

「……これは、お前がやったのか?」

「そうだ、俺が喰いちぎった」

「貴様っ!」

 反射的に剣を呼び出すと男に斬り付けた。彼はその場から動こうとさえしなかった。爪だけを本来の姿に戻し、彼女の剣あっけなく受け止めた。

 指先から肩までがびりびりと痺れた。

 彼は口の端を吊り上げて笑う。

 言いしれぬ恐怖がレシエを襲った。

「俺に刃向かうなんていい度胸してやがる」

「っ……!」

 本能が、危険を知らせる音を立てる。

 レシエは無意識に身を引いた。


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